第五航空戦隊追加で時間を進めてみよう
本来であれば、絶対にありえないことなのだが、とりあえず日本軍の当初の予定通り、第五航空戦隊を加えてみよう。
もちろん戦死者も復活して。
その場合、第一次攻撃隊の指揮官は、友永大尉ではなく、翔鶴飛行隊長高橋赫一少佐になったことでしょう。
いくつかの資料には、高橋少佐は珊瑚海海戦後参謀になる予定だったとありますが、ここはもう少し現場に残ってもらうことにしましょう。
日本軍の年功序列式の指揮官任命システムから考えれば、瑞鶴飛行隊長の嶋崎少佐も第一次攻撃隊となっていたと思われる。
そういうことで、第一次攻撃隊の編成はこうなる。
戦闘機。
各空母九機、合計五十四機。
艦爆。
赤城、加賀、翔鶴より各十八機、合計五十四機。
艦攻。
飛竜、蒼龍、瑞鶴より各十八機、合計五十四機。
翔鶴と瑞鶴の搭載機数は加賀と同じであったのだが、新編成では蒼龍、飛竜と同じとする予定であったとのことなのでそれに準じます。
これは赤城も同じ。
この辺も日本海軍のダメなところということになるのでしょう。
続いて、直掩機。
これも史実どおり各空母三機で、計十八機。
ちなみに、この当時の日本海軍の防空体制は、全体をひとつとして運用されていたわけではなく、あくまで自艦を守るもの。
つまり、当初の計画では各空母は三機の直掩機しかなかったということになる。
だが、次々と飛来するアメリカの攻撃機に対応するため、第二次攻撃隊用の戦闘機の多くを上空に上げ、さらに帰艦した第一次攻撃隊の戦闘機まで敵機の対応にあてさせていた。
軽く数えただけでも四十機近くになる。
各艦十機の計算。
結局それでも足りなかった
六隻になったところでこの状況は変わらず、やはり第二次攻撃隊の戦闘機を直掩に回さざるを得なかったということになる。
しかも、それで攻撃を完全に防げたかといえば難しいのだが。
アメリカ軍の日本空母に対する攻撃が始まったのは七時十五分。
そして、アメリカ空母発見は八時三十分。
第二次攻撃隊の戦闘機を防空戦に投入しなければ、早いうちに各空母は炎上することになったであろう。
攻撃され、格納庫に待機した機体が炎上、誘爆という流れを避ける手だてとして考えられるのは第二次攻撃隊の上空退避。
だが、そうするためには格納庫から防空に当たる戦闘機用に空けてある飛行甲板に攻撃隊を上げる必要がある。
その間は戦闘機の離着艦不可能になる。
さらにいえば、いつ来るかどうかどころか来るかどうかもわからぬ敵発見の知らせを待ってということになる。
燃料がもつのか。
燃料を補給するためには爆弾や魚雷を捨てて着艦しなければならない。
そして、補給と爆弾や魚雷の装着をしなければならない。
そのうちに第一攻撃隊が帰ってくる。
そうでなければ、少数の護衛戦闘機のみをつけての片道燃料での攻撃で、攻撃の成功の如何にかかわらず第二次攻撃隊はその大部分を失うことになる。
考えれば考えるほど史実よりひどくなりそうである。




