第11話 豹変
グラスランドキングボアはデザバス時代から存在する序盤の壁として有名なモンスターである。
始まりの街ブランシュを出て、誰もが最初に出会うモンスターであるグラスランドボア。そのまま大きくしたような姿。デザバス時代の出現条件は同一エリアのグラスランドボアの討伐数が一定時間以内に300を超えた時点からランダム生成。
ある程度対イノシシ戦闘に慣れ、デカくなっただけの雑魚と舐めたルーキーに初めての敗北を刻むことに定評がある。
「どっ……せい!浮かせたぞカンナァ!」
「良い仕事」
大楯による殴打でカチ上げたキングに、カンナが飛び蹴りを見舞う。HPバーが目に見えて減少。落下地点には既に俺がスキルを待機状態にして構えている。
片手剣単発スキル、スイープエッジ。横一文字に軌跡を描いた斬撃がキングを弾き飛ばす。
距離が開いたことで、その間を縫うように取り巻きのイノシシが雪崩れ込む。スキル後の硬直で一発被弾し、2頭ほどが後方へ抜ける。
「2頭抜けたぞ! 対応!」
「了解。1頭は私が撃ち抜く。もう1頭はヤミがメイン、ミリーとウヅが後詰め」
「任せてバレット!」「方向転換の時に殴る!」「転ばない!」
「気負い過ぎないように。来るよ」
新人4人はバレットを指揮官として拙いながらも連携が取れ始めている。これなら後方の心配はそこまでしなくても大丈夫そうだ。
「セツナは余裕があったら回復薬飲んどけ。俺がメイン盾やってる以上はまず通さないが、キングの突進が直撃したらその軽装だと消し飛びかねん」
「それよりは俺とカンナが盾を代わるからゴドーが回復した方が良い。盾で受けているとは言え削りダメージがそろそろ無視できなくなってる。こっちもキングのサイズ感にも流石に慣れてきたから多分いけるはず」
「私も同意見。少なくともタゲを散らせば往復で轢かれる確率は低い」
「そんじゃまあお言葉に甘えて。3カウントでスイッチ頼む」
3、2、1、0のタイミングでゴドーが俺とカンナの後方へと下がる。キングの敵視はまだゴドーに向かっているため、突進を俺の盾の横殴りで逸らす。巨大な目玉がこちらをぎょろりと視認した。
「ッ!?流石に重いな……!」
「タゲは取れた。後は全力で回避盾」
「盾持ってるのに滅茶苦茶持て余すんだけどこれ……」
「前世は大剣ブンブン丸だったもんね」
「お前は大剣使い全てを敵に回した……」
「デドアサを普段使いする大剣使いは言い逃れできないと思う」
「ちくしょうカンナなんて嫌いだ……」
「!?」
カンナが愕然とした表情をするが見なかったことにする。
実際問題慣れてない盾に頼るくらいなら回避に専念した方が安定しそうなのは自覚がある。一撃を凌ぐために使っただけで耐久がゴリっと減ったバックラーをストレージに戻し、装備による重量負荷を軽くする。
「引き付けて……横に跳ぶ!」
普通のイノシシ達の突進を回避するのであれば過剰なほどの回避。グラスランドキングボアが初心者殺しと呼ばれる所以、それは突進のホーミング性能にある。
軸合わせの速さは言わずもがなで、回避をギリギリで行おうとするとすれ違いざまに頭を振って牙を引っかけてくる。その上で勢いを殺すことなく旋回、復路の突進を繰り出してくる。最大2往復というのが救いではあるが、レベル1の初心者からすれば死を運ぶ暴走列車に他ならない。
「そっち行った!引っかけられんなよカンナ!」
「嫌われた……許さない……こンのクソブタがァーッ!!」
「えっと……カンナさん?」
明らかに正気ではない様子でカンナが両拳を打ち鳴らす。それは『拳神』えび転の戦闘開始時のルーティーン。突進するキングに対して真正面から迎え撃つ構え。幾度となく見たデスコンボの始動モーションがスキルの光とともに輝きを放つ。
拳闘初級スキル、剛拳。
拳闘初級3連撃スキル、蛇影。
拳闘中級6連撃スキル、虎奮。
拳闘上級スキル、雷鳴打。
拳闘奥義スキル、冥王葬。
スキル発動時のモーションの共通点をなぞることで、隙を発生させることなく次のスキルに繋げる格闘職限定の高等技術、スペリオルコンボ。先ほど決めた初級スキル縛りの約束はどこへやら、無慈悲な合計17連撃がキングに叩き込まれる。
「……なあセツナ。俺はこの殺意しかない動きを5年前に見た気がするんだが」
「……どうか、大っぴらにはしないで欲しいのだけど」
「訳ありか。しかし……スキルのエフェクトが出てねえってことは、これ途中からの動きは全部自前か。それはそれでどうなってんだ」
「あっ本当だ。虎奮から先はただのパンチだこれ」
何かにブチ切れていらっしゃるのは確かだが、その一方で約束を守る理性も働いているらしい。
しかしスキルの乗っていない連打ではHPバーの減りが流石に遅い。それでも前半2つだけで半分くらいまで削っているが。
「……ガス欠!ゴドー、スイッチ!」
「お、おう!下がって休んでろ!」
回復が終わったゴドーが再びキングのタゲを取る。戻ってきたカンナは一目で分かるくらいにうなだれていた。
「……ごめん」
「いや、初級スキルまでで縛ってるし謝る必要は」
「……嫌いって」
「いや冗談だろあんなもん……」
「……うん」
表情が少し明るくなる。本当にこんなんだったっけ。デザバス時代にここまで感情をむき出しにした彼女を見た記憶がない。むしろ常に淡々と状況を見極める仕事人といった印象だったのだが。
「……子分が溢れてきてる。そっちの掃討に回る。キングはお願い」
「おう了解。頼りにしてるからな」
「!」
表情が見るからに明るくなる。そして凄まじい勢いでイノシシを蹴散らし始めた。なんなんだろうこれは。
その後、キングのHPが0になるまでにそう時間はかからなかった。




