第三十七話蟻の一穴天下の破れ
その日、珍しい二人がエンジェル伯爵家を訪問してきた。ジャックとクイーンだ。平民が伯爵家に来ることはタブーではないが、用事があるときは、大抵グレイ商会の方で話をする。なので、二人が屋敷の門を潜ったのは、結婚の祝を渡した時以来、二度目だ。
「シャーリー様、一つお聞きしたいことがあります」
応接室で向かい合うと、真剣な顔のジャックとクイーンが、シャーリーに詰め寄った。
いつもと違う、空気。
怒り。
悲しみ。
切なさ。
シャーリーは、ハッとして、そして、悟った。
『二人は、この結婚話の裏事情に気づいたんだわ。』
極秘で進めるために、大切な人に嘘をついてしまった。その心苦しさは、ずっとシャーリーを苛んでいた。
「先ずは、私の部屋に来てもらえるかしら?」
真実を話すために、シャーリーは、初めて二人を自室に招くことにする。
部屋に入り、再び向かい合ってソファーに座ると、ジャック達は、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「シャーリー様」
涙で潤んだ四個の瞳は、決してシャーリーを責めるものではない。それが余計シャーリーを辛くさせる。
『あぁ、そんな泣きそうな顔しないで。』
胸が苦しくて、思わず胸元を押さえた。指に触れる指輪。
『マックス様、私、黙っているなんて無理。』
作戦成功の為には、心を鬼して秘密を厳守する必要がある。それは分かっているが、シャーリーにとって、ジャック達も又家族同然なのだ。
「シャーリー様、泣かないで」
クイーンに抱きつかれて、シャーリーは、自分が泣いていることに気づいた。ずっと、心苦しかった。大切な人達に嘘をつくことが。
ジポーノ国から、いつ使者が来るか分からない。そんな時間との戦いの中でも、蔑ろにしてはいけない人達が居た。
シャーリーは、クイーンの胸にしがみつき、長い時間泣いた。
ポツリポツリと、鼻をすすりながら話をする。焦らず耳を傾けてくれた二人は、話が終わるとホッと息を吐いた。
「そうだったんですかい。そりゃ、話せないはずだ」
シャーリーにちょっかいを出す奴らを成敗するつもりで、ジャックが色々調べていたら、気づきたくない事に気付いてしまった。
それは、ブリリアント家の動向だ。身内が死の間際なら、本当は、家に籠って側に付きっきりならなければならない。
それなのに、皆、あっちこっちに飛んでは、何やら忙しく手続きを進めている。結婚式を見せたいだけなら、入籍届は後からで良いはずだ。
それなのに、なかなか申請を受理しようとしない法務局相手に、エンジェル伯爵家と手を組んで、あの手この手で丸め込もうと躍起になっている。
しかも、侯爵達が流した噂が、100%嘘だと証明しようとすればするほど、齟齬が出てきた。
「シャーリー様、言っちゃ悪いが、アラがあり過ぎて、怪しむなって方が無理だ。」
呆れ顔でジャックが言うと、シャーリーは、眉を下げて情けなく笑った。
「これだから、素人集団は、駄目なんだよ。」
情報戦なら、ジャックに聞けば良かったのだ。手八丁口八丁、大風呂敷を広げ、嘘を誠に変えてきた彼の手腕があれば、もう少し簡単にことは進んでいただろう。
「シャーリー様、アタシ、確かに言ってもらえなかったのは辛かったけど、もう良いよ。シャーリー様の辛かった気持ち、痛いくらい分かったから」
クイーンは、シャーリーを抱きしめて、一生懸命、背中を撫でてあげていた。
ジャックは、腹の子を思うと家に置いてきた方が良かったと思った。
だが、こうなっては、居てくれて助かる。こんな慰め方、女同士でしか出来ない。
「シャーリー様、事情は、よく分かりました。それで、余計言わなきゃいけないことがあります。ひぃひぃばぁちゃんが、実は、元気なんじゃねーかって噂、すでに巷に流れてます」
ビクッ
シャーリーの体が、大きく震えた。このまま嘘がバレれば、この結婚は、止められてしまうかもしれない。
もしかしたら、明日にでもジポーノ国からの使者が来てしまうかもしれないのに、最悪の事態だった。
「ジャック、どうにかならないの?」
クイーンの必死の形相に、ジャックが余裕の笑みを浮かべる。
「クイーン、誰に物言ってんだ?俺は、大切な人を守るためなら、ヤバイ手だって出せる男だぜ」
ニヤリ
クイーンが好きだという悪い顔で笑ってみせた。
「任せとけ、噂の一つや二つ、もっと大きな事件で、直ぐに消し飛んじまうさ」
ここに来る前に、実は、既に手は打ってあった。人間ってのは、より面白い話題に流されるものだ。
「侯爵家の犯罪にまつわる裏情報なんて、平民達の大好物だろ?プロの仕事ってもんを、見せてやる。」
シャーリーの件を調べている中で、彼は、噂の元である侯爵家の嫌悪感溢れる事実を知った。
この、ただでさえ捨て置けない悪行を表に晒せば、小さな噂を潰すことなど容易い。
「さー、派手にやってやるぜ!」
この後、ジャックの恐るべき手腕で、侯爵家の醜聞が王都を駆け巡ることになった。
暇つぶしに新聞を読んでいたミケーネは、何度も何度も、
「フェッ、フェッ、フェッ、王都の新聞は、田舎とは一度も二味も違うねぇ」
を繰り返していた。
そこには、ある侯爵が、一晩の内に全てを失った内容が、詳細に記されていた。
まず、ここ数ヶ月、神隠しに合う子供が増加していた。その子供達は、皆、容姿がとても整っていた。
心配する親達の元に、匿名で手紙が届いた。それには、今夜、とある侯爵の家でオークションが開かれ、子供達が売りに出されると書かれていた。子を失った親達は、総出で屋敷に殺到した。
更に、騒動を聞きつけた他の者達も、手に棍棒や鎌、鍬などを持ち彼らの後に続く。その中に、かなり人相の悪い男達も紛れていたが、誰も気にしない。
「ここが、開いてるぞ!」
と叫んだのは、コロコロと丸い体の男だった。彼が指摘したように、裏門の鍵が開いた。普段なら立っているはずの門番の姿もない。
怒れる民主は、一同ここぞとばかりに雪崩れ込んだ。先頭を走る屈強な男達が警備の者をバッタバッタと倒しまくり、奥へ奥へと侵入していく。
聞きつけた警邏隊が到着した頃には、地下牢から子供達は助け出されていた。我が子の無事な姿に、親達は泣いて喜び、再会を喜びあっていた。
その横には、最初から準備されてたかのように証拠品の数々が山積みにされていた。その全てが侯爵の事件関与を示すものであり、反論の余地すら与えられなかった。
しかも、その日オークションに参加していた貴族達も一網打尽に捕らえられた。流石に揉み消すには、影響が大きすぎた。
新聞の最後は、東の国の諺で締め括られていた。
『蟻の一穴天下の破れ』
特権階級で守られてきた貴族が、蔑んでいた平民に駆逐された話は痛快活劇として、長く演劇の題材として民衆を楽しませた。
誰も、ミケーネに関する小さな噂の事など、すっかり忘れてしまっていた。




