第四十四話新たな動き
「え?もう一隻船が?」
昼を過ぎ、太陽が西に傾き始めた午後、エンジェル伯爵家の執事ホーランドがブリリアント男爵家を訪ねてきた。
ラグドールは息子達も集め、彼の持ってきた情報に耳を傾ける。
なんと、ジポーノ国の旗を掲げた別の船が入港し、そこから使節団らしき人々が下船してきたと言う。それだけでも驚きなのに、そこから一騎駆けで、王宮に向かう者がいるらしい。
ただでさえ厄介な状況に、降って湧いた第二の使者の話は、平民であるジャック達には、手に余るだろう。
そして、エンジェル伯爵は、今、王宮に居て連絡が取れない。対応できるのは、ブリリアント男爵家の者だけだ。
「父さん、俺が行く」
手を挙げたのは、スコットだった。
「先ずは、そいつの足止めをして、出来れば話を聞き出せば良いんだよな?」
「そんなに上手くいくか?」
「先回りして、ヒュンって飛ばして、とっ捕まえて聞く」
待ち伏せして、風魔法で空中に巻き上げ、抵抗できない所を捕獲して尋問すると言うことだろう。
「手荒なマネはするな。ジポーノ国の使者だぞ」
「俺が誰か分からなきゃ大丈夫だよ。それに……」
スコットは、一瞬言い淀み、
「俺なら、そのまま出奔して冒険者になったって食っていける。これまでだって、あんま素行の良い方じゃねーし」
と笑った。
その笑顔の裏に、自己犠牲の感情をを読み取ったラグドールは、
「スコット・・・それをシャーリー様やマックスが喜ぶとでも思っているのか?」
と諭す。自分達の為に、弟が輝かしい魔道士としての未来を捨てたとあっては、二人も自分自身を許せなくなるだろう。
「それに……お前、ジポーノ語出来ないだろ」
「あ」
根本的なところをすっかり抜かしているスコットに、ラグドールも苦笑いを浮かべた。フローラ語しか出来ないスコットでは、尋問するにも無理があるのだ。
今いる仲間で、それが出来るのは…。
「グレイ商会に連絡を。あの小さなお針子二人に来てもらおう」
ラグドールが思い当たったのは、シャーリーに連れられ桜姫の所に一緒に行っていた幼児だけだった。どこまで使えるかは分からないが、自分達よりは確実に役に立つ。
「行ってくる!」
サックスがサラ達を迎えに飛び出していくと、スコットも使者捕獲の準備に出て行こうとした。それをキリックが両手を広げて止める。
「邪魔すんなよ!」
「スコット冷静になれよ!一人で行ってどうする?あのチビッコ二人に通訳をしてもらうんだろ?なら、いざと言う時、アイツらを抱えて逃げられる人間が二人いた方が良い」
馬で逃げるにしても、両脇に子供を抱えて手綱は握れない。普段何かといがみ合う二人だが、一番考え方が似ているのもこの二人だ。
「スコット、キリック、無茶はするな。いざとなったら、シャルトの元に逃げろ。良いな?」
二人は、深く頷くと執務室から出て行った。残されたラグドールは、目を閉じた。
領地は、シャルトに任せれば良い。妻も、ミケーネも、きっと彼なら守り切る。
サックスは、グレイ商会と孤児院、エンジェル家を上手く纏めて落とし所を見つけるだろう。何せ、彼の優しい人柄は、人と人を繋げるのに長けている。
マックスは、王都から逃れた時点で、どうとでもなる。それほど彼の魔力は、規格外だ。
そして、シャーリーは、あの商才と人望を以てすれば、世界一の商人になる事だって出来るだろう。
スコットとキリックは、領地経営などより魔道士として身を立てる方が性に合っている。無事に卒業さえしてくれたら、将来は、安泰だろう。
『最後は、この首一つで話を終わらせてくれれば言う事はない。』
ラグドールは、机から便箋と封筒を出すと、家族に残す為の手紙を用意することにした。
「おはよう、シャーリー」
「お、お、おはようございます、マックス様」
朝日の中、ベッドの上で目覚めると、隣にいるマックスが自分をのぞき込んでいた。恥ずかしさのあまり、身をよじって背中を向けると、背後から抱きしめられる。
深夜、この部屋に辿り着くと、二人は抱きしめあい、崩れ落ちるようにベットに倒れ込んだ。そのまま泥のように眠り続け、今に至る。余程、緊張していたのだろう。張り詰めていた気が緩むと、これほどまでに体が疲れていたのだと知る。
「朝ごはんにしよう」
「あ!ごめんなさい、今すぐ用意します!」
慌てて立ちあがろうとしたシャーリーの手を、マックスが掴んだ。
「落ち着いて。実は、この中に・・・」
マックスのマジックバッグの中から、湯気の出る料理とフルーツたっぷりのプリンアラモードが出てきた。
「あ!コレは!」
「うん、披露宴の料理を持ってきた」
入れた物の時間を止められると言う不思議な鞄。シャーリーが食べたかった最後のデザートは、トッピングのフルーツも生クリームもツヤツヤと輝いている。
「食べて良いんですか?」
「早く食べないと、俺が食べちゃうよ」
バッグの中から更にコーヒーまで出して、マックスは、微笑んだ。出来る男、恐るべし。
「それに、お風呂も入れてある」
「凄い!」
「魔法で、チョチョイとね」
シャーリーにも、微量ながら魔力はある。
しかし、国の方針で、ある一定量を超えた者しか魔法を学べないことになっている。
その昔、己の魔力量以上の事をしようとした者が、早死にしたり、魔力暴走を起こしたりしたせいだ。
「私にも、使えたら良いのに」
「俺は、シャーリーが自分で作ってくれたお菓子を食べるのが好きだ。この手が生み出す物は、俺を幸せにしてくれる」
両手を握り込まれ、シャーリーは、真っ赤になって俯いた。マックスは、彼女を喜ばせる天才だ。
でも、
「マ、マックス様、手を離してくれないと食べられません」
「ははは、ごめん、ごめん」
シャーリーは、まだこの溺愛には、慣れそうになかった。




