第21話 蒼穹の射手
標的の巨体がまた一段高度を上げた。
しかし相手から感じる圧は、先ほどまでとは比べるべくもない。
その片翼は焼け焦げ、胴体も傷がない箇所はない。
上空からの遠距離攻撃に徹しているのはクレバーな判断などではない。
それはただの怯懦。死にたくないが為の逃避行動。奴のAIは既に戦局の敗北を悟っていながら、それでもまだ空を安全圏だと思っている。
そんなものが空を我が物顔で飛ぶ?
そんなことを私は許容しない。かつての戦友たちが許容しない。
今や彼方、思い出の蒼穹は、そんな薄汚れた存在を赦しはしない。
「遅い、遅すぎる。そして何より見苦しい」
構えた弓に緑黄の火が灯る。
初期選択の武器に銃がないと知った時は、いたく失望した。それでも、握ってまだ一日と経っていないこの頼りない相棒を、失敗の言い訳にはしたくなかった。
「バインドアロー、六射装填」
弓系スキルへのポイント割り振りで得たこの技は、発動後6回までの射撃に拘束効果を付与する。それが同じ相手に続けて命中すれば効果は重複し、全弾命中で麻痺の状態異常を付与する。
経験者のゴドーには、取得を勧められなかった。
一射でも外せばただの拘束で終わる癖に、その拘束時間が非常に短い。基本的に六射撃つまでに射程外へと逃げられると。
故に初級スキルなら、一撃の威力が高いストレイトアローか、継続ダメージが狙えるポイズンアローが優先されると。
「現実じゃあ絶対に無理だけど、これゲームなんだよね」
弦を引き、矢を3本番える。
リアルの弓でやろうものなら、威力は三分の一以下、方向はばらばら、そもそも保持できるかも怪しい曲芸じみた愚行。
しかしこのゲームであれば、スキル発動時には既存の物理法則を無視した挙動を起こすことができる。
「曲技、三本撃ち」
後で聞いた話ではあるが、弓の奥義スキルには全く同じ物があるという。この馬鹿げた芸を、気が遠くなるほど繰り返すことで取得することができたのだと。
風を切った3本の矢の全てが、緑黄の軌跡を描いて怪鳥の左目を貫く。
完全に不意を突かれた様子で、残った右目がこちらを見た。
「じゃあね。お前にとっての最期の景色は、私だ」
既に次弾は番えられ、弦はキリキリと引き絞っている。
緊張に跳ねる心臓を捻じ伏せるように、3本の流星を解き放つ。
両眼を潰されたサンダーバードが、墜ちた。
「嘘だろ!? 弓初級に三本撃ちなんか無いって!」
「今は言ってもしょうがない! 現に結果が墜ちてくる!」
俺とカンナはバレットからの伝言に従って、サンダーバードの再度の上昇に呼応して駆け出していた。
走る俺たちを追い越すように、緑黄の軌跡がサンダーバードの両目を穿ち、麻痺の状態異常だけに留まらない被害をもたらしたのを見た。
「ゴドー! ガンマ! 潰されるなよ!」
「おう! まさか1人でここまでやるたぁ想定外だ!」
「あれで本当にデザバス未経験かよ! やってることが神連中並みのバケモンじゃねえか!」
ゴドーらタンク班が慌てた様子で退避し、サンダーバードは墜落する。
土煙が舞う中、墜落地点に俺とカンナが飛び込む。
重剣初級スキル、兜割り。脳天から胴まで両断する勢いで。
拳闘初級スキル、抜き手。胴体から心臓を穿ち抜く勢いで。
俺とカンナの、渾身の双撃が突き刺さる。
サンダーバードのHPバーが赤く、そして黒く染まる。
断末魔と共にサンダーバードは、砕けたポリゴンへと散っていった。
『システムメッセージ、第一エリアボスの討伐を確認。世界は次のレベルへと移行します。尽きぬ願いを詩として、世界は貴方たちを待っています』
そんなメッセージが、エリアに響く。
「……こんな演出、デザバスにはなかったよな」
「覚えてる限りでは、ない」
「しかし世界レベルとやらが進んだのはマジのようだ」
ステータス画面の端、世界レベルの欄の数字が、2から5へ。
これが何を意味するのかは、やはり説明はない。
「何はともあれ、リベンジ成功だゴルァ!!」
「私今回ほぼなーんにもしてないねぇ。楽な仕事だ」
「レイドMVP、私なんだ」
「すごかったよバレット! ストラトやってた時みたいだった!」
レイド戦にはMVP報酬、ラストアタック報酬など、通常戦闘では設定されていない報酬がある。
MVPは総ダメージや被ダメ量、付与した状態異常などによって内部で戦果が計算され、自動で選出される。今回はこちらとしてもバレットがMVPであることに異論はなかった。
「え……と、雷鳥の金翅、爆雷弓、スキル獲得?」
レア素材、武器まではキングボアなどとあまり変わらないらしい。しかしスキルも報酬で獲得できるというのはデザバス時代はなかった。
「そんなもんもあるのか。で、どんなスキルなんだ?」
「んー、よくわかんないなこれ。オブジェクト化できるみたい」
彼女の操作によって現れたオブジェクト。
それに類するアイテムを俺はこの世界では見たことがなかった。
カンナやゴドーもそれは同じだったようだが、バレットやミリンらが固まった。
「なんで、これは」
「アイオライト・ディグニティ……」
彼女の手に握られているのは、一丁の銃。
メカニカルな装飾が施されているが、かなり薄汚れている印象だ。
スコープは破損し、ストックも歪んでいる。
「知ってるのか、バレット」
「知ってるも何も、これは……私の銃だ」
困惑し、震えるバレットがその銃をタップする。
表示されたオブジェクト名は、『穹神の残光』。




