千夏ルート 二十二
―千夏side―
「この状況から逆転する気?」
白栞は訝しげな表情を浮かべている。
「千夏が使えるコストは七ポイント。プレイできるのは赤のカードだけ。この状況で〈終焉悪鬼・アポカリプス〉を破壊できる手段なんて無いはずだけどなぁ?」
「破壊耐性持ちだもんな。本当に面倒なカードだよ、そいつは」
〈終焉悪鬼・アポカリプス〉は、一度だけ破壊を免れる効果がある。
高いスタッツでそもそも破壊されることは少ないのに、ダメ押しと言わんばかりのテキストだ。
「私としては、正直もう千夏は詰んでると思ってるんだけど」
「どうだろうな。お前だって、今まで発売されたカードを全部覚えてるわけじゃないだろ?」
そもそもカードが何万種類とあるのだ。大会などの競技シーンで使われているカードに絞れば記憶していても、はるか昔のカードまで覚えているわけがない。
時代が進むほどカードは強くなっていく。そして、昔のカードは自然とみんなの記憶から消えていく。
十年も前に発売して以来、一度たりとも競技シーンで姿を見せなかったスターターのカードなど、覚えていなくて当たり前だ。
「言っとくけど、このターンでフィニッシュだ。いくぜ、〈救済の英雄〉をプレイ!」
スクリーンに映し出される、白い鎧を纏った人型のガーディアン。
召喚条件の特異さから、当時ですら使われることは無かった。
重いコストでありながら、ステータスはあまりにも低い。エースカードとしての運用も見込めず、場持ちも悪い。
きっと、多くのプレイヤーにとってはとうに忘却された一枚だ。
見向きもされず、スリーブにも入れられずにストレージにしまわれているかもしれない。
押入れの段ボールの中かもしれない。
あるいはとっくに捨てられてしまっているかもしれない。
でも、アタシにとってこのカードは、打倒白栞を誓った一番最初の相棒なんだ。
「ゲームから取り除かれた赤のカードが十三枚以上あり、自分のライフが八点以上相手より少ない場合にのみ召喚できる。この条件は、さっきお前が満たしてくれた」
「サイドボードもない大会で採用するなんて正気!?条件が整うかどうかも分からない……。もし引いたら、手札が一枚少ない状態で戦うようなものだよ!?」
「実際、何回かそういう試合があったよ。この試合だって、初手からずーっと抱えてたんだぜ」
白栞の言う通り、ここに至るまでは本当に大変だった。
それでも勝てるように、この構築で環境のデッキとの対面練習は何百回もこなしてきた。
「私が千夏のカードを除外しなかったら、どうするつもりだったの」
「アタシがミコトを使うことが分かってたって言ったよな?アタシも、お前がそこまで読むことは分かってたさ。〈晩夏招来〉だって地区大会で見せつけたんだから」
AWGに参加するとなれば、いつか白栞と戦うことになるなんて最初っから分かってた。
覚悟が足りなくて、途中で挫けそうになってしまったけど。歯を食いしばって、戦うつもりではいたんだ。
だから準備はしていた。大会の環境はもちろん、白栞の戦略も思考も、検証を怠ったことはない。
「お前は、結翔のために完璧な勝利にこだわるハズだ。アタシが二度と障害にならないよう、徹底的な勝利を求める。なら間違いなく、アタシの戦法を完封するためにトラッシュを取り除くカードを入れてくるさ」
「もし私が〈終焉悪鬼・アポカリプス〉を使ってなかったら」
「そのパターンは、死ぬほど対面練習してきた。〈救済の英雄〉を採用した状態でも勝てるように、何回も何回も戦って検証を繰り返して、デッキのバランスもプレイングも徹底的に調整したよ」
「ありえない……私は、千夏とは一度も戦ってないじゃない。私のプレイングや構築に合わせた練習なんて、できるわけない」
まあ、普通そう思うよな。
「いるだろ、お前のプレイングにも構築にも詳しいやつが、一人」
アタシは、逃げたあの日から一度も白栞と戦わずにここまできた。
でも、あいつは。結翔は、自分に言い訳しながらも、白栞と向き合ってきたんだ。
十年で、一体何戦やりあったのだろう。何度敗北してきたのだろう。
「お前を十年ずっと後ろから見てきたのは、アタシ一人じゃねえんだよ」
練習の過程で複数のデッキを渡して初めて分かったことがある。
結翔は中盤戦までなら、白栞のプレイングを高い再現度で模倣できる。
負け続けて心が折れても、白栞から目を背けなかったアイツだからこそ成しえたのだろう。
「だからアタシは、結翔の使う【オーガビートダウン】とずっとやりあってきた」
「こ、の……!」
白栞は、まさしく鬼の形相でこちらを睨みつけている。
そりゃそうだろう。結翔はあいつにとって全てなんだ。
そんな結翔に力を貸してもらったアタシのことは、きっと憎いに違いないんだ。
――ワリぃな。
そんな言葉は、胸に秘めておく。
「普通に妨害するにはコストが足りない。ローコストの妨害はミコトで釣り出した。この召喚は止められない!」
さあ、終わりにしよう。
「バトルだ!〈救済の英雄〉で、〈終焉悪鬼・アポカリプス〉に攻撃する!」
「なっ……!?」
白栞が驚愕の表情を浮かべる。
重いコストに見合わず、〈救済の英雄〉のパワーはたった二点しかない。
対して、〈終焉悪鬼・アポカリプス〉は各十点のステータスを誇る。加えて、破壊耐性もある以上、こいつを破壊することは不可能だ。このまま戦闘を行えば、〈救済の英雄〉だけが破壊される。
それでいいのだ。
「〈救済の英雄〉の能力はシンプルだ。召喚したターンでも、ガーディアンへ攻撃ができる。そして、相手ガーディアンのパワーとの差分、相手プレイヤーへダメージを与える」
「戦闘に敗北することで、相手にダメージを与えるガーディアン…!?」
――勝利の理を書き換える、最弱の英雄の戦は、民に勇気をもたらした。
これは〈救済の英雄〉のフレーバーテキストだ。
当時のアタシには、その意味が分からなかった。でも、今ならなんとなく分かる気がした。
「お前の良くない所だぜ、白栞。自分の勝利を一瞬たりとも疑わないのは」
鎧を纏った人型が、瘴気を放つ鬼に衝突する。
鬼は動じず、まるで相手にする価値もないと言わんばかりに腕で薙ぎ払うと、英雄は光の粒子となって消えていく。
一陣の風が吹くと、宙に舞う粒子は白栞の傍をゆっくりと通り過ぎる。
シンと静まった会場に、ガラスが砕けるような音が響いた。プレイヤーのライフが尽きた際の演出だ。
一瞬の静寂がそこにあった。きっと誰もが、今起きたことを理解できずにいるのだろう。
客席のどこかから小さなどよめきが漏れた。
それは隣へ、さらにその隣へと伝わっていくかのように、静寂に沈んでいた会場を少しずつ揺らしていく。
そして。
《け、決着!AWG、日本一決定戦!優勝は、燎千夏選手ー!》
実況の勝利宣言と同時に、割れんばかりの歓声と拍手が巨大な会場を一瞬で埋め尽くした。
《絶体絶命のピンチの中、僅かに残された灯火を勝利の業火に変えた!新たなチャンピオンが、ここに誕生したー!》
歓声は、さらに大きくなった。
スピーカーから流れる、馬鹿みたいに大きな実況の声すらかき消すほどに。
かろうじて聞こえるのは、喉が張り裂けるんじゃないかというほどの痛みと喜びが混ざり合う、自分自身の叫びだけだった。




