第39話 情報収集
「クッソ眠い……」
「玄江くん、ぼくらと別れてからも、ずっとインしてたの?」
大学の構内、食堂で突っ伏す俺に興市が声をかけてくる。手には購買で買ったであろう菓子パンと、あまり健康的ではなさそうなエナジードリンク。永久が愛飲しているものと同じラベルなので、今朝の光景を思い出して苦い顔になる。
「いや……クィリナス見に行って、ちょっと散策して落ちた。その後妹と飯食いに行って、睡眠を妨害された」
「妹さんと同居してるんだ?」
「勝手に上がり込んで泊っていくだけ。あれと同居は勘弁してほしい」
「それはそれでエタニティが可哀想じゃない……?」
眠気が限界に達した昨晩。抗議に燃える永久を放置して寝に入った結果、朝起きたら目の前に永久の寝顔があり、思わず朝から悲鳴を上げるところだった。
いくらなんでも恥じらいとかそういうのは無いのか。
「いや……あいつに可哀想とか、そういうのはないな……」
「うわー悪いお兄ちゃんだ」
「うっせ、うちの家庭環境よりもデザネクだ。週末のクィリナスでの船旅、どうも一筋縄ではいかなさそうだぞ」
「どういうこと……?」
クィリナスで会った男、牙刃丸についてのこと、未だ討伐されず多数のプレイヤーを水底に沈めているエリアボスのことを話す。NPCの死については興市も思うところがあるようだった。
「仮に想定が合ってて、本当にその人がNPCの死で覚悟決めちゃった人だとして、どうするつもりなの玄江くんは?」
「……俺としては、どうせエリアボスに挑むのならば、彼と共に挑みたいと思ってる。それで彼が満足するかどうかは彼の問題だ」
「何となくそう言うと思った。玄江くん優しいから」
「優しいかあ? 俺はあくまで、6回もエリアボスに挑んで負けた、彼の情報を当てにして巻き込むつもりなのに」
「そういう言い訳するところだよ」
解せない。情報が足りていない現状、彼を巻き込むのは合理的判断のはず。
興市はくすくすと笑いながら、菓子パンに口をつける。一口が小さい。齧歯類が頑張って食事をしている様を想起させる。
「なに、あげないよ?」
「取らねえよ。頑張って食ってんなと思っただけ」
「そんなじっと見られながら食べるの恥ずかしいんだけど……」
「そんなつもりじゃ……悪かったよ」
その後、数分をかけてパンに挑む興市を横目に、スマートフォンでデザネク関連の掲示板を読み漁る。
今に至ってもクラーケンは健在であるらしいこと、ブランシュの南、果ての岬に何らかのクエストが設定されていること、どこからともなく現れる、ちびっこドラゴン娘のことなどが話題に上っている。最後の件については戻ってヨルに相談だ。
「今日も帰り次第?」
「帰り次第だなー、1回エリアボス見に行くのも悪くない」
「じゃあぼくも付き合おうかな。レベル上げもしたいし」
「正直滅茶苦茶助かる。純前衛ソロは肩身が狭い」
「ふふん、存分に頼りたまえギルマス殿~」
興市はおどけて笑っているが、ヒーラーができる後衛がいるのは安心感が違う。
加えてユークリッドの氷魔法はおそらく、クラーケン戦においてかなり重要になってくると考えている。少なくとも水面を凍らせられるのが大きい。
「頼りにしてるぞ、大魔法使い殿」
「お任せあれ。でも、ぼくはブランシュからのスタートだから少し待っててね」
「あいよ。情報収集は任せとけ」
そう言って俺はは興市と別れ、家に戻る。永久は流石にいなかった。
「今頃バイトか講義か……ん?」
いくらか部屋が掃除されている。具体的に言うと床に敷いてあった布団がない。VRセットを見ると、書置きが貼られている。
『バイト行ってくる。21時くらいには戻る』
「あいつ……マジでこれから毎晩ここに泊まるつもりじゃないだろうな……」
想像したくない。
一応ここは単身者用の住まいなので、大家に見つかった時も怖い。
冷蔵庫を開ける。缶のエナドリを一本拝借し、一気に流し込む。まだ若干眠気が残る頭を、二酸化炭素とカフェインが殴りつける。不健康な味。
「ダイブ・スタート」
覚醒度を上げてそのままVRに落ちるのは、脳みそ的にどうなんだと思わなくもないが、レスポンスが早くなると永久は言っていた。たまにはあやかっても良いだろう。
目を開けると、窓から日差しが差し込んでおり、街の喧噪が聞こえる。
宿を出ると、昨日よりもプレイヤーの人数が多い。ホームをブランシュからこちらに移してきた者がかなり増えてきたらしい。
「ユークリッドが来るまで情報収集、っと」
まずは例の男、牙刃丸のいた場所に向かう。しかし今日は不在らしい。パーティ募集の呼び込みも聞こえなかった。
そこから船着き場を見ると、案の定、死亡マーカーの群れが並んでいる。これだけの被害が出ていてもまだ討伐できていないとなると、本当にこいつが2番目のエリアボスなのかどうかも疑わしくなってくる。
そう考えていると、いつのまにか足元に見慣れた小さな影が。
「おはよう、セツナ。どうもここのエリアボスとやらはかなり強いみたいだ。ボクが見ているだけでも300人近くが挑んでは負けているからね」
「おはよう、ヨル。なんかお前プレイヤーの間で都市伝説みたいに言われてるぞ。神出鬼没のちびっ子ドラゴンって」
「都市伝説が何なのかは知らないけれど、冒険者たちと色々お話もしてきた。セツナが探してるであろう男についてもね」
自慢げにない胸を張るヨル。とりあえず頭を撫でておく。
彼女も死んでしまえば戻らない命、そう考えると、あまり勝手な行動はさせない方が良い様な気もしてくる。そこは今後要相談だろう。




