第四十五話それぞれの決意
「本当に良いんだね?マリア、サラ」
「あい、クイーンねぇしゃん!マリャ、がんばりゅの(マリア頑張るの)」
「シャラだって、できるもん!(サラだって出来るもん)」
クマさん型の小さなリュック。中には、お菓子とハンカチ、ティッシュを詰め込んでいる。
『遠足じゃないってんだよ。』
思わずツッコミを入れたくなったクイーンだが、あんまり可愛く敬礼するものだから、周りの大人の方が泣きそうになっていた。
これから向かうのは、何が起きても文句の言えない場所だ。言葉を交わす相手は、敵かもしれない。
「無理だって思ったら、逃げるんだよ!」
「「ん!」」
力強く頷くが、どこまで分かっているのか怪しい。目は、遠出ができることと、馬に乗れることでキラキラと輝いている。
「サックス、信用してるぞ」
ジャックがサックスの肩に手を回し、脅すように耳元で囁いた。腕に力がこもってて、その真剣さが伝わってくる。
「分かってる」
サックスは、ベラベラ無駄口を叩くタイプではなく、何事にも常に真摯に向き合う人間だ。クイーンも、ジャックも、言いたい事は山盛りあったが、それをグッと飲み込んで送り出す事にする。
外に出ると、サックスの弟が二人立っていた。
「俺ら、二人で行く。サックスは、ここで司令塔をやってくれ」
「いや、俺も行く」
「うちとグレイ商会、エンジェル伯爵家を繋げられるのはサックスだけだろ?」
日頃から人当たりの良いサックスは、グレイ商会でも評価が高い。
エンジェル伯爵家のメイドにも、あたりの柔らかい彼のファンが多いらしく、執事のホーランドさんともよく話をしているのを見る。
確かに、シャーリーとマックスが居ない今、三つを繋げられるのはサックスしかいなかった。
「マリア、サラ」
クイーンは、二人の横にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「スコットとこのお兄ちゃんの言うこと、聞けるかい?」
スコットとその弟を指差すと、マリアとサラは、コクンと頷いた。
昔のよしみで時々孤児院に出入りしていたスコットは、顔くらい知っているだろう。
しかし、小さい子供が苦手なスコットは、殆どマリア達と話したことがない。更に、キリックと、ちゃんと会うのも初めてだ。
サックスと一緒だと思っていたのに、突然違う人間が現れ不安になったのだろう。二人とも自分のスカートをギュッと握っている。
その様子に気づいたキリックが、
「こんにちは!俺、キリック!」
大きな声で挨拶して、二人の前にしゃがみ込んだ。そして、マリアとサラの前に両手を突き出す。
パッ
手の平を開くと、綺麗な紙に包まれた大玉の飴が出てきた。
「お近づきのしるしに、どーぞ!」
チビ二人は、目の前に現れた甘い物に目を輝かせた。
しかし、何を思ったのか、クイーンの方を悲しそうに見る。
孤児院では、
『知らない人から、物を貰っちゃダメだ!』
と厳しく教えている。眼の前の少年を、『知らない人』認定している二人は、欲しくても貰うことができない。
「マリア、サラ」
「「あい」」
「コイツは、今からアンタらと仕事をする仲間だ。知らない人じゃない」
「「仲間!」」
キラキラキラキラ
目に見えて瞳が輝き出した二人に、皆、笑いを必死に堪えている。
その後、仲間認定されたキリックは、手ずからマリア達の口に飴を入れる栄誉に預り、小さくガッツポーズをしていた。
シャーリーとマックスは、朝食後、庭を散策した。木漏れ日の中、手を繋ぎ、時折立ち止まり、頬を寄せて口付けをする。
『このまま、時が止まれば良いのに。』
シャーリーの心は、全てマックスのものだ。
しかし、このままじゃいけない事も知っている。今この瞬間も、自分達の為に罰せられる人がいるかもしれないのだから。
互いの両親達は、このままほとぼりが冷めるまで、二人で隠れているようにと念を押していた。親が子を守るのは当然なことらしい。
ただ、大切な家族を矢面に立たせて、自分達だけ安全な場所に身を置くことは出来ない。
シャーリーは、ほんの数時間でも良いから、恋人のように過ごしたかった。二人だけの思い出が、欲しかった。それが叶った今、やらなければならない事がある。
「マックス様・・・」
「分かってる」
本当の意味での初夜はまだだが、昨日の夜は、対外的には『初夜』として扱われる。ジョンの言うように、婚姻、結婚式、初夜と既成事実を積み重ねた。
これがどれ程の力を発揮するかは分からないけが、最後まで戦い切る為にも、王都に戻ろうと心に決めていた。
シャーリーは、自分の指に輝く結婚指輪を見た。これまでも、ずっと彼女を助けてくれた『お守り』。
『何かあっても、必ずこの指輪が守ってくれるはず。たとえ、ジポーノ国へ行かなくてはならなくなったとしても、永遠に私は、マックス様のものだ。』
シャーリーが繋ぐ手に、ギュッと力を入れると、マックスも握り返してくれる。
「シャーリー、その前に一つお願いがある」
「なんでしょうか?」
「マックスと呼び捨てに。あと、敬語もなしで。一晩過ごした男女が他人行儀じゃおかしいよ」
「あ・・・」
口をポカンと開けるシャーリーの下唇をマックスが喰んだ。
そして、そのまま深く口付けられる。息が出来なくて、苦しい。トントンと彼の背中を叩いて、やっと解放された。
「ほら、シャーリー、俺の名前を呼んで」
「・・マ・・マックス・・・」
「シャーリー、愛している。何が起きても、俺が守る」
「うん」
マックスの逞しい腕に抱きしめられて、シャーリーは、堪えきれない涙をハラハラと流した。
高台から見下ろすと、単騎駆で街道をひた走る馬が、舞い上げた土埃で一本の線を描いている。
「アレか?」
キリックが、怪訝な表情で呟いた。それほど、目に映る光景は、不思議なものだった。
美しい栗毛の馬が乗せているのは、一人の少女。長い黒髪を風に靡かせて矢のように風を切って進んでいく。
鞭使いの巧みさ。前傾姿勢の美しさ。非の打ち所がない。
素晴らしい騎乗に唸っていると、
「あーー、しゃくらひめしゃまー(あー、桜姫様)」
スコットの背中におんぶ紐で結ばれたマリアが叫んだ。
「ほんとーりゃー、しゃくらひめしゃまらー(本当だ、桜姫様だ)」
キリックの背に括り付けられたサラまで叫んだ。
「桜姫様?え?本当に?」
聞き返すキリックの髪を引っ張り、サラがプンプン怒り出した。
「ほんとりゃもん!シャラうしょつかにゃいもん!(本当だもん!サラ嘘つかないもん)」
『うぇー、痛そう。毛根から根こそぎ引っこ抜かれるんじゃねーの?』
スコットは、自分が引っ張られているかのように顔をしかめ、首をすくめた。
「いてててて、分かった!分かったから!ごめん、ごめん」
キリックは、すぐにギブアップし、サラに謝った。そして、サラとマリアを宥めすかし、幼児を背負ったままで、馬に乗ってさっきの少女を先回りすることにした。
けっこう激しい揺れなのに、
「「むにゃむにゃむにゃ」」
涎垂らして眠るチビ達の肝っ玉の太さに、スコットもキリックも降参するしかない。多少、首が濡れて冷たくても、我慢する二人だった。




