第36話 港町クィリナス
「なあ。この流れ昨日もなかったか?」
「はい、そうですね」
「何の話です?」
「こっちの話ですよー」
一度解散した後、確認ついでにクィリナスに向かおうとした俺は、にこにこ顔のバレットに捕まった。
残光による飛行を誤魔化す口止め、その代価としての買い物への同行を約束させられていたのだが、債権回収があまりにも迅速過ぎる。
「クィリナスって港町なんですよね、やっぱり魚介とかのグルメもあるのかな」
「勿論ありますよバレットさん。ちゃんと味も再現されているのが、このゲームの凄いところです。それに加えて各種ステータスへの一時的なバフにもなります。ところでお兄様、事の経緯について教えていただきたいのですが」
「断固として拒否する」
エタニティはもともと俺に同行してクィリナスで落ちる予定だったので、現在進行形で隣を歩いている。この妹にだけは、事の詳細を知られるわけにはいかない。兄としてのか細い名誉のために。
「バレットは、後天的なのかな。セツナたちとはどこか違う感じがする。そもそもの源流からしてちょっと違うような気もするし……」
「ヨルちゃんはなーんか違うもの見えてるよねぇ。ところで私らがログアウト……もう一つの世界に帰ってる間はヨルちゃんどうするの?」
「ボクはボクで、みんなとは別にやることがあるからね」
「うわまた意味深だ」
ヨルも同行しており、エタニティの服の裾を捕まえている。
ヨルはギルド内で唯一のNPCなので、俺たちがいない間、何をするのかは若干気になっているところだった。しかしやはりというか、意味深に微笑むだけのようだ。
「安心して。『アフター・グロー』に身を置いた以上、ボクは君たちの友だ。どこかに行くことはあっても、帰る場所は君たちの元だから」
「そうかい。まあ、ケガには気を付けろよ」
「ありがとうセツナ、でもボクも海鮮ご飯は食べたいな」
「ちゃっかりしてんな、お前も……」
しっかりとタカるつもりだぞこのちびっ子ドラゴン。
そんなわけで4人でクィリナスへと向かっている。サンダーバードのリポップは行われていないようで、道中は実に平穏なものだ。
「見えてきましたよお兄様。クィリナスの港です」
「おー、すっごい海。空からはちらっと見えたけど、どのくらい広いんだろ」
「デカすぎて錯覚するが川だぞこれ」
「そうなんだ? あのフチに見えるのがクィリナス?」
青々とした平原の景色から、巨大な河川が見えてくる。あまりに遠くまで水平線が続いているので、初見では海のように見えのも無理はない。
そのほとりに見えるのが港町クィリナス。その埠頭には、ドラコニス水系を渡る大河船が出入りするのが見える。
「それじゃあ行こうか。俺が覚えてる店が残ってると良いが」
「200年経過した設定ですからね、ブランシュのパン屋はよく頑張りました」
「久しぶりだなあ。ボクもここに来るのは」
町に入ると、ブランシュとはまた違った熱気に溢れている。
あちらは繫栄している中世から近代欧州の都市といった感じだが、こちらは活気のある港町。輸入された各地の品が市場に彩りを添えている。
見渡してみると、既にこちらに拠点を移したであろうプレイヤーも多い。
釣り竿を片手に港へ向かう者、魚の競りに参加する者、皇都ミドラからの輸入品らしき武器の価格交渉を行う者など、商売が盛んな様子が見てとれる。
「ブランシュの方が人は多いけど、こっちの空気感すっごい好き! セツナさんが推してる店ってどのへんにあるの?」
「市場の近くのはずだが……5年ぶりに見たからかな、ブランシュよりも結構街並みが変わっているように見える」
「わたくしもあまりここを拠点にしたことはないので、詳しくは覚えていませんね……。あ、でも大灯台は当時のままですね」
「あの灯台は、ここがまだ漁村だった頃から立ってるからね。ドラコニスが直々に建てたオブジェクトだから、流石に劣化も遅いみたいだ」
おぼろげな記憶を頼りに市場までの道を歩く。
途中でヨルとバレットには、よく分からない魚介の串焼きを奢っておく。
バレットは最初非常に怪訝な顔で受け取ったが、ヨルがもきゅもきゅとかぶりついているのを見て、恐る恐る口にした後は、無言で頬張っていた。
「お兄様、わたくしにはないのですか?」
「お前あれ嫌いだろうが。流石に覚えてるぞ」
「あら、覚えていなかったら文句をつけて差し上げようと思ったのに」
「お前の好物はこっちだろ。ほら、アイアンクラブのフライ」
「流石はわたくしのお兄様です」
小型のカニ型モンスターの爪の殻を剥いたものをフライにしたこれを、当時のエタニティは好んでいた。好みの変化がいかほどかは分からないが、幸せそうに頬張っているためそれでよし。
「んー、こっちの方だったと思うんだがな。やっぱもう無くなってるか」
「討伐パーティ募集中だよ~! エリアボスに挑む人はいないか~? こっちは情報なら持ってるんだって~!」
市場の隅で1人のプレイヤーがパーティの呼び込みを行っている。しかし誰も彼の声に耳を傾ける者はいないようだ。
「エリアボス、討伐されてなかったのか。てっきり世界レベルの進行的にもう倒されてるものかと」
「しかし妙ですねお兄様。一応現状はここが攻略の最前線でしょうに、誰も興味を持っていないように見えます」
「おや、お2人さん攻略勢かい? エリアボスに挑みたいなら、今行ってる連中が死に戻ってくるまで待った方が良いぜ。あいつはやめとけ」
呼び込みに足を止めていると、後ろから声をかけられる。美女のアバターだが声は渋めの男性なのでやや面食らったが、この手のプレイヤーも少なくない。
「どういうことです? あの方に何か問題があるのでしょうか」
「別にあいつだけが悪いという訳でもねえんだろうがな……あいつは昨日から今日だけで6回、エリアボス戦のレイドを全滅させているんだ」
「そりゃまた多い。ここが開放されてからまだ1日経ってないのに、エリアボスは随分と早く見つかったんだな」
「その口ぶりだと、まだ大河船には乗ってないらしいな。乗ってりゃまずどこかでその姿は見ているだろう。アレがいる限り皇都への遠出はおろか、まともに近場のクルージングも出来やしねえのさ」
「そんな近場に陣取ってるのか。それに負けまくってデスペナが積もって、引くに引けなくなった感じなんだろうか」
「理解が早いな。いよいよ装備を整える金も無くなっちまって、情報を対価にボスの戦利品の分け前を狙ってるってわけよ。戦力として計算できないやつの呼び込みに乗るプレイヤーなんざ、いるわけねえってのにな」
改めて呼び込みの彼を見る。防具はボロボロで武器も持っているようには見えない。
そこまで困窮しているのならば、一度ブランシュに戻って状況を整えた方が良いと思ったが、何らかの事情があるのかもしれない。
「プレイヤー名牙刃丸。ここのプレイヤーで、初めてエリアボス、水底のクラーケンに遭遇し、負けた男さ」
説明を受けている間にも、牙刃丸の声は市場に空しく響いていた。




