第四十六話一筋の光白蘭
その場の空気をジョンにさらわれた王は、騒ぐことしかできない馬鹿な家臣達の顔を見渡し、今後の扱いを決めていた。
このまま老害を蔓延らせていては、フローラ国にとっても良くはないだろう。
ただ、残念ながら王は、綺麗事だけでは国を回せない。苦渋の選択を迫られる時は、殊の外多いのだ。
特に、今回のような状況は、同じ子を持つ親として、身を切られるような痛みを感じる。
それでも、王は、ジョンをじっと見つめ、言葉を発する。
「エンジェル伯爵の言い分は、分かった。私とて、無理強いをさせたいわけではない」
王の言葉に、ジョンは、溜息を吐く。
『させたいわけではないが、何なんだ?結局、言う事を聞かなければ、実力行使で娘を奪うと言うのか?』
ジョンは、心の中の腹立ちを隠さない表情で、王座に座る男を睨んだ。
『不敬罪だと騒ぐ奴等など、知ったこっちゃない。娘を守る為なら、命を張るのが親だろう!』
そんなジョンの意気込みを、王は、悲しげな表情で見つめる。
「エンジェル伯爵、私も人の親だ。娘が目に入れても痛くないほど可愛い存在だと知っている」
殴りかかりそうなジョンを前にして、王の目が、優しく弧を描いた。
「私にも、娘がいる。愛する者に嫁いで欲しいと望んだものだ」
ふと、ジョンの脳裏に、ルビー・ブリリアント男爵夫人の顔が浮かんだ。
『そうだ、あの人は、陛下の娘だったな…。』
末娘を溺愛していた王は、男爵と言う身分違いの男に、しかも先に子を成す形で嫁がせた。
今思えば、それは、事実なのだろうか?と疑念が湧く。朴訥とした男爵子息と護衛が常に付く王女。キスすらまともに出来ない二人に子供が?
ジョンは、もう一度王の目を見た。
そこには、己の娘は幸せな結婚をさせたのに、臣下の娘を犠牲にしなければならない事への苦しみが見えた。
「シャーリー・エンジェル嬢がジポーノ国へ来ない場合、桜姫を連れ帰れと使者は命を受けている」
王が重い口を開いた。
『あぁ、何という事だ。』
ジョンは、膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか踏ん張って耐える。
我が娘が、ジポーノ国とフローラ国の国交断絶の引き金となる。それを聞けば、シャーリーは、自ら進んでジポーノ国へ行くだろう。
「エンジェル伯爵・・・すまない」
首を垂れる王に、ジョンは、もう何も言えなかった。
昼食は、シャーリーの手で作った。初めてのお菓子以外の手料理に、マックスは、嬉し過ぎると言って背後から離れない。
「マックス、作りにくいわ」
「本当は、抱きしめたいくらいなんだから、くっ付くぐらい許してよ」
シャーリーの肩の上に顎を乗せ、マックスが、クスクス笑う。その吐息が耳元にかかり、くすぐったさのあまりシャーリーは、身をよじる。
でも、この一瞬も忘れたくなくて、シャーリーは、顔を傾けてマックスの頬に擦り寄せた。
「やっぱり、抱きしめよう!」
宣誓すると、マックスは、後ろからギュッと抱きしめてくる。額をグリグリ肩に擦り付けられると、一気に体温が上がった。
泣いてる。
見なくても分かる。
マックスが泣いてる。
貴族の婚姻なんて、政治の駒くらいにしか思わない人達が多い中で、彼達は、幸せな家庭に育った。本当なら、ここで、ずっと続いたかもしれない暮らし。
朝起きて、おはようを言って、キスをして。二人で領内を巡って、子育てをして。
『あぁ、失いたくない。』
シャーリーは、ポロポロと涙をこぼしながらも、
「マックス・・・ほら、焦げちゃうわ。丸焦げベーコンなんて、洒落にはらないでしょ?」
と掠れた声でおどけてみせる。
フライパンの中でソテーされた厚切りベーコンが、良い色に焼けていた。サラダにスープ、デザートまで、既にセッティングは終わっている。
「腹が減っては、戦は出来ぬって諺があるって、桜姫様が言ってたわ。さぁ、食べましょ!」
あえて明るく言うと、マックスも目に涙を浮かべたまま、輝くような笑顔を見せてくれた。
最後まで戦う。そう思いながら、シャーリーの心は折れかけていた。
そんなことでは、最初から負けも同然だ。
パンパン
シャーリーは、両手で頬を叩いて、顔を上げた。
岩陰に隠れて、スコットとキリックは、ジポーノ国の使者を待ち伏せする。両手には、チビ二人。
「おい、マリア、サラ、寝るな!」
頻繁に揺すって声をかけないと、直ぐに寝息を立て出す二人に、キリックは疲労困憊だ。
「キリック、そろそろ行くぞ」
「おぉ」
スコットが、先に出た。猛スピードで突進してくる馬の前に、凄く落ち着いている。
逆に、馬上の少女の方が驚いて、手綱を思い切り引いた。
ヒヒーーーーーン
前足を振り上げ、スコットを踏み潰そうとする馬を必死に抑えようとしてるが、少女の細腕では振り回されるだけだ。
そのままバランスを崩した馬が後ろ向きに倒れようとするのを、
ゴーーーーーーーーーーーー
スコットの風魔法が馬と少女を空中に巻き上げることで防いだ。
そのまま繊細なコントロールで、馬と少女をそれぞれ離して地面へと下ろす。
『ったく、ほんと、嫌になるくらい上手い。』
キリックは、興奮気味の馬に近づくと、情緒を落ち着けるリラックスの魔法を掛けた。馬は、少しずつ動きを鈍らせ、静かに止まる。
少女の方は、気丈にも、腰の刀に手を置いて此方を睨んでいた。結婚式に見た桜姫の物静かさとは、正反対に見える。
しかし、
『『しゃくりゃひめしゃまー、しゃくりゃひめしゃまー、しゃくりゃひめしゃまー』』
名前を呼び続けるチビ達に、少女は、ビクリと反応した。なにやら、感じるものがあるらしい。
『まりゃ(真理亜)でごじゃいましゅー』
『しゃりゃ(沙羅)でごじゃいましゅー』
『『いっしょに、あしょびましょうー(一緒に、遊びましょう』』
キリック達には、名前以外何を言ってるのかサッパリだったが、少女は、驚きに目を見張り、二人に向かって走ってくる。
『其方らは、真理亜と沙羅なのじゃな?』
『『あい!』』
『姉上が、手紙に書いておったぞ!真理亜、沙羅、姉上に、会わせてたも』
『『あねうぇ?』』
『妾の姉上は、桜。妾は、妹の白蘭じゃ』
『『おぉーーー、びゃくりゃんしゃま!』』
何か納得がいったのか、チビ達が、キリックの腕の中で一斉に暴れ出した。
「こら!暴れるな!」
「キリックしゃま、しゃくらひめしゃまのいもと(桜姫様の妹)」
「いもと?」
「ねーねにあいたいって(お姉ちゃんに会いたいって)」
「ねーね?」
「ねーねは、ねーねなの!」
まさか、ジポーノ語じゃなくて、フローラ語(チビ仕様)に翻弄されるとは。キリックは、言葉の意味がわからず混乱するが、
「あぁ、お姉さんに会いたいのか?」
スコットは、直ぐ納得した。
『なんで、分かるんだ?』
キリックは、不思議でたまらず首を傾げた。
しかし、スコットは、孤児院に最近増えた新参者の少女が、二人に『ねーね(姉)』と呼ばれたことから『ねーねちゃん』と名付けられたことを知っていた。
「しかし、俺らじゃ、桜姫様の宮には入れてもらえねーしなぁ」
国賓扱いの桜姫は、厳重に警備がしかれた一角に住んでいる。許可のないものは、勿論、中に入ることすら出来ないのだ。やっと一筋の光を見つけたというのに、これでは、どうにもならない。
腕を組んで悩むスコットに、手足を振り回してキリックの拘束から逃れたマリアがしがみ付いた。
「マリャ、もってりゅ(マリア、持ってる)」
「は?何を?」
「ちゅーこーてぎゃた(通行手形)。しゃくらひめしゃま、くれた(桜姫様、くれた)」
思わぬところに突破口があり、スコットは、目を見開く。
「今、持ってんのかよ?」
「クイーンねぇしゃん、もってくれてりゅ(クイーン姉さん、持ってくれてる)」
キリックがまったく理解不能なチビ語をスコットは全て理解して、なんか、良い感じに頷いていた。
「よし、孤児院に戻るぞ」
「うん!」
盛り上がるチビとスコット。取り残されたキリックと桜姫の妹白蘭の視線が合った。
「困りましたね」
『困ったものよのぉ』
言葉は分からないが、よっぽどコッチの方が意思疎通出来そうだった。




