第四十七話反撃の時
明るい日の光の中、シャーリーは、マックスの背中にしがみついて、過ぎ去っていく景色を眺めた。
「あの木には、登ったわ。
あそこの池で、魚を釣ったの。
さっきの建物は、放牧をする人達の休憩所よ。」
幼い頃から何度も通った故郷の思い出を、マックスに語る。ビュンビュン風を切る音で、どれだけ届いてるのかは、分からない。
しかし、時折、『うん』とか、『今度一緒に行こう!』と答えてくれるところを見ると、多分半分くらい聞こえてるのかもしれない。
「シャーリー!」
「なに?」
「幸せになるぞ!」
「うん!」
必ず、ここに帰ってくる。二人は、強く心に誓った。
「こりゃまた、凄いお客さんを連れて来ちまったねー」
クイーンは、スコット達が案内してきた白蘭を前に、緊張を通り越して理解不能になっていた。
「ちょっと、サックス、あんた話してきてよ!」
「いや、俺、ジポーノ語知らないし」
「使えないねぇ」
「いや、喋れる人の方が希少だから!」
どんな態度が不敬にならないのか?そんな事すら、誰も知らない。
「マリア、サラ、本当に二人だけで桜姫様の所まで、白蘭姫様を連れて行けるのか?」
桜姫の居住区に無審査で通らせてもらえる『通行手形』を首から下げたチビ達は、鼻息荒く頷く。背中のクマさんリュックが異様に目に付いて、心配しか湧かない。
「マリャ、できりゅもん!(マリア、出来るもん!)」
サックスの不安を感じ取って、マリアが怒りまくる。地団駄を踏み、プンスカプンスカ。その愛らしさに、一瞬和んだ空気が流れた。
「しかしなぁ・・・」
サックスは、チラッとキリックを見た。
『アイツなら、まだ、女装イケるんじゃないのか?』
内心浮かんだ妙案を、
「サックス!その目を止めろ!」
キリックは感じたらしく、ジャックの後ろに隠れて怯え出した。
『あぁーーーー、どうすりゃいいんだ!』
サックスが頭を抱えていると、突然孤児院のドアが開いた。逆光でシルエットしか見えないが、
「シャーリー様!」
クイーンが叫ぶと、皆が振り返って背後のドアを見た。
サックスは、シャーリーに付き添っているマックスを見つけると、胸ぐらを掴んで、
「何で、帰ってきたんだ!どんな思いで、皆が逃したか!」
と怒鳴りつけた。
エンジェル伯爵も、ブリリアント男爵も、きっと死を覚悟している。それなのに肝心な本人達がノコノコ帰ってきては意味がない。
しかし、マックスは、何も言い返さなかった。代わりに、サックスの腕にシャーリーの手が乗った。
「いいえ。皆を盾に、自分達だけ逃げるなんて無理です!」
そう宣言すると、次に、
カツカツカツ
白蘭の元へ行き、見事なカーテシーをして挨拶をした。
『初めてお目にかかります。私は、シャーリー・エンジェルと申します』
自己紹介をすると、それまで座っていた白蘭が立ち上がり、シャーリーに抱きついた。
『会いたかったのじゃ!』
『白蘭姫様、遠路はるばるお越しいただいたのには、訳がおありになるのですね?』
そこからは、二人以外が理解出来る言語じゃない。皆、心配そうに見守るしか出来なかった。
手振り身振りを交え、白蘭と語り合ったシャーリーは、マックスを振り返って微笑んだ。
「神は、私達に味方したわ!」
それは、啓示のような確かさをもって、ここにいるすべての人間の耳に届いた。
「さぁ!反撃よ!」
シャーリーは、目を輝かせて指示を出し始めた。
『どのような事があろうとも、妾は、帰らぬ!』
シャーリーを手に入れる為に、葵は、実の妹を脅しのネタに使おうとしている。血を分けた兄妹であっても許すことは出来ない。桜は、眼の前でニヤけた笑みを見せる男をキッと睨みつけた。
『桜姫様に、拒否権は、ございません』
面と向かって桜に物申すのは、幼き頃より葵に仕えてきた橘という家来。男尊女卑思想が強く、主の権力をかさに、横柄な態度を常に取ってきた。
それは、ジポーノ国の姫である桜姫に対しても変わらず、今も見下した視線を向けてくる。
『ならば、妾の屍を持って帰れば良かろう』
『姫様が、此方でお亡くなりになったとあれば、ジポーノ国がフローラ国に攻め込む格好の大義名分となりましょう』
『そちは、心の臓から腐り切っておるな!』
『某の主人は、葵殿下のみ。桜姫様であろうとも、主人の命の前では価値を持ちませぬゆえ』
桜は、悔しくて涙が出た。男子が後を継ぐことが慣習として行われてきた為、兄妹の中で最も出来の悪い葵が、世継ぎと決まっている。父である先王が病で儚くなり、彼の年齢を理由に母が臨時の王となっているのは、彼の素行の悪さに多くの家臣が不安を抱いているからだ。
だが、この体制も、長くは保たない。成人を迎えた葵の側には、甘い汁を吸おうと集まった悪臣が侍り、彼に耳聞こえの良いことばかり囁く。母に王位の移譲を迫り、国内も混乱を見せ始めているという。
桜姫は、噂で、戦利品と称して多くの少女が密かにジポーノ国へ連れて行かれたと耳にしたことがあった。母に兄の非道を訴えたが、親の情ゆえか、厳罰に処すことはなく、逆に桜姫が国外に出されることになった。
側に控えて一部始終を聞いていたアイオライトは、
『桜姫を泣かすとは、許さんぞ!』
流暢なジポーノ語で、橘を怒鳴りつけた。元より聡明で、優しいアイオライトは、桜姫の為に、かなりジポーノ語を勉強していた。
橘の物の言い方に、腹を立て、
『そちの態度が、主人たる葵殿下の評判を落とすと何故分からぬ!桜姫の兄上と思うが故に今まで黙っておったが、此方とて、覚悟があるぞ!』
アイオライトは、桜姫を胸に抱き、謁見の間から連れ出した。
『桜姫、必ずや某が貴女を守ります。信じてくれますね?』
アイオライトは、桜姫の視線まで降り、先程の激しさは微塵も見せぬ優しい声を掛けた。
『はい』
桜姫は、手巾で目元を押さえ、涙を堪えた。これ以上、無様な姿を晒してはならない。そんな意地を張る桜姫の髪を、あやす様に撫で、
『大丈夫、大丈夫』
と何度も囁いた。
『あぁ、妾の夫となられる方は、この方しかおらぬ。もし、この縁が断ち切られるのであれば、己の命を絶とう。』
と桜姫は、心に誓った。




