第三十六話執事ホーランド
【エンジェル伯爵家執事ホーランド一人語り】
私は、エンジェル家の執事として、三十年間勤めて参りました。
シャーリーお嬢様のお生まれになった日の事は、今でも忘れられません。
予定日を過ぎても、まるで母体と離されるのを嫌がるように、大人しく、静かに、息を潜めるかの如く動きを見せなかったお嬢様が、その日、突如として激しく体内で暴れまくったのでございます。
外は、大雨。
雷が鳴り響き、医師を呼びに走ることすら躊躇する悪天候。
メイド頭が、その昔、親族の出産に立ち会ったことがあると言い、テキパキと指示を出してくれた事をとても心強く感じました。
強い陣痛が始まり、のたうち回るリシー様をメイド達総出で抑え、体をさすり、声を掛け、永遠とも思える時間が過ぎた、その時。
おんぎゃーーーーーーーーーーー!
母の腹から出た瞬間、鼓膜を破る程の一泣きをし、再び、沈黙。
生まれたものの死んでしまったのかと、慌ててメイド頭が確認すると、血に濡れた姿のままスヤスヤとお眠りになっておられました。
シャーリーお嬢様ほど、周りを振り回し、心配を掛け、ノホホンと産まれた方は、居られないのではないでしょうか?
執事のホーランドの話に、ミケーネは、楽しげに手を叩いて喜んでいる。
「フェッ、フェッ、フェッ、今日も楽しい話をありがとうねぇ。ところで執事さん、明日は、誰が来てくれるんだい?」
「明日は、メイド頭のローリアが参ります」
「そりゃ楽しみだねぇ。シャーリー、ほんとに、毎日皆を連れて来てくれて、ありがとう」
嬉しそうな姿に、シャーリーはホッと安心しながらも、己の黒歴史オンパレードに居た堪れない気持ちになっていた。
今、ミケーネは、急な病により寝たきりを余儀なくされている・・・ことになっている。その為、土弄りも乳搾りもさせて貰えず、ずっと部屋に篭り切りだ。
普段は、朝から晩まで止まることなく動き続けるミケーネにとっては、拷問に近いような状況だろう。
少しでも退屈を軽減できないかと考えて、やりたい事を聞いたら、
「シャーリーの子供の頃の話を聞きたいねぇ」
と言われてしまった。
リシーに相談すると、色んな人がいた方が内容も豊富になるのではないかと提案され、交代でエンジェル家の人間が、シャーリーと一緒にブリリアント家を毎日訪問するようになった。
ただ、今まで聞いたことのなかった自分の幼少期が、思ってた以上に破天荒で、女の子らしくなくて、シャーリーは、かなり恥ずかしい。
昨日連れてきた庭師のトミーなど、年齢が若干他の者に比べて近いせいか意気投合し、シャーリーの園芸ネタを延々と話し続けた。
『シャーリー、初めての鶏糞肥料体験』
『シャーリー、初めての剪定作業』
『シャーリー、初めての寄植え体験』
『シャーリー、初めての野菜収穫』
最後には、エンジェル家からリシーが迎えに来るほど長居してしまい、ルビーに頭を下げながら帰った。
「シャーリーは、愛されて育ったんだねぇ」
慈しむように見てくれるミケーネに、シャーリーは、深く頷いた。
「はい・・・この髪色で悩んだ時も、皆の変わらぬ愛情が、私を守ってくれました」
気味悪がられてお友達が出来なかった時も、屋敷の誰かが遊んでくれた。
兄弟がいなくて寂しかった時も、使用人が、子や孫を連れてきてくれた。
彼女が、クッキーの配給をしたいと言えば、父に話す様に教えてくれ、軌道に乗れば、率先して運搬などを手伝ってくれた。
たった九歳の子供が、烏滸がましくも、教会や孤児院のお手伝いをさせて貰えた。
その裏に、多くの大人の優しさが存在していた事は、間違いない。
「私は、幸せ者です」
素直に、口から言葉が出てきた。
「そうだねぇ。自分が、幸せ者だと理解出来ることが、幸せなんだ。その気持ち、忘れちゃいけないよ」
「はい」
シャーリーが頷くと、ミケーネは、シャーリー以上に幸せそうな笑みを浮かべてくれた。
シャーリーとミケーネが楽しい時間を過ごしている時、ジャックとクイーンが食卓で頭を突き合わせていた。
「は?何だって?」
夫は、妻の苦虫を噛み潰したような渋面を見て、眉間に皺を寄せた。
「だから、変な噂が流れてるんだって。マックスが、シャーリー様を取られたくなくて、自分のひぃひぃばあさんに仮病を装わせて、結婚話を半年も縮めたって。馬鹿にすんじゃないよ!って怒鳴ってやったけどさ。悔しいじゃないか!」
どんなに小さな事でも、引っ掛かりがあれば、揚げ足を取るのが噂好きな奴らの本性だ。
しかも、噂をばら撒いてるのは、どっかの侯爵家の息がかかっている連中らしい。
「シャーリー様の髪色を、散々馬鹿にしてきた連中が、急に掌返ししやがって!」
マックスが居るのを分かってて、婚約を申し込む腐った根性も気に入らない。侯爵家だからといって男爵家を下に見るような馬鹿は、シャーリーに近づいて欲しくない。
「ちーーーっと、調べてみるか」
「何をだい?」
「汚い手口を平気でやる奴らだ。突かれて、痛い、後ろ暗い場所の一つや二つあるだろ」
久しぶりに意地の悪い笑みを浮かべると、クイーンが、ポッと頬を染めた。
「なんだ?」
「アンタ、チョイ悪な感じも、カッコいいよ」
「はぁ?寝言は、寝て言え」
ジャックは、照れ隠しに一気に酒を煽ると、テーブルの上の食器をお盆に載せて台所に逃げた。
「あ……やられた。ったく、油断も隙もねぇ。」
結局、気づけば、可愛い嫁に踊らされ、皿洗いさせられてる自分に気づき、ジャックは苦笑いを浮かべる。
鼻歌が食卓から聞こえてきて、こんな幸せを与えてくれたシャーリーに、恩を返さねばと強く思った。




