第2話 武神闘宴
『Desire Verse Online』の戦闘は、規定されたスキルのモーションアシストや魔法などの身体機能面以外での要素も多いが、それらを支えるのはプレイヤー本人の反射神経とボディイメージ、どのように体を動かせばモーションを阻害しないかという点に集約されてくる。
俺がこのゲームを始めた頃はもっと背も小さくて、アバターとして作ったクロエとの差に苦しめられた。今では効率的な動かし方が出来るし、リアルの体も鍛えたことでより動きに無駄がなくなってきたと思う。
しかし相手はこのゲーム最高クラスの敵性ユニット、ゼルギオス分身体。こちらに求めてくる動きの要求値は際限なく高い。
「……残り時間20分、相手のHPは残り2割弱ってとこか」
HPが半分を割った辺りからゼルギオスのギアがもう一段上がった。一つ一つの攻撃に衝撃波が付随し始めるせいで直撃はせずとも被弾が増えている。
クエスト前のドーピングの制限時間も今切れた。自動回復と防御バフが切れるのはともかく火力も落ちているのがまずい。かと言って今バフを掛けなおす余裕をこいつは与えてくれない。猛烈な突進、真横へのステップで回避しつつ衝撃波を剣で弾く。
「上手くいってるパターンではあるんだけども、な」
数時間前の挑戦では5割を削る前に直撃を食らって即死した。今までの挑戦でここまで削れたのは片手の指で数えられるほどしかない。その数回も同様にバフが切れてからジリ貧になって削り殺されている。
このクエストをソロでクリアしたたった2人の先駆者、槍神と拳神によれば最後の1割でいわゆる発狂タイムが始まるというのだからシャレにならない。一歩バックステップしてからの三段突き。搔い潜るが衝撃波は避けられない。相手の脇腹を切り上げHPバーに微かなダメージを刻む。
「倍率の良いスキルをどこで叩き込むか、とは言ってたけど」
攻撃スキルは強力な反面、システムによるモーションアシストがあるため途中でのキャンセルが効かない。外した瞬間隙だらけの体を晒す羽目になる。
ここまで削るのも移動やステップ、回避動作にスキルを重点的に使用し、攻撃は自前の動きを頼りに行ってきたが、バフが切れた以上スキルを織り交ぜなければダメージは稼げない。槍による横薙ぎ。剣の腹でカチ上げる。腕に衝撃波を被弾、被弾のペースが怪しくなってきた。いよいよ余裕がない。
「なんとかペースを取り戻さないと」
意を決して相手の懐に入る。狙うは三段突きの予備動作。バクステに移るその一瞬は見逃さなかった。
重剣単発スキル、クライムザッパー。硬直した右足を振りかぶった勢いのまま右へ薙ぎ払う。斬撃の軌跡がゼルギオスに刻まれ、体勢を崩させる。
本来の予定ならここで一度離れてポーションで補給を入れるつもりだった。しかし焦燥感がそれを許さない。移動系スキルのリキャストを確認することもなく自分の歩方で踏み込む。
「……ッ、しゃあああぁッ!」
「むっ!?」
重剣奥義スキル、デッドリーアサルト。一撃毎に威力を増す五連続の斬撃。一撃の重さを重視する重剣スキルにおいて産廃と揶揄されたこともあるこのスキルが、俺は好きだった。
溜めが長い、途中で外してもモーションが止まらない、後隙がやたらデカイこの奥義を多用し、パーティに迷惑がられたこともある。それでもここぞという時にはこの技で斬り開いてきたという自負が体を突き動かした。
一撃。二撃。三撃。視界の隅にHPバーの表示が映る。バーの色は赤。
未知のゾーンである一割の発狂ラインに踏み込んだ。
「調子に乗るでないぞ若き剣士よ!」
凄まじきはこの神、胸にに大剣が突き刺さっているのに体勢を立て直した。デッドリーアサルトのモーションが止まらない。後二撃は空を切るだろう、そう確信した俺は――。
「ありがとうな、相棒……そして、すまん」
ありったけの力を込めて持ち手を捻る。ゴギン、と音を立てて柄がへし折れる。
「剣士よ、スキルに頼らないお前の剣技は見事であった。だがしかし、獲物がお前の技量に付いていかなかったらしいの。実に惜しい」
ゼルギオスの胸に刺さったままの刃がポリゴンとなって砕け散る。そして見たことがない予備動作。このゼルギオスの発狂タイムは見たことがない。初見の動きを避けられる自信はなかった。それでも。
「システム上の仕様だ、大目に見てくれよな」
左手によるコマンド操作はウィンドウを見ないまま実行される。剣の破壊によって生じた装備の空きスロットに新たな武器が装填される。
先ほどの剣とは比べるべくもない、細く薄い、一振りの太刀。それは即座に攻撃スキルのエフェクトを纏って握られた。
「なんと!?」
「武器による連撃スキルのモーション中に装備の耐久全損による素手の状態が発生すると、スキルの発動条件を満たさなくなり即座にスキルが中断される。そこにスキルの後隙は発生しない。仕様というかバグだねこりゃ」
太刀奥義スキル、閃天一刀。出掛かりの早さと射程が最も長い神速の抜刀を、突き下ろされる槍と交差するように振り抜く。
「……見事なり。新しき我が眷属神よ」
「そこはまぁ、100度目の正直、ってことで」
武神の首が落ち、その体が炎となって砕け散る。
経験値、ドロップアイテムの表示が滝のように流れる横に、1つのアチーブメント達成の表示が浮かぶ。それはずっと焦がれていた勲章。
『剣神』の二文字がそこにあり、見れば時計の針もサービス終了5分前を示していた。
「たった5分だけかぁ」
疲労感と安堵で崩れ落ちそうになる体をどうにか支え、戦闘中には意識から外していた中継ドローンに向かって宣言する。俺が十番目だと。
ミュート解除を忘れていたので俺の耳には届かなかったが、その瞬間に、ワールド中が歓声をあげていたのだと。
それを聞いたのはその翌日のことであった。




