第二十ニ話共鳴魔法(ざまぁ⑥)
「では、裁判を始めます。先ずは、誓約書にサインを」
『嘘偽りは、言わない。』
たった一つの約束は、サインをした時点で効力を発揮し、互いに虚偽の証言が出来なくなる魔法が発動する。
マックス・ブリリアント
書き慣れた名前を一気に書くと、文字が光った。閉廷されるまで、この縛りを受ける彼は、どんな質問にも、全て真実を答えることとなる。
「では、被告人、平民ラビナ、前へ」
久しぶりに見るラビナは、少し痩せていた。ドレスも、随分汚れていて、髪も、手入れがされず、寝癖がついたままになっている。
マックスは、ジャックから、ドワンゴ商会が潰れたと聞いていた。元々、商業ギルドでも評判が悪く、誰も助けなかったらしい。
「私は、婚約者だったマックスを、シャーリー・エンジェル伯爵令嬢に取られました」
法廷内に、動揺が走った。嘘偽りが言えない魔法をかけられたラビナの証言は、真実。陪審員席の人間が、驚愕の目を俺に向ける。
「私は、彼を、愛していた。彼も、私を大切にしてくれた。そこに割って入った女に、家業も滅茶苦茶にされた。どうか、私を裁く前に、あの女を裁いて!」
暴れ出したラビナを、警備員が取り押さえ被告人席に座らせる。マックスは、驚きを隠せないまま証言台に立った。
「先程の被告人の言葉に、反論はありますか」
「はい。私達は、婚約者ではありませんし、彼女を愛した事は、一度たりとてありません。何故、あのような事を言うのか、理解に苦しみます」
またもや、法廷内が、騒ついた。互いに真実を口にするのに、食い違う証言。一つだけ考えられる状況は、ラビナが、心の底から、そう思い込んでいる場合。
ラビナは、昔から、人の話を聞かなかった。何度、迷惑だと断っても、マックスに会いにくる。理解不能な行動がエスカレートしていくのを、誰も止めることが出来なかった。
『アイツの頭の中では、現実とは違う物語が出来上がっているのか?』
マックスが、何を言おうが、この状況は変わらない。これからも、ずっとずっとずっとラビナは、マックスのことを追い続けるのだ。その時、少なからずシャーリーを批判する声も上がるだろう。婚約者を奪った悪役の令嬢として。
絶望にも近い感情が、マックスの中に渦巻いた。
『ラビナが、憎い・・・』
その思いが、ラビナの耳元で囁くような声となって聞こえた。
「え?何?」
顔を上げて左右を見ても、遠くに傍聴席に座る人々が見えるだけで側には誰もいない。
『アイツは、誰の言うことも聞かない』
また、声が聞こえた。今度はラビナにもハッキリとマックスの声だと分かった。
しかし、証言台に立つ彼はラビナを見ておらず、一生懸命裁判長になにかを訴えかけている。
『もう、顔も見たくない』
また、聞こえた。ラビナは、幽霊でも見たかのように震えだした。幻聴はどんどん大きくなり、彼女の脳の中で響くようになってくる。
『お前のせいで、シャーリー様が傷つく。許せない』
マックスの視線が、ラビナに移った。それは、決して愛しい恋人を見る目ではなかった。湧き出る殺意が抑えきれない、そんな目だ。
震える手を胸元で組み、激しく深呼吸を繰り返した。他の人が誰一人反応していないということは、自分にしか聞こえていないのだとラビナは思った。吐き気を覚えて、口元を押さえる。
そんな彼女の頭の中に、次々と幼い頃の光景が流れ込んできた。
『やめてくれ!それは、母さんの大切な宝物なんだ!』
映像は、マックスの視点のようで、低い視線からドワンゴ商会の従業員を見上げていた。彼らが運び出しているのは、現在ラビナの寝室に敷かれている絨毯だった。ルビーの輿入れ道具であり、とても目を引く美しい品だった。ラビナが一言『アレが欲しい』と言ったら、次の日には家に届いていたのだ。
次に現れたのは、ラビナがブリリアント男爵家に遊びに来た場面だ。
『マックス、だーいすき!』
『俺は、嫌いだ』
『もぉー、素直じゃないんだから!恥ずかしがり屋ね!』
照れてるんだと思ってた。
しかし、マックスの嫌悪感は本物だった。彼の心を直に感じると、それはまるで蛭に体を這われるような不快さだった。
『こんなの、知らない。私は、マックスのお姫様だったはず!』
しかし、思い出の何処を探しても、マックスが自分を好きだと言った場面が見当たらない。
『マックス、マックス、マックス。貴方は、私の王子様だったよね?』
ラビナは、頭を掻きむしりながら必死に自分にとっての都合のいい記憶を探し求めた。
一方のマックスは、決して諦めまいと背筋を伸ばし、前を向いた。
「俺は、10歳の時、シャーリー・エンジェル伯爵令嬢と出会いました。その後、俺の心の中にいるのは、彼女一人です。俺は、彼女に相応しくある為に、努力し、魔導士団へも入団しました。俺の心の一欠片も、ラビナのものであったことはありません」
陪審員にも、語りかけるように、一人一人目を見て訴えた。其々が、軽く頷いたり、探るように見てきたりする。公平さを謳う法廷で、どちらか一方に肩入れする気はないようだ。
「ラビナの父、ドワンゴの商会が傾いた件に関しても、誰も、手は、出していない。ただ、あちら側が、勝手に倒れていっただけだ。シャーリー・エンジェル伯爵令嬢が後押しするグレイ商会は、常に誠実に商いをしている。そちらを客が選ぶことに、何の咎がある!」
マックスは、一拍置いて、ラビナの隣に座るドワンゴを見た。
「現に、他の商会とは、切磋琢磨し、互いに頑張っている。街を見て歩くが良い。今、この王都は、歴代ないほどの繁栄を誇っている」
ジャックが指揮し、夜回り隊と呼ばれる自警団も結成され、治安も格段に上がっている。夜、女が一人歩きしても安全な街は、他には無い。
「俺は、常に誠実に、ドワンゴとラビナから申し入れられる婚姻の願いを、断ってきた。その度に、借金をネタに脅しをかけてきたのは、そちらだ。利息も法外な率。その全てを返し切った今、今後の付き合いを断っても、罰せられる謂れはない」
その後、ジャックの証言により、彼の妻クイーンが受けた暴行の全容が明らかになると、傍聴席の人々も顔をしかめて嫌悪を表した。ラビナの、
『メイド風情が、偉そうに逆らうからよ!』
の一言で、一旦閉廷を迎えたが、ラビナに対する心象はかなり悪そうだ。。
後日、互いに出した証拠物件を裁判所が精査する。最後に見たラビナの横顔は、憔悴し切っていた。マックスは、初めて彼女が、何かに打ちひしがれる姿を見た気がした。
マックスは、裁判所から魔道士団の庁舎に戻ると、直ぐにシュリーマンの執務室に呼び出された。今日の出来事を掻い摘んで話すと、
「心の支えにしていたものが、実は、違うと分かった時、やっと認められることがあるよな」
と分かった風な相槌をシュリーマンが入れてきた。
「団長、何が言いたいんですか?」
「ん?大した事じゃねー」
シュリーマンが、ラビナに掛けたのは、マックスの心とシンクロさせる『共鳴』と言う魔法だ。
『誓約書にサインした後、発動するようにしてあったが、まぁまぁ良い働きをしたようだな』
それまで自信満々で伯爵令嬢の悪口を言い続けていたラビナが、マックスの演説を聞いている最中、小刻みに震えていたようだ。余程、憎まれていたらしい。積年の恨みを突きつけられた彼女は、今頃信じてきたものが崩れ落ちて呆然としていることだろう。
「団長、それより、さっさと書類書き上げてください!」
新人に構ってばかりで、なかなか仕事をしない団長の肩を、副団長のジェローナがゴツンと殴った。女と侮るなかれ。その拳は、メガトン級に重い。
「いってーな、おい」
文句を言おうとすると、彼女の指先に炎が灯った。火炎魔法で髪の毛を燃やし尽くされる前に、シュリーマンはペンを取った。
「まぁ、しかし」
クルリとペンを回して、シュリーマンは、ジェローナを見た。
「裁判所で公開告白とか、俺なら、恥ずかしくて出来ん」
「誰も、団長に、純愛なんか求めてませんよ」
「そうか?意外と、誠実かもよ」
「それ、歴代ふった女に言ってやって下さい。絶対、刺されるから」
「だよなー」
シュリーマンは、もう一回ペンを回すと、上への報告書に向き合った。
もし、ジェローナに、自分との『共鳴』魔法を掛けたら、どうなるかと想像してシュリーマンはニヤけた。
『鈍感な女は、結構、悪くない。』
童貞とは言わないが、このシュリーマン、見た目でかなり損をしている。腕力が桁外れなため、しなだれ掛かってくる女性を振り払えば怪我をさせてしまうだろう。あまりの男振りの良さに、いろんな女が粉をかけに来るが、結局相手をされずに去っていくのだ。
それが、いつの間にやら女を取っ替え引っ替えするクズ認定を受けていた。酒を飲むのは大好きなので、飲み屋に行くのは止められない。結局、否定するのも面倒くさいのでそのままにしているが、将来の嫁候補を見つけたからには、そろそろ真面目に口説いたほうが良さそうだ。
「ジェローナ、今晩メシでも」
「結構です」
シュリーマンの恋は、まだ一歩目すら踏み出せていなかった。




