第24話 玄江 永久と興市 優
何時間かぶりに帰還した現実は、関節の鳴る音に出迎えられた。
VRセットを外した目に飛び込んで来るのは、白色LEDの光。
あの世界では完全に遮断されていた空腹感が頭を殴りつける。
枕元に置いてあるペットボトルの水を一気に飲み干す。
「飯……の前に、電話か」
メールの簡素な文面からして、大した用事ではないだろう。
緊急性がある時はもう少し真面目な文体になるから。
携帯の履歴から番号を呼び出す。1週間ぶりらしい。
コールにはそれほど時間を要さずにつながった。
「おー。起きてた?」
「リリース初日だからそりゃあな。永久もか?」
「あーしはバイトから今帰った。これからインする」
玄江 永久。
今年都内の大学に進学し、俺の下宿先の近所に上京してきた、1つ下の妹。
元デザバスプレイヤーであり、そののめり込み方は俺とほぼ同等。
俺より後に始めて、決闘ランキングで俺を置き去りにした天性の剣士。
「で、なんだ。急に電話しろってのは」
「帰ってきて人寂しかった。にいなら気兼ねなく頼める」
「お前なぁ……俺が寝てたらどうするつもりだったんだ」
「合鍵を使って起こしに行く」
「クソ迷惑だ……」
どうにもこの妹、ブラコンというか、兄離れが出来ていない。
当初の予定では、俺の下宿先に間借りするつもりだったらしい。
俺が全力で拒否した結果、見たこともないほどに大泣きされ、近所へ下宿、合鍵を渡すという形に落ち着いたのだ。
そのせいで気付いたら妹の私物が増えていたり、冷蔵庫の中身を占拠されていたりと、合鍵を最大限利用されてしまっている。
「で、どうだった? デザネク」
「初手からなんかデザバス由来の面倒事が凄い。お前も気を付けとけよ」
「えー……面倒事きらーい。にい頼んだ」
「何でもかんでも押し付けるな。前科が幾つあると思ってるんだ」
「覚えてるわけないじゃん、にい馬鹿なの?」
「はっ倒すぞお前」
「出来もしないことを言っちゃだめだよ、にい」
頭が痛くなってきた。永久との会話は疲れる。
昔はもう少し普通だったはずだが、いつからかダル絡みが凄いことになった。友達付き合いか、男か。どちらにしてもいい迷惑である。
「まあいーや。どうする、にい。この後あーしとデートしてくれんの?」
「飯食って寝るとこだよ馬鹿野郎、一応日付跨いでんだぞ」
「可愛い妹の頼みが聞けないってのかー」
「徹夜したら必修が死ぬんだよ分かれ……」
「何のためにエナドリが置いてあると……?」
「お前のじゃねえか。1日3本のジャンキーめ」
「失礼な、4本以上の時もある」
「我が妹ながら将来が心配だ……」
「にへー、ゲーム廃人のにいに心配されたー」
「うるせえ」
電話しつつ冷蔵庫を漁るが、詰め込まれているエナドリ以外にまともな食糧はなさそうだ。当然永久の備蓄である。持って帰ってほしい。
「くっそ、エナドリしか見当たらんし……寝る」
「えー寝落ちもちもち? あーし今からデザネクで忙しいんだけど」
「切るぞ」
「あっこら――」
何か抗議の声が聞こえた気がしたが無視。
というかこうでもしないと会話が終わらない。どうしてあんなにも、ずっと喋り続けていられるのかが分からない。
「……疲れた」
デザネクでの体力の消耗に加えて、今の通話で精神的に疲労した。
正直サンダーバード戦よりも疲れた。エリアボス級の妹とは。
ベッドに横たわり、照明を消す。
旧友との再会、厄ネタ、新たな出会い、面倒事、ボス戦、厄ネタ。
リリース一日目にしては、かなりハードなスタートだったような気がする。
しかしそれでも、楽しかった。
焦がれ続けた世界の続きに触れた、あの時間が。
「明日は、クィリナスを見に行って、それから――」
やりたいことは山ほどある。
見に行きたい場所もある。
会いたい人もいる。
だから今は、それに備えて体を休める。
瞼を閉じると、意識は思った以上に早く落ちた。
「大丈夫? 玄江くん、すっごく眠そうだったけど」
「ゲームだよゲーム、今日も帰ったらゲーム漬けだ」
講義を終えて早々に荷物を片付けていると、隣に席っていた女子、興市 優が話しかけてくる。
彼女とは高校の同級生であり、大学でも共に行動することが多い。
人当たりが良く朗らかで、それでいて押しに弱いところがある。放っておくとろくなことにならない、と勝手に保護者面をしているだけだが。
「へえ意外。玄江くんもゲームとかやるんだ」
「ご無沙汰だけどな、デザバスは滅茶苦茶にやり込んだ。その後継作をな」
「あっ、『Desire Verse Online Next 』? 実はぼくもやってるんだ」
「へえ、デザバスもやってたのか?」
「一応ね。そんなやり込んだというほどでもないけど」
思わぬところに同志がいた。
高校の頃はお互い別のグループだったから、話す機会がなかったのだ。
「良ければだけどさ。玄江くんが良ければ今日、一緒にやらない?」
「おお、そっちのビルドは?」
「人間の魔術士。火力ぶっぱ」
「興市は補助系とか回復系してそうなイメージなんだけど」
「前はそうだったんだけどね。その頃の友達とは今現在連絡が取れないから、ソロだと正直キツいかなって」
「俺は雪魔精との混人種の剣士。純前衛。現状ハーフ要素ほぼないけど」
「うわぁハーフガチャやったんだ。結構ギャンブラーだね」
「俺のフレンドはキメラガチャで黒翼魔と重なる影引いてたけどな」
「す、凄い引きだね……ぼく昨日のインで骨人と蜥蜴人の混魔種の人は見たよ」
「ホネトカゲか……そうなるリスクを考えると良くやったなあいつ」
後から聞いた話であるが、そのホネトカゲ氏はインした直後にモンスターと間違われ、滅茶苦茶攻撃を食らっていたらしい。哀れ過ぎる。
「じゃあこれ、ぼくのアカウント。インしたら呼んでね」
「おう、また後でな」
彼女にメモ書きで渡されたアカウント名、その名前には見覚えがあった。
ユークリッド・カノン。
『巡礼の聖女』、『赦しの純白』、そして『癒神』と呼ばれたプレイヤー。
「あんたでやり込んでないって言うなら、誰がやり込んでるって言えるんだよ。とんでもねえ大嘘じゃねえか」
それはデザバス時代に、最も過酷と謳われたクエストを制覇した名前だった。




