第25話 エタニティとユークリッド
『Desire Verse Online』の10年の歴史の中には、クリア者が極端に少ない、最難関と目されたクエストがある。
一つ、転職クエストとして挑む高難易度戦闘クエスト、『武神闘宴』。
クリア者は俺を含めて3人。
一つ、皇都ミドラに存在する世界唯一のカジノ、そこのスロットマシンで、実に確率3400万分の1のジャックポット演出を4つ全て見るクエスト、『天運博徒』。
クリア者は1人。
そしてデフォルトの4大陸、その各所に点在する六大神の神殿全てを、徒歩で巡る観光クエスト、『世界巡礼の旅HARDモード』。
そのクリア者こそがユークリッド・カノンである。
本来の『世界巡礼の旅』には巡礼の手段の制限はなく、ただ6つの神殿に行けば達成できるクエストだった。そしてそれは信仰系職業の上級職への転職条件でもあった。
ではさらにその上、最上級職へは? その答えがHARDモード。
移動手段は徒歩に限定。途中で乗り物の使用、ファストトラベル、ワープの類を使用した場合クエスト失敗、最初からやり直しという常軌を逸したクエスト。
まず大陸間にある海を徒歩で渡ることが求められている時点で、ほとんどのプレイヤーが匙を投げた。
しかも途中のワープ類が禁じられている時点で、まともなゲームプレイを放棄することになる。
フレンドからのお誘いを全て振り切り、負傷しても宿屋に戻れない、もっと言うなら好きにログアウトすらできない。そんな苦行。
3年と4か月と21日。ユークリッド・カノンがその巡礼の旅に費やしたリアルでの日数。彼女のデザバスのプレイ時間の大半は、たった1人での旅。その旅の終わりはデザイアストリームJPでも特集が組まれたほどだった。
その放送内において彼女は、初めて神に至ったプレイヤーとなる。
「身近にやべえプレイヤーが多すぎる」
「なんのはなしー」
部屋で独りごちていると台所から声がする。
「ナチュラルに不法侵入するな妹」
「その顔わかるよー。女の人とデート」
「根拠を聞こうか」
「にいは案外プレイボーイ」
「よし鍵を寄越せ。出禁にしてやる」
「あーしを舐めるな。合鍵は108式まである」
「合鍵の合鍵を作るな」
鍵の付け替えは俺の財布にダメージが入る。おのれ妹。
ひとまず永久は無視し、VRセットを被り、ベッドに横になる。
「うーわ、可愛い妹ほっといてゲームするんだ」
「うるさい。とっとと帰れ」
「んもーしょうがないなー、コンセントと有線LAN貸して」
「勝手にしろ……いや待て、お前もここでVRやるつもりか」
「うん。昨日はそんなに出来てないから、にいに手伝って貰おうかと」
「……ブランシュの西地区に泊ってる。付いてくるなら好きにしろ」
「その断り切れないところがラブだぜまいぶらざー」
「はいはい」
俺の隣に永久が寝転がる。
無言で俺が床に降りる。
抗議の視線を感じるが、シングルベッドに2人は狭い。
「「ダイブ・スタート」」
「興市との待ち合わせは中央広場だったな」
宿で目が覚めて、まず行ったのは周囲に妹が居ないかの確認。
流石にまだ嗅ぎ付けられてはいないらしい。
興市にインを伝えるメッセージを送ると、ほぼラグなく返事が来る。
「ゴメン! 待ち合わせ場所変更したい! そっちの指定でいいよ!」
何かしらあったらしい。特に思いつかなかったので、昨日のカンナとの待ち合わせと同じ、ゼルギオスの神殿を指定すると、OKとだけ返信が来る。
「カンナは……オフライン。仕事中だよな。ゴドー、バレット、ミリンもオフライン……卯月と闇食みがいるな」
パーティーの中でも、あまり交流していない2人がインしているらしい。
現在地がフィールドになっているので、レベリングに出ているのだろう。
「とりあえず行くか、神殿」
バレットが得た残光について、シスター・イルマに聞く用事もある。
北地区への道を脳内でぼんやりと思い浮かべながら、宿を出た。
「おはようございます、お兄様」
宿の真正面に不審者がいる。初対面の相手にお兄様と呼ばれる筋合いはない。
人違いです、と不審者の横を通り過ぎる。が、にこにこの笑顔で追随してくる。
「どうされたのですか、お兄様。この不肖の妹、エタニティ・アサルトバスターをお忘れですか?」
「知らん、人違いだ。俺はクロエ・アサルトバスターじゃない」
「まあ。お顔がそっくりなので、わたくし間違えてしまいました。ところでお兄様。どちらへお出かけでしょうか」
「教える義理はない、お引き取りを」
「あらあら。連れないお人。ちなみにゼルギオスの神殿へ赴くのなら、こちらの道から向かった方が近いですよお兄様」
「ありがとう知らない人。なんで行き先を知ってるか聞いても?」
「何かあるとお兄様は、あの神殿を待ち合わせ場所にしたがるので」
「ちくしょう、見透かされている……!」
明るい緑の長髪をサイドで括り、金と紫の混じった瞳に、赤のフレーム眼鏡。
紛れもなく俺の妹、永久の分身、エタニティ・アサルトバスターである。
「さあさあいっしょに参りましょうお兄様。お相手の女性を待たせるのは、紳士ではありませんよ」
「妹同伴で待ち合わせに行く奴いねえだろ、紳士もクソもあるか」
「妹、と認めてくださいましたね。わたくし嬉しい」
「もうやだこの妹……」
俺と彼女が実の兄妹であることは『四神連合』メンバーには周知の事実だ。
オフ会に妹も呼んじゃいなよ、とシンシアに請われたが断った理由、それがこのリアルとのギャップだ。
あのダル絡みダウナー女が、清廉潔白品行方正をロールプレイしている。聞くところによると学校でも基本こっちのモードらしい。猫を何匹被っているのか。
「先ほど中央広場では、有名プレイヤーが握手やサインを要求されたりと、結構な騒ぎになっていましたよ。心当たりはありませんか?」
「あるかないかで言えばある。確信はない」
「曖昧な答えは女性に嫌われますよ、お兄様」
「ほっとけ」
エタニティを伴い神殿に向かう。確かに想定よりも早く辿り着きそうだった。




