第38話 永久のお眼鏡
「結局あの後、ヨルちゃん帰って来んかったね。にい、お腹へった?」
「呼べば分かるって言った割に、普通に出てこんかったな。まあ減っとる。そりゃ今11時だからな。何も飲まず食わずで昼過ぎからぶっ通しだったし」
「あーしもはらぺこで死にそー。なんか作ってー」
「冷蔵庫ん中お前のエナドリ以外なんちゃないぞ」
「エナドリのエナドリ割は激熱」
「それは断じて料理ではない。仕方ねえ、どっか食いに行くぞ」
「奢り?」
「今度奢れよ」
「やたー」
クィリナスからのログアウト後、俺と永久を襲ったのは空腹だった。
永久を連れて行きつけのファミレスへと足を運び、10時間分の空腹を埋める。
俺の奢りと聞いてか頼むものに遠慮がないが、もともと食が細いためすぐに失速し、半分以上を俺が処理する羽目になった。
今はお互い食後のドリンクバータイムである。
「あーしんど。にいも満足?」
「そんなことだろうと軽めに頼んで正解だったわ馬鹿。もう食えん」
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「あん? 何を」
「にいってさ、カンナ好きなん」
「は?」
右手に持っていたグラスをよく落とさなかったと思う。多少中身がグラスのフチを舐めるくらいに、波を立てたが。
「カンナはさ、にいのこと好きだよ」
「お、俺だって四神のみんなが好きだし……」
「ライクじゃなくてラブの方」
「が――」
「その辺、にいがどう思ってるのかなって」
永久の表情は普段とそこまで変わらない。頬杖をつき、眠たげな瞳でこちらを見据えている。普段からよく分からない妹なのに、今日は輪をかけて分からない。
「即答はなし、か」
「びっくりして止まっただけだっての……」
「じゃあ好き?」
「……わかんね」
「ほら即答できない」
「何が言いたいんだお前……」
そりゃあ正直なところ、再会してからのカンナの行動の端々に、好意のようなものを感じなかったと言えば嘘になる。しかし心当たりがないのだ。そんな感情を向けられるような心当たりが。
デザバス時代、クロエとえび転だった俺たちの間柄をどう表現するかと言うと、特に仲が良くも悪くもない普通のギルメン同士くらいの感覚だった。
シンシアやふぉーりなーのように姉ぶって接してくることもなく、光次郎や750三国、シフォン7世のようにからかってくることもない。
明確に彼女とのやり取りで記憶にあるのは、ゼルギオス戦に行き詰まった時に銀星も交えて相談をしたくらい。
「別に。にいが気付いてるかどうかを確かめたかっただけ」
「いつにも増して訳わかんねえぞ、お前」
「にいが本当に気付いてなくて、期待させ続けるようなら、カンナが可哀想って思ったから。一応最悪のパターンじゃなかったから良しとする」
「これ本当に可哀想なのは、自分が不在の場でここまで大っぴらにされたカンナの方じゃねえか……?」
「承諾は貰ってる。ギルド加入の際に取引きをした」
「そういやあん時、滅茶苦茶反対したじゃんお前」
「あれプロレス。にいの出方を見てた」
「計算尽くかよ……」
思ったより妹とカンナはずぶずぶだったらしい。その割には途中カンナがひどくショックを受けた場面があったような気もするが。
「結果、にいはギルマスの一存という結構な手札を切ってでもカンナを迎え入れた。嬉しかったと思うよ、カンナ」
「そうかい……永久様のお眼鏡にはかなったってことで良いのか?」
「少なくとも、にいがクソボケじゃなくてあーしは一安心した」
「クソボケて」
「まあ、気にかけてあげることだねー。にいも大概素直じゃないけど、カンナもそこはそっくりだからさー」
「お前は素直かどうか以前に何も分からんけどな」
「あーしはにいの傍に居れたら満足。それじゃダメ?」
「ブラコンめ」
「シスコンのくせにー」
会計を済ませ、家路についた。どうも永久は今日うちに泊まるつもりらしい。
「いや帰れよ、明日はまだ普通に大学だろうが」
「デザネクする分には、この部屋が良いかなって」
「くそ、自分とこの回線が弱いからって……」
「いやあっつ……シャワー借りるねー」
そう言い残して脱衣所に消えていく永久。
都合が悪くなると、手出しができない所に逃げるのは妹の常套手段だ。
「はあ……眠」
床にはデザネクをプレイした時のまま布団が敷いてある。
布団に寝転がり、目を閉じ「ごめーん、あーしのシャンプーの替え取ってー」
られなかった。お前本当にいい加減にしろよ。
思いっきり風呂場の戸を開けて、中にシャンプーを放り投げた。永久の情けない悲鳴が上がったが知った事ではない。俺はもう眠いんだ。




