第二十三話人間はロバに噛みつかない(ざま⑦)
『私は、何を間違ったのかしら?』
ラビナの母親は、裁判中もずっと考えていた。彼女は、娘が、ただ、可愛かった。ラビナを着飾らせ街を歩くと、多くの男性が振り返った。女性も、ラビナの最新の装いに、羨ましそうな顔をした。
彼女の実家も、名の知れた歴史あるワイン農家だった。それでも、ラビナ程の贅沢は、させて貰えなかった。自分が出来なかったことを、自分がしたかったことを、全て娘にさせてあげたい。湧き上がる欲望を、抑えることが出来なかった。
ブリリアント家の奥様が、ラビナを家に呼んでくれた時、飛び跳ねて喜んだ。家族全員、貴族の世界に一歩踏み入れた気分になった。
そして、付き合いが始まって暫くしたある年の大洪水で、ブリリアント家の領地は、生命線の橋を失った。
するとルビーが、彼女が憧れていた宝石を惜しげもなく担保に入れ、お金をかき集めた。
でも、復興には、まだまだ足りない。その時、彼女に悪魔が囁いた。
裏で手を回し、出資を申し出る者達に脅しをかけ、何処からも借りられなくすれば、ブリリアント家が頼れるのは、自分達だけ。
『あれだけ素敵な宝石を、担保に入れたくらいだもの。私は、もっと素敵な担保が欲しいわ。』
娘に、貴族の血筋を分け与えてくれる夫がいれば、平民の中でもトップに立てる。五人もいるのだ。一人くらい、いいではないか。
娘は、三男のマックスに夢中になった。五人の中でも、最も美しく、最も才能豊かで、まさに、光り輝いて見えた。
彼女も、主人のドワンゴも、夢は実現出来るんだと、夢見た。
そう、全て、夢。
ラビナとマックスの間に、愛はなく、彼女達とブリリアント家との間に、信頼は無かった。裁判を通して、何度も、娘を愛していたのかと聞かれた。
『私は・・・愛していたのかしら?』
彼女は、答えることが出来なかった。
『怖い。怖い。怖い。マックスが、怖い。』
裁判の間、ずっと、マックスの中に渦巻くラビナへの憎しみが、視覚から、聴覚から、彼女を責めた。
『私は、ただ、どんな女の子も憧れる王子様が欲しかっただけ。それが、そんなに、悪い事なの?』
被告人席に並んで座る両親は、一度もラビナを見ない。それどころか、微妙に距離を取る。拳二つ分の隙間が、ひどく遠く思えた。
『私、愛されてなかったの?』
怖くて聞くことは出来なかった。
欲しいものは、全て手に入った。嫌いなものは、ズタズタに切り裂いて、捨てた。品物でも、人間でも、それは、変わりない。
『世界は、私を中心に、回っていた。なのに!なのに!』
今、ラビナの手は、暴れないように、鉄の枷が嵌められ、足には、逃げられないように、鉄球が結び付けられている。
ねぇ、ちょっと、苦味が効いたガトーショコラが食べたいわ。
それと、フワフワのスフレも。
牛肉の赤ワイン煮込み。
フォアグラのテリーヌ。
スズキのパイ包。
『あぁ、私は、命令するばかりで自分では何も手に入れられないただの小娘。』
初めて現実を見つめることができたラビナは、静かに涙を流した。もう、暴れる気力すらなかった。
クイーンは、被告人席で、一度も顔を上げないラビナを不思議な気持ちで眺めていた。メイドとして働いていた時、常に、顎が上に上がっているような、鼻持ちならない娘だった。
それが今、あの時よりずっと小さく、か弱く見える。
『え?アタシ、あんな『しょーもない』のにヤられたの?マジ、勘弁。』
クイーンは、腕っ節は柔な方じゃない。棍棒のクイーン。昔呼ばれた『あだ名』だ。同じ年の子供より大きかったクイーンは、ジャックと組んで、よく、別の悪餓鬼グループと喧嘩してた。
棍棒片手に暴れ回り、仲間がやられたと聞いちゃあ東に走り、仲間が泣いてると聞いちゃあ西に走った。
そんな自分が、たかだか金持ちだからと踏ん反り返っている女に遅れを取ったなど、生き恥以外の何物でもない。
ただ、あの頃のクイーンは、一向に振り向いてくれないジャックの側にいるのが辛くて、グレイ商会と無関係の場所に身を置きたかった。
だから、あんまり噂のよくないドワンゴ商会に働き口があると聞いて、悩んだ挙句、飛び込んだのだ。
『きっと、心が疲れてたんだね。脳味噌働いてなかった。今のアタシなら、棍棒で、花瓶、かち割ってやるところだよ。』
自分の不甲斐なさに、
「はぁーーーー」
クイーンは、大きなため息をついた。すると、直ぐに横に座るジャックが、
「どうした、クイーン、疲れたか?喉が乾いたのか?それとも、腹が減ったか?」
と矢継ぎ早に質問をしてくる。
「ねぇ、ジャック、もう良いから」
「何が?」
「アタシの仇を討とうとしてくれるのは分かるけど、ロバに噛まれたからって、人間がロバに噛みついちゃいけないでしょ?」
「言ってる意味がよく分からん」
「だから、アイツらと、同じレベルに落ちたくないって言ってんの!」
人間に花瓶を投げつけてどうなるか想像力も働かない馬鹿相手に、棍棒振り上げるほど落ちぶれちゃいない。
『喧嘩は、真っ向勝負。やって甲斐がある奴としか、やらないってのよ!』
クイーンは、あのちっぽけな少女をボコボコになるまで殴ろうなんて思えない。コツンと一発叩いただけで、泣き出しそうではないか。
「そうは言っても、決めるのは、裁判長様だ」
「そりゃそうね。じゃ、原告からの、減刑願いっての付けたげて」
「ゲンゲンなんだって?」
「もういい。終わったら、マックスに、直に言っとく」
ジャックは、クイーンの事となると、見境がなくなる。放って置いたら、ラビナは、何処に売り飛ばされるか分からない。
『早く、マックスに伝えなきゃ。』
グッと拳を握ってると、
「おい、ジャック!新婚で、もー尻に敷かれてんのか?」
後ろから、仲間の声が響いた。
「うっせー、俺は、自分からクイーンの尻の下に潜り込んでんだ!」
案の定、振り返って、大声でやり返すジャック。
『馬鹿!今、裁判中!』
クイーンがジャックの太ももを叩いたが、遅かった。
「そこの二人!」
裁判長が、立ち上がった。
「静粛に!」
ビシッと裁判長に指さされ、ジャックと仲間は、顔を見合わせたと思ったら、ガハハハハハとバカ笑いを始めた。
『もう、馬鹿ばっかり!つける薬すらないわね!』
クイーンは、他人のフリをして、そーっと顔を背けた。




