千夏ルート 十九
―千夏side―
戦況は大きく水城に傾いている。
コントロールとアグロが戦えばアクロが有利。そんなことはアビカに触れてきたやつなら誰もが知ってる基本だ。
だからこそ、コントロール側は対策カードを複数枚投入している。相性差だけで勝敗が決まらないよう、構築やプレイでしっかり対策する。
水城は、それが高いレベルでできている。アグロ対面だと分かってから、対策プレイを徹底している。
「アタシのターン。ドロー」
引いたカードは〈晩夏招来〉だった。
トラッシュに赤のカードが十枚以上あれば、お互いのライフにダメージを与えるバーンカード。
強力だが、アシレイアの前には無力だ。引いたカードはそのまま手札に加える。
「引いたカードは、お目当ての物じゃなかったみたいね」
「分かるか?アシレイアがいちゃ、このカードは使えねえんだ。」
長くコントロールデッキを使ってきたのだろう。熾天使コンにかける想いは刺さるように伝わってくる。
……シリアルナンバー001統一は、ちょっとやりすぎだと思うが。
時間と情熱を注ぎ込み、あらゆる対面を想定し研究し、デッキを回し続けてきた。戦い続けてきた。
環境を研究し尽くし、答えを得て戦い、勝利する。アビカプレイヤーとして最も基本的で、最も重要な素質を、目の前の選手は確かに備えていた。
ゆえに。
この状況を打破しうるカードが、アグロに入っていると、水城セリアは想定できない。
「できれば白栞と戦うまで、コレは使いたくなかったんだぜ?」
手札の一番左のカードに手をかける。
それは、必殺の一枚。白栞の〈悪鬼羅刹・ジエンド〉の召喚を封じるための隠し玉。
「アタシのトラッシュには、赤のカードが十枚ある」
「……〈晩夏招来〉かしら。アシレイアがいる今、それを使ったところで効果は発動できないわよ」
「ああ。だから〈晩夏招来〉は使わない」
水城が怪訝そうな顔でこちらを見ている。
そうだよな。こんな重いカード、普通はアグロには入ってないもんな
「ちょっと特殊な召喚条件のカードでな。通常のコストの支払いに加えて、トラッシュの赤のカード十枚と、自分の場のガーディアン二体をゲームから取り除く必要があるんだよ」
一つ目の能力はデメリット効果。召喚に大きくコストを必要とするものだ。
ただ、コストは起動効果ではないため、アシレイアの妨害効果には引っかからない。
このあまりに重いコストに、発売当初からロマン砲のようなポジションだったカードだ。
競技シーンにおいては日の目を浴びず、一部のファンデッカーが目を付けたものの、成果はあげられなかった。
普通なら、テキストも知らないだろう。
それでも、アタシは知っている。
こういうカードを組み込んだデッキを作って、よりロマンに磨きをかけようとした、幼馴染のおかげで。
圧倒的なエースを据えるデッキのみを狩る、理不尽なまでの暴力。
その名は。
「召喚。〈禍鳥封刖―ミコト―〉」
横にある大型モニターに、漆黒の毛並みの艶めくハーピィが召喚された。
目から発せられる赤い光は狂気と闘争本能を感じさせる。
鉤爪はほかのハーピィとは一線を画す、鋭く禍々しいデザインだ。
多くのユーザーがこのイラストに惹かれ、そして使い勝手の悪さから使用を諦めていった。
「高パワーの大型ガーディアン……?」
水城を見ると、困惑していることが伺えた。
どうやら、テキストは把握していないらしい。
「いくぜ。〈禍鳥封刖―ミコト―〉で〈熾天使アシレイア〉に攻撃!」
「速攻持ち?でも、私の場には防御可能なガーディアンがいるわ」
「あいにく、こいつは場のカードへの戦闘時は防御されない!常時発動効果だ、アシレイアでも無効にできないぜ!」
二つ目の効果は、召喚したターンにも攻撃ができること。三つ目は、ガーディアンや場に残るスペルに戦闘を仕掛ける場合に限り、他のガーディアンに防がれないことだ。
漆黒の翼をはためかせたミコトが、アシレイアへ向けて勢いよく飛び掛かっていく。
その速度は人間にはもちろん、相手のガーディアンですら目で追えない。
気付けばミコトはアシレイアの後ろに佇み、そして。
「私の、アシレイアが……」
鎧を身にまとった熾天使の身体が、音もなく崩れ落ちた。
「っ、破壊されたアシレイアの効果を――」
「おっと。その前に、ターンプレイヤーであるアタシの使ったミコトの効果が発動するぜ」
同タイミングでの効果処理が発生した場合は、基本的にターンプレイヤーの処理が優先される。
つまり、ミコトの四つ目の効果が先に使えるのだ。
「戦闘で破壊したカードと同名のカードを、デッキと手札からトラッシュしてもらう!」
「そ、そんな効果が……!?」
このカードが、ワントップのエースに頼るデッキに対して圧倒的に強いのはこのテキストに依存している。
仮にミコトが相手のエースを倒すと、同名のカードをことごとくトラッシュに送れるのだ。
まあ、既に場に出ているとその対象外となってしまうため、微妙に痒いところに手の届かないテキストなのだが。
本来なら、これで奇襲を仕掛けて白栞の鬼門カードを破壊する予定だった。なるべく温存したかったが、この試合に勝つためには使わざるを得なかった。
水城はデッキから二枚のアシレイアをトラッシュへ送り、デッキをシャッフルする。
「そんなに強力な効果を持つガーディアンなら、もっと環境で見かけるはず。一体なぜ……?」
「あー……テキストをよく見てみろ」
アタシの言葉に対して、水城は手元にあるモニターに目を落とした。
演出の都合か、このテーブルはかなり大きい。そのせいで、お互いの盤面が見えないのだ。それを改善するため、お互いの手元には盤面が表示されており、カードのテキストもタップすれば読めるようになっていた。
「……自分のターン開始時、このガーディアンのパワーをマイナス五点?」
元のパワーが十点と高いが、わずか一ターンで半分に。二ターンでゼロになってしまう。
これが環境において見向きもされなかった理由の一つだ。ゲーム中一度しか出せないような高コストにも関わらず、その強さを維持できない。
また、これは自動で発動する効果だ。
「なるほど。なら、アシレイアを再び出せれば、その効果処理のタイミングで破壊できる!」
「確かにな。だが、アンタの切り札のアシレイアは全員トラッシュにいる!」
「そして、アシレイアは本来、突破困難なカードだ。その性質と、多様化する環境に対応する必要がある以上、蘇生できるカードを積むスロットはねえはずだ!」
「……っ、ドロー!」
水城が勢いよくカードを引く。しばしの逡巡の末、手札を二枚デッキに戻してから二枚ドローするスペルを使った。
あの様子を見るに、デッキにはアシレイアを蘇生させることができるカードが採用されているのだろう。なんとも念入りなことだ。
だが、それでも採用できる枚数など一枚が限界のはずだ。引かれないことを祈る。
「……このまま、番を終わるわ」
引いたカードは、水城にとっては結果は芳しくなかったらしい。ターンがこちらに返ってくる。
ミコトはステータスが大きく下がるが、水城のライフを見れば十分な戦力と言える。
また、こちらの手札には、この状況で使いたいカードがしっかりと温存されていた。
これが通らなければ、少しゲームが長引く可能性がある。その間にガーディアンを蘇生させるカードを引かれるとまずい。
一方で、先ほどのターンで水城はドロソのプレイにかなり迷っていた。ということは、戻したくなかったカードを戻した可能性が高い。
であれば、ここが攻め時だ。
「アタシは、〈宝石剣アルテマ〉をプレイする。通ればミコトのパワーは上方修正を受けて七点になり、攻撃はガーディアンに防がれなくなる。対応はあるか?」
一瞬とも永遠とも取れる沈黙が流れた。
いつだって、最後のカードをプレイする瞬間の緊張感は手足が痺れるほどだ。
これだけの大舞台で、白栞との決着が控えているなら、なおさら。
水城セリアは、手札をじっと見つめていた。
さっきのドロソで妨害を引かれていたら、アルテマは打ち消される可能性がある。
そうなったらガーディアンを展開する方向にシフトして、アシレイアの再臨を許しても問題ない盤面にしていけばいい。
最悪を想定し、サブプランを脳内で組み立てていく。
そして。
水城は、静かに口を開いた。
「……ないわ。私の、負けね」
それは、明確な決着の宣言だった。
《決まったー!水城セリア選手 対 燎千夏選手の試合は!燎選手の勝利ー!》
会場に、実況の声が大きく響き。
アタシの勝利を告げた。
♢♢♢
「まさか、同世代で久遠さん以外に負けるなんてね。アグロの対策も、欠かしたわけではなかったのだけれど」
「元々の相性もある。それに、アンタの本番はアビカ甲子園なんだろ。なら、そのデッキだって仕上がっちゃいないはずだ」
「否定はしないわ。でも、敗北の言い訳にもしない。今日の時点では私よりあなたのほうが強い。それが事実であり、全てよ」
ステージを降りたところで、アタシは水城と感想戦を行っていた。
「あの時引きにいったのは〈奇跡の翼〉か?」
〈奇跡の翼〉はアシレイアをトラッシュから場に蘇生することができる、数少ないカードだ。
先日結翔と立ち寄ったショップで特価品を見つけたのが、今となっては懐かしい。
「ええ。残念ながら引けなかったけど……仕方ないわ。そう簡単には奇跡なんて起こらない、ということかしらね」
水城は、少し寂しげな表情だった。
それが何を意味するのか、アタシには分からない。
「アビカ甲子園の二連覇と、AWGの優勝。そんなストーリーを思い描いていたけれど、そう上手くはいかないものね」
「ずいぶん欲張りなんだな」
そう言うと、水城はふっと微笑んだ。
戦いの中では決して見ることのできなかった、どこか儚げで、でもお茶目な笑顔で。
「これは友人の受け売りなのだけれど。ちょっと欲張りなぐらいが、女の子は魅力的らしいわよ?」
なんて、可愛らしいことを宣ったのだった。
アタシが戸惑っていると、水城は右手を差し出してきた。
「久しぶりに、気持ちのいい試合だったわ。ありがとう」
「ん……ありがとうございました」
差し出された右手を、まっすぐ見てから握る。
いろいろな感情が渦巻いているのだろう。握る手は、少し力強かった。




