第五十三話 精神力
ラルゴが狼を煽り散らかした。
フーガとカノンがルースの街を出る前、ラルゴはカデンツァの部屋にいた。木の椅子に腰掛け、木の丸テーブルに頬杖をついて窓の外を眺める。静かな部屋の中、窓の外は木漏れ木漏れ日と鳥の声ばかりがある。瞬きをした。
「お茶は好きだったかしら」
カデンツァはラルゴの向かいに座っていた。初めからそこにいたと言うように。ほんのりと湯気立ち、紅茶の香りを漂わせる上品なカップを見てラルゴは軽く頷く。そして小さく唸る。
「おかしな空間だねぇ。あんたの好きなようにできんのかぁ」
「ある程度はね。万能だけど全能ってわけじゃないわ」
カデンツァは紅茶を差し出す。ラルゴはカップやカトラリーを見つめる。目を上げると、ただにこりとしているカデンツァが見えた。
「要件は」
「リミットはあるわ。でもそれほど急く訳もない。リラックスしてちょうだい」
「出来るか……」
ラルゴは小さく吐き捨てると、カデンツァはくすりと笑った。
「アランシアの街に向かってほしいの。反逆者の2体のサポートのためにね」
「何をしろって?」
「狼の獣人と取り巻きの普通の狼の7、8割くらいを退けてくれればいいわ」
「ランクは」
「Middle」
「攻撃方法」
「武器と自前の牙とツメ。銀は使わないわ」
「位置は」
「地図を渡すわ」
「わかった」
簡潔にやり取りを済ませると、ラルゴは一つ息を吐いて軽くうつむき、紅茶を数秒見つめた後、ほんの少し口の中へ流し込んだ。
「あと、そうね。伝えることとしては……」
目だけをカデンツァに向ける。
「獣人相手だし、煽って揺さぶってみれば多少効くと思うわ」
「揺さぶる……ねぇ」
「あんたら、負けちまったらボスに向ける顔ねぇだろぉ?」
「……どういうことだ」
「護衛全員持ってくるぐらいしたらどうだ?」
冗長にタバコを吸い、さらに戦力を持ってくるようにやけツラを向ける。戦う前から明らかな実力差があるのは分かりきっていた。しかし、いかなるときも理屈を一番にできる者は少ない。特に魔族は、感情が先行することが人間よりも多いものだった。
「……全員、アジタート様を護っているやつら以外全員呼んでこい」
「アジタートも出しちまえよぉ。どうせ勝てないんなら最初から本気のほうがいいだろぉ?」
「……お前」
対話していた先頭の狼の肉体が、若干膨張しているのをラルゴは確認した。
「魔族の肉体は魔力だ。魔力は感情によって強くなり、また弱くなる……キレてるのぐらい見たらわかっちまうんだよぉ」
「かかれ!」
次回 第五十四話『魔力の血』
10/10 (土) 20:00更新予定




