第四十三話ジョン・エンジェルと言う男
街を上げての『シャーリー様のご成婚祭』は、次の日の朝まで続いた。明かりを灯した露天は、閉店する気配すらなく、街中のそこかしこで音楽が奏でられ、市民は踊りに興じた。
披露宴が行われた歌劇場の周りは特に人手が多く、中で行われる余興大会を一目見ようと入場できない人達が窓や扉から覗き込む盛況ぶり。その人の輪が何重にも構築され、城壁の様相をなしていた。
ジポーノ国からの使者が来たことをエンジェル伯爵家に伝えようと放たれた伝令係が、やっとの思いで歌劇場に辿り着いたのは明け方だった。
途中から馬車を降り、必死に人の流れに逆らい、ボロボロにされても任務を遂行したのに、結局エンジェル伯爵家の者は、誰ひとり居なかった。
一方のジョンは、あえて紋章を隠した地味な馬車で民衆の海の中を蟻並みの遅さで進み、王宮に着いたのは、太陽が大空にのぼりきった頃だった。
彼を待っていたのは、目の下に隈を作った陛下と、やたらに元気の良い上位貴族の面々だった。
「国と国を結びつける大切なお役目だ。エンジェル伯爵令嬢にとっても、名誉なことだろう!」
羽振りの良いエンジェル伯爵家を何かと目の敵にする古参の公爵が、鬼の首を取ったようにジョンに言い放つ。自分が優位に立っているときだけドヤ顔する彼のことが、ジョンは、心底嫌いだった。
「その申し出は、少々遅かったようですな」
顎を上げ、目を細めて眉をクイクイと動かすと、馬鹿にされているのが分かったのか、公爵が面白いように怒りだす。
「貴様!陛下の御前だぞ!」
「声を荒立てたからといって、何か変わりますか?私の娘は結婚した。そして、昨日、初夜を済ましている。故に、ジポーノ国の後宮に召し上げられることは不可能だと申しているだけです」
ジポーノ国から来たと言う、胡散臭い使者は、ニヘラニヘラと笑いながら、ジョンを見ている。どれだけ逆らっても、最後は言うことを聞くと思っているのだろう。
「皆、鎮まれ!」
陛下の一喝で、ざわついていた面々が、一斉に黙った。
「ジョン・エンジェル。お前、全てを分かっていて、手を回したのではないのか?」
「一介の伯爵風情に、そのように大それた策略など出来ましょうか?それに、使者殿が来られたのは、昨日。私などが知る由もありません」
大袈裟に驚いたフリをすると、陛下の眉間に深い皺が刻まれた。大根役者だと言いたいのだろう。
「シャーリー嬢は、何処に?」
「さぁ、何処でしょう?我が領地の何処か・・・海の近くかもしれないし、山の上かもしれないし、小島かもしれないし、谷底かもしれない」
周りの者の視線が、一層鋭くなった。腹立たしくて仕方ないのだろう。
ジョンは、姿勢を正すと、腹から声を出した。
『使者殿、拙者、少々お聞きしたい議がござる。
そなたは、法務局が認めた婚姻を反故にし、民衆が見守った結婚式をなかったことにしたい……とお考えであられるか?
他の男の子を宿しているかも知れぬ女を処女だと偽り、次期王となられる方に献上し、何の得があるのか、拙者には理解ができぬ話。
もし、金髪の子が産まれた場合、なんとされる?
そなたが黙したとしても、拙者が黙るはずもなかろう。
ジポーノ国へ乗り込み、王都の中心で叫びましょうぞ!
我が娘シャーリーの夫にして、エンジェル伯爵家の婿は、金髪の天才魔導士【マックス・エンジェル】であると』
ジョンから発せられた流暢なジポーノ語に、使者の瞳が驚きで見開かれた。まるで母国語のような発音の良さは、用意されたフローラ国外務省のジポーノ国担当者よりも滑らかで美しい。
長年商いで各国と渡り合ってきたジョンは、舐められぬよう、ありとあらゆる手段を用いてきた。交渉時に、コソコソと自国語で悪巧みをする者達を黙らすには、相手の言葉で完膚なきまでに叩き潰すのが一番効く。
ジョンが睨みつけると、ジポーノ国の使者は、気まずげに視線を逸らした。王や他の家臣達を巻き込み、ジポーノに有利に運ぼうと思ったのに、直接交渉に出られて作戦変更を余儀なくされているのだろう。
このやり取りを傍で見ていた者達は、通訳以外、皆理解できずにジョンと挙動不審の使者を見比べている。
「通訳!早く、訳さないか!」
上位貴族の一人が叫んだが、通訳は、なかなか口を開かない。彼は、桜姫の担当も兼ねており、日頃シャーリーとも面識があった。
『あのように優しく、人を思えるうら若き娘を国の犠牲になどするものか』
通訳は、自分に注目する面々の視線を感じながらも、首を傾げた。
「さぁ、なにをおっしゃったのか、聞き取れませんでした。申し訳ございません。エンジェル伯爵、もう一度繰り返していただけますでしょか?」
狸のような見た目の通訳は、黒目がちの丸い目をパチパチと瞬き、すっとぼけた返答をする。
すると、ニヤリと笑ったジョンが、再び、
『使者殿、拙者、少々お聞きしたい議がござる……』
と最初から口上を繰り返し始めた。
「もうよいわ!エンジェル伯爵!フローラ国語で述べよ!貴様、何を喋っているのだ!」
苛ついた者から、口々に罵声が飛ぶが、ジョンは、気にする風もなく淡々とジポーノ語を話している。しかも、通訳に視線を向け、
『こやつら、阿呆に語る口などもたぬ。そなたは、見どころがござる。こんど、我が家で飲み明かそうぞ』
と、晩酌のお誘いをしていた。
荒れる場に、陛下は、ため息を付き、どうしたものかと頭を悩ませていた。




