第31話 2つの熱源
(驚いた……彼女がここまでやるとは)
勇気をもって踏み出した彼女の動きは目覚ましかった。
ヘビーリザードの爪を、尾を、石礫を、全て回避し続ける。
それは決して熟練者の動きではない。俺から見ても、まだまだ動きに無駄が多い。安全マージンを目一杯に取った、拙い回避。その証左に、回避は出来ているものの、当初の目的である接近、剣の奪還はできていない。
(集中が切れた瞬間に持っていかれる。その前に状況を動かさないと)
「ユークリッド! アイスピラーはあと何回撃てる!?」
「マナ全部使い切っていいなら3! マナパサー分も考えると2!」
「その1回分が今欲しい! 目標は頭部!」
「お任せを! 貫き墜ちろ、其は天より降る剣! アイスピラー!」
氷柱がヘビーリザードの頭上に形成されるが、今回は反応が早い。
素早く後退され、直撃を取れずに地面に氷柱が突き立てられる。
「ゴメン! 外した!」
「いや、それでもいい! 今欲しいのは一拍の間だ!」
当たれば儲けもの、くらいの気持ちで要請したのだ。流石にボスエネミーのAIは優秀なようで、簡単に2度目の隙は晒してくれない。
アイスピラーという魔法は、標的とした対象から外れた場合、障害物を設置する魔法になる。
突き立った氷柱はしばらく残り、お互いの視界を、攻撃を遮る壁となる。
これで奴の視界から、ヤミが外れた。
「ピラーを駆けあがれ、ヤミ!」
「……ッ!? はい!」
垂直にせり立った氷柱を駆けあがるヤミ。俺は俺で氷柱の陰から飛び出し、ヘビーリザードの眼前に陣取る。
「今なら誰も見えていない。ちょっとばかしインチキをさせて貰う」
盾をインベントリに格納し、片手剣一本の状態に。構えを取り、スキルアシストの闇色の輝きが剣を包む。
装備の耐久値を全て捧げることが前提のスキル。デザバス時代にこれを習得した時には、使い潰すための装備を改めて買う必要があった、お財布に優しくないスキル。
長剣奥義スキル、崩壊。
相手の装甲、防御力を全てを無視し、装備中の武器ステータスを参照して、固定ダメージを与える奥義スキル。
発生が遅い、割に合わない、そもそもゼルギオスを筆頭とした特殊ボスたちは固定ダメージが無効という三重苦を背負わされた、デッドリー・アサルトとは別ベクトルの産廃と呼ばれた奥義。
デザバス時代ですら、片手で数えるほどしか使ったことのない奥義が、ヘビーリザードの顔面に突き刺さる。
スキルの闇色のエフェクトが着弾箇所を覆い、HPバーを蝕む。バーの表示は赤一歩手前のオレンジ。残り2割5分と言ったところ。片目は潰され、もう片目もエフェクトで覆われた状態。今ならいけるはず。
「ヤミ! 上がり切ったらそのまま飛べ! 標的は真下!」
「うええええ!? 高いし暴れてるし! これ大丈夫です!?」
「いざとなったら受け止めてやる!」
「じゃあ大丈夫ですね!」
氷柱の頂上から勢いよくヤミが飛ぶ。赤色の流星となった彼女が、ヘビーリザードの顔面へと墜ちていく。交差する刹那、右目に刺さった剣が引き抜かれた。
「やった! やりまし――ぐえっ」
「……どうにかお互い無事ではあるみたいだな。HP真っ赤っかだけど」
猛烈な勢いで落ちてきたヤミを、宣言通りに受け止めた。位置エネルギーと加速度による一撃で体に風穴が開くかと思ったが、何とか持ち堪えた。
「じゃあ後輩がこんだけ頑張ったんだ、お前が最後決めなくちゃ嘘だよな」
「無論ですお兄様。ヤミさん、貴女の働きに敬意を表して、わたくしも今使える最高の一撃で応えましょう」
戦線に復帰したエタニティが剣を受け取り、その瞬間にスキルの光が纏われる。高々と上段に剣を構え、振り下ろすことしか考えていない。それは大昔、大上段からの一刀のもとに切り捨てることだけを目指した、ある流派の構えに酷似していた。
長剣初級スキル、ハイスラッシュ。
「チェスト」
本来の掛け声とはかけ離れた、静かな宣言。
お前を今から叩き切るという、殺意の証明。
静から動への緩急が、死線の間合いを踏み越える。
接近し、勢いのままに振り下ろす渾身の一刀。
ただそれだけのスキルが、ヘビーリザードの傷だらけの顔面を両断し、ポリゴンの塊へと変えた。
「ふう、やりました」
「おう、お疲れ」
「初級スキルですよね? 威力おかしくないです?」
「鱗も剥げてる傷だらけの顔面だったからなぁ」
「また剣をダメにしました……」
「それは俺もだから問題ない」
「帰り道どうするの2人とも……闇食みさん、ロケートの残り時間大丈夫そう?」
ユークリッドの言葉にヤミは青ざめる。
「あと2分……です、やばい間に合いません!」
「まあまあ落ち着いて、そんなときのためのぼくじゃないか。マナパサー!」
ユークリッドのマナがヤミに譲渡される。完全魔法職であるユークリッドと、マナを使うとはいえ非魔法職のヤミ。その総量には大きな差があるようで、ほぼ満タンまで回復したらしい。
「ありがとうございますユークリッドさん……これで無事帰れそうです」
「まあ代わりに帰り道のぼくが完全にお荷物なんだけどね。しっかり守ってねセツナ君、エタニティ」
「任せとけ。俺も剣は無いがいざとなれば大剣でゴリ押す」
「MVPボーナス……剣があります! とてもありがたい……」
リザルト画面を確認すると、ドロップアイテムの最後に、今回のクエストの目的であるギルドクリスタルが含まれていた。後はこれを持ち帰ればクエスト完了だ。
「そういえば、入る前にヤミが言ってた2つ目の熱源ってなんだったんだろう」
「確かに、ここにはもう何も――」
卯月が呈した疑問は俺も頭の隅に引っかかっていた。大小2つの熱源。そのうちの大であろうヘビーリザードはもういない。じゃあ、小はどこに、と考えを巡らせたその時、部屋の奥で何かが動いたのを見た。
「待て、奥に何かが居る」
「……敵でしょうか?」
「ボスの二段階目だったりしたら詰むよ?」
「縁起でもない……」
部屋は明かりで照らされているが、奥が暗くなっている。先ほどまでヘビーリザードが陣取っていた場所を越え、奥を確認する。
「……これは」
「あらあらまあ……」
「ええ……怪しい」
「罠でしょうか……」
「見るからに罠だろ、これ」
そこにいたのは小さな影。
「すぅ……すぅ……」
少女が一人で寝こけていた。




