第4話 再会
都内某所。飲み屋街の一角にその店はあった。
『Hell's cauldron』。地獄の大鍋を冠したその店名はデザバス時代、最も大きいプレイヤータウンであった皇都の一角に構えられた店の名前である。店を開いた本人曰く、リアルの方が本店でこちらは2号店、とのことだった。しかしその佇まいはデザバスにあった物と寸分違わない。5年前に訪ねた時にはここまで似ていなかったように思うのだが。
「お邪魔しまーす……」
店内に入ると既に数名の客が入っている。そのうちの一人、非常に高身長でスマートな女性が俺を見つけると席を立つ。5年間という年月で身長もだいぶ伸びたはずの俺がまだ見上げなければならないというのはどういうわけだ。
「久しぶり、クロ坊。背、伸びたね」
「あー、うん。こないだの電話ぶり、えびさん」
「ん。みんな、クロ坊来たよ」
彼女の声に残りの客3名が振り向く。
「おおっ、デカくなったなぁクロ!えび転と並んでると感覚バグるけど!」
「ご無沙汰してます光二郎さん、東北土産ください!」
「いきなり土産を催促するなガキンチョめ」
光二郎。『四神連合』では高位の魔術師であり、俺と同じように神職へのジョブクエストに挑み続けていたが終ぞ叶わなかった男。
しかしデザバス内の決闘ランキングの上位ランカーであり、俺との対戦成績は俺の負け越し。単純な火力で言えばギルド内でトップを誇るのが彼である。
「いやはや、大きくなったけど変わってないみたいだねぇクロは。僕のこと覚えてるかな、仮面襲撃者です」
「お久しぶりです!その見た目で忘れる人はそう居ませんよレイダーさん。今日は釣り竿持参じゃないんですね」
「最近ご無沙汰でね……。デザバス2は釣りに力入れてくれてるといいんだけど」
「あー、あんまり大きいのは個人の釣りスキルでは釣れませんでしたもんね」
仮面襲撃者。通称レイダー。往年の変身ヒーローと釣りをこよなく愛する『四神連合』の神殿騎士。
実質的なリーダーの銀星に次ぐギルドの良心。しかし常に仮面を装着しており、素顔を見た者がほとんどいないという奇人。リアルですらサイバーグラスで顔の上半分が覆われており、今は笑顔の顔文字が浮かんでいる。
「ふーん、割と男前に育ったじゃんクロ。背も抜かれた」
「5年前の時点で同じくらいだったじゃないですかシフォンさん」
「うっせ。俺は背なんか要らないの。可愛い服着れなくなっちまう」
「あはは……。時々TLで見てますよ、コス」
「変態」
「理不尽だ!?」
シフォン七世。デザバス時代からコスプレイヤーとして活躍しており、公式イベントに自キャラのコスで登壇したこともある剛の者である。
ギルドの唯一のレンジャーであり、彼の機嫌を損ねるとどんな罠にかけられるか分からない。主にその被害者は光二郎と今ここにいない750三国と俺、そして敵対者全て。『四神連合』における絶対に怒らせてはいけない1人である。
「やあやあクロエくんいらっしゃあい。なに飲む? ビールいっとく?」
「俺まだギリ20越えてないですよふぉーりなーさん。ウーロン茶で」
「これは失敬、しかしクロエくんもうそんなになるんだねぇ。お姉さん滅茶苦茶年食った気分だよぉ」
「年取ってるのはお互い様じゃないですか」
「ハタチもまだ来てない子とアラサーのお姉さんでは受け止める耐性が違うのさぁ」
ふぉーりなー。『四神連合』の金庫番であり、ここ『Hell's cauldron』の店主。ゲーム内では付与術師と生産系神職、『酒神』を兼ねる女傑。
どう考えてもタイマン向きのビルドをしていないにも拘わらず、決闘ランキングでは全プレイヤー中10本の指に入る。悪酔いのデバフは彼女の前では死の宣告に等しいのだ。
「ふぉーりー、ビールちょうだい。クロ坊のつまみも」
「あいよぉえび転。普段より酒の進みが早いけど結構テンション高い?」
「別に。そう見えるならそれはデザバスのせい」
「いやあ?あの電話の時と比べても高いように見えるけど」
「早く持ってきて。はりーはりーはりー」
「はいはい、はしゃいじゃってまぁ」
えび転は程よく酔いが回っているようで、どことなく顔が赤い。しかし表情はゲーム時代にもよく見た仏頂面のままである。
「後は銀星とシンシアと、三国さんの3人か」
「三国は欠席の連絡があった。実家の都合だって。デザバス2のリリースには何としても間に合わせるとのことだけど」
「それで良いのかお坊さん」
「俗念と向き合うことも修行の一環だとか」
「物は言いようだね。銀星達は?」
「シンシアの都合は付いてるからもうすぐ到着するはず」
美味しいつまみをいただきつつ談笑していると、店のドアが豪快に開かれる。
「グーッドイブニング皆々様方! シンシア・カートレット、ただいま収録から帰還致しましたっ!」
「こんばんは、みんな。少し遅れてしまったね」
豪奢な金髪をなびかせ、服装もバッチリキメた女性と、スーツ姿のオールバックで整えた眼鏡の男性。
『祭神』、シンシア・カートレットと『槍神』、銀星その人であった。
「三国くんが来られなかったのは残念だけれども、こうして『四神連合』のメンバーがまた集まれたことを嬉しく思う。ふぉーりなー、ウーロン茶を頼む。酒を入れたいのはやまやまだが、運転手だからな」
「あいよぉ。シンシアはビールで良いよね、多分」
「ああ。それで頼む」
カウンター席に座った銀星は一つ息を吐いて眼鏡を外す。以前に聞いた話では、険のある顔立ちをしているのを少しでも印象を柔らかくするために掛けている伊達眼鏡らしいが、掛けていてもインテリヤクザ感が漂っている。
「きゃーっクロちゃん!? 滅茶苦茶大きくなってない!? 前会ったときはこーんなにちっちゃかったのに男の子は大きくなるのが早いねえ! 可愛かったクロちゃんがこんなに立派になってお姉さん泣いちゃいそうだよ……」
「言いすぎシンシア。流石に私のみぞおちくらいの身長はあった」
えび転が呆れ顔で訂正するも、しかし正直大差がない。
「えびちゃんも相変わらずでっかいねぇ! んでもってえびちゃんと並ぶとまだまだちっちゃくて可愛いねえクロちゃん!」
「……こんばんはシンシアさん。今日もいいお天気ですね。ではこれにて」
「あーっ! クロちゃんがさん付けた! しれっと距離取った! 不自然にニコニコしてる! どうしよう銀ちゃんクロちゃんが反抗期~!」
「酒が入る前から本当に酷いねシンシア。君がクロエを大好きなのは昔から知っているけども、彼ももう大人だ。あまり子ども扱いしてはいけないよ」
「はーい……。クロちゃーん、いじめないから戻ってきて~かむば~っく」
「そういうとこだよシンシア」
単刀直入に言えば俺はシンシアが苦手だ。『悪童』と呼ばれていた俺を『四神連合』にねじ込んだのは彼女であり、マナーや作法を根気強く教えてくれたのも彼女。言わば第2の母親のような立ち位置である。
銀星はそんな彼女のブレーキ役になりつつ、俺の増長をへし折る存在であった。何度となく決闘し、一度も打ち負かすことができなかった決闘ランキングの王者。こちらもまた尊敬こそしているものの心のどこかで苦手としていた。
「さて……では各々飲み物は行き渡っているね。俺たちが愛してやまないデザバスの復活と、旧友との再会に、乾杯」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」




