第二十九話ジポーノからの密書
「もう、死にたい」
シャーリーは、今、穴が無くとも自分で地中深くまで掘り進んで、静かに埋まってしまいたいほど落ち込んでいた。
またもや気絶し、結局そのまま自宅に送り返されたのだ。自分のベッドの上で目覚めた時、シャーリーは、世界一素敵なプロポーズを台無しにしてしまったことに絶望していた。
『折角、こんなに素敵な指輪をくれたのに…私も、マックス様の首に掛けてあげたかった』
胸元に輝く指輪を握りしめ、シャーリーは、顔をぐりぐりシーツに押し付ける。
すると、カサンドラに首根っこを掴まれ、無理矢理引っ張り起こされた。
「死ぬ気なんてないくせに。シャーリー様は、いつも、大袈裟なんですよ」
カサンドラのツッコミに、シャーリーは、眉をしょんぼり下げる。
「そんな、厳しく突っ込まなくても」
「付き合う私の身にもなって欲しいですよね。毎回、毎回、気絶して、運ぶのも一苦労なんですから」
正論過ぎて、反論できない。しかも、既に、寝巻きに着替えさせてくれている。口は悪いが、カサンドラは、滅茶苦茶出来る侍女であった。
「ごめんね、カサンドラ」
「いや、謝る相手、私じゃないですから」
カサンドラは、シャーリーに水の入ったコップを差し出すと、ニターッと悪魔のような顔をした。
「ま、お嬢様を気絶させた張本人には、キッチリ反省して頂いております」
「ちょっと!マックス様に、何をしたのよ!」
「別に、大した事は、何も」
「嘘よ!目が笑ってないわ!」
カサンドラの手にかかれば、マックスなど直ぐに精神をカラカラの日干し状態にされるだろう。追いつめ方が、半端ないのだ。
『あぁ、今度会ったら、何て謝ろうかしら。先ずは、お詫びの品に、マックス様の好きなお菓子を大量に焼かないと。』
いそいそ起き上がり、エプロンを手に取ったら、ポクンとカサンドラに頭を叩かれた。
「痛い」
「今日は、もう遅いですし、さっさと寝て下さい」
「今まで寝てたのに、寝られないわよ」
「私は、今まで起きてたので、速攻で寝られますけどね」
フンと鼻を鳴らし、カサンドラは、シャーリーの鼻先をブザーの様に押して、ベッドへと逆戻りさせる。
「お休みなさいませ、お嬢様」
「うーーーーーーーー、おやすみなさい」
渋々ベッドに横たわったシャーリーは、秒で眠りに落ちていた。クークー寝息を立てる彼女を真上から見下ろしながら、カサンドラは、
「ないわー」
と独り言ちた。
次の日、シャーリーは、桜姫に、火急の呼び出しを受けて家を飛び出した。届けられた文の字が、普段では考えられないほど乱れていて、その緊急性の程が窺えた。
桜姫の元に辿り着くと、
『妾の失態じゃ!赦してたも』
常日頃お淑やかな桜姫が、真っ青な顔で、シャーリーに抱きついて来た。
『桜姫様、如何なされましたか?』
『妾が、不用意に其方の話を兄上への文に書いたところ、ジポーノ語が話せるフローラ人ならば、更に固き国交を結ぶ為に、妃に召し上げたいと・・・』
シャーリーは、絶句した。桜姫の兄、葵は、既に、正妃を迎え入れ、子もいる。
ただ、ジポーノ国には昔から後宮なるものが存在し、他にも多くの妃を囲う事は、知識としては知っていた。
勿論、その国にはその国の考え方があり、シャーリーも、それ自体に反対意見を言うつもりはない。
しかし、自分が、そこに入るとなると話が違う。
『私には、婚約者もおりますし、後、半年もすれば、式を挙げる事になっております』
『分かっておる。しかし、兄上は、それすらも反故にする力を持っておる。なにせ、世継ぎなのだから』
フローラ国で言う、王太子のようなものだが、唯一の男子ということもあり、かなりの発言権を持っている。国交を開いて間もない相手だけに、フローラ国としても、今、国と国の争いは避けたいはずだ。為政者としては、小娘一人差し出して、より強固な同盟が結べれば安いものだろう。
『え!それって、私、滅茶苦茶ヤバくない?』
シャーリーは、表面上は冷静を装いながら、心の中で叫び狂った。
国王は、決して悪辣な人柄ではないが、貴族であるからには貴族としての責任があると考える人だ。貴族の家に生まれたシャーリーが、国の為に犠牲になることは、別におかしなことではない。
そして、高位貴族の中には、元々エンジェル伯爵家を毛嫌いしているものもいる。
ジポーノ国と磐石の絆を築く為と大義名分を振りかざして、シャーリーを人身御供に出そうと画策することも考えられる。
『そ、その話は、決定事項なのでしょうか?』
『ほぼ、本決まりと言って良いであろう。しかし、この度急ぎの文を送ってくれたのは、妹の白蘭じゃ。正式な使者が来る前に、さっさと結婚させよと言って参った』
『妹君様ですか?』
『そうじゃ、あの子にも、妾は、舎利の話を沢山書いておったのじゃ。それ故、あの子は、舎利の味方じゃ!』
シャーリーは、白蘭の熱い思いに胸を抑えた。きっと、彼女は罰せられる覚悟で、シャーリーを助けようと密書を送ってきたのだろう。
『白蘭が、一人反対をし、必死に止めておる。じゃが、いつ、公式な申し出がフローラ国に来るやもしれん。今、この瞬間、文が出されたとしても、船便で、一ヶ月しかない。舎利、まごまごしておる時間は無いのじゃ』
泣き出した桜姫を、侍女の桔梗が、抱きしめた。シャーリーは、震える手で、マックスから貰った指輪を握りしめた。




