第二十一話加害者であり被害者
何処に行っても、誰を頼っても、ラビナの宝石は売れる気配はなく、生活は、どんどん苦しくなっていった。裁判所からの呼出状は、破っても、破っても、毎日届く。
『ふざけてるわ!お父さんも、お母さんも、口を開いたと思ったら、全部私のせいだって!私は、欲しいものを欲しいって言っただけ。買い与えたのは、貴方達。私の何処に非があるのか、教えて欲しいくらい。』
今までに、道を正す機会はあったはずだ。それをしてこなかった両親に、ラビナを責める権利はない。
ただ、ラビナ自身も、全て人のせいにする考えを改めない限り、きっと一生目は覚めないだろう。
「もう、うちには、パンを買う金すらない!餓死したくなければ、出て行け!」
屋敷の中には、まだ、豪華な家具や絵画が沢山残っていた。見た目は、大富豪の雰囲気を残している。
しかし、残念ながら、これら全てが偽物だった。表面的な派手さを重視し、商品の良し悪しすら見極められない商人など愚鈍としか言いようがない。
『悔しい、悔しい、悔しい。何もかも、私から奪うために計画してたのね!灰色女!』
この頃になって、ようやく彼女の耳にもマックスの婚約者の正体が聞こえてきた。アレだけ派手に町中でお姫様抱っこをしたのだ。知られないはずもない。
ラビナにとって、ずっとずっとずっと目障りだったシャーリー・エンジェル。
伯爵家の一人娘のくせに、昔から孤児院の後ろ盾をし、市民からの受けが良い偽善者。上手く孤児を操り、金を稼がせては絞り上げる守銭奴。
昔、一度だけ遠目に見たことがあった。薄汚い子供が菓子を恵んでもらう列の先頭に、聖女面したシャーリーが、ほほえみながら立っていた。
「灰色の髪の毛なんて、蜘蛛の巣みたい。乞食とお似合いだわ」
ラビナの聞こえよがしな悪口に、シャーリーの顔が暗くなるのが見えた。そのまま横を通り過ぎようとすると、何人かの孤児が、
「シャーリー様の髪は、蜘蛛の巣なんかじゃないぞ!」
「そうだ、そうだ、シャーリー様は、本物の天使だ!」
と騒ぎ立て始めた。
「なによ!本当のこと言っただけでしょ!あんな変な髪色見たことないわよ!」
暴言を吐き、暴れようとしたラビナだったが、ドワンゴがシャーリーの身分に気づき、ラビナの口をふさいだ。一応相手は、伯爵令嬢だ。ここで騒ぎにするのは得策ではないと気づいたのだろう。
ラビナの幼少期に、父親が彼女を叱ったのは、この一度きりだ。だからこそ、ラビナは、シャーリーが大嫌いだった。
『生まれが貴族なだけで、私に勝てるものなんて一つもないくせに』
そう見下げていたはずの女が、今では見ることすら叶わない高みにいる。ドワンゴ商会が上手くいかなくなったのも、マックスが奪われたのも、全部シャーリーのせいだ。
『私から、マックスを奪っただけでは飽き足らず、最後の最後まで、貶めるつもりね。あぁ、可哀想なラビナ。』
悲劇のヒロインを気取り、ラビナは、夕闇の街へ飛び出した。本当に家出すれば、流石に追いかけてくると思っていたのだ。
しかし、わざと足音を大きく鳴らして階段を降りても、ドタンバタンと不必要にドアの開け締めを激しくしても誰も声さえかけてこない。
とうとう玄関を出て、門の外に飛び出してしまった。向かう先も思い浮かばず、メイン通りに向かった。
以前、質屋まで歩いた時と違い、手に荷物は持っていない。身軽な足取りでドンドン歩けば、意外と早く中心街まで辿り着いた。
そこは、まるでお祭りのようにランタンが煌々と辺りを照らし、楽しげに歌い、飲み、笑い合う人々で溢れていた。その楽しげな雰囲気が、更にラビナを寂しい気持ちにさせる。
『なんで、私だけ!』
悔しさが頂点まで達した彼女は、人々の前に飛び出すと、大声を張り上げた。
「皆、聞いて!私は、ドワンゴ商会の娘、ラビナ!シャーリー・エンジェルと言う伯爵令嬢に、婚約者を取られたのよ!」
手振り身振りを大袈裟に、哀れを誘うように、髪を振り乱す。
「伯爵家の一人娘だからって、我が儘放題。孤児を顎で使って、私腹を肥している!こんな事、許されて良いの?マックスが、私の婚約者が、あまりにも、哀れだと思いませんか!」
ポロリと涙が溢れた。ラビナは、ほんの数ヶ月前まで、この世の春だった。
それが、突然地獄に落とされ、世話をしてくれるメイドも、新しい服も手に入らない。
「おぉ、それは、なんと、哀れな事か!」
人だかりの中から、綺麗な顔の大男が出てきた。
「美しいお嬢さん、さぞ、悔しかった事でしょう。さぁ、詳しい話を、聞かせてください」
彼はラビナを定食屋へ連れて行くと空いている椅子へ座らせてくれる。よく見ると、彼の着ている服は、マックスと同じ魔導士団のものだった。しかも、勲章の数が、凄い。
「おっと失礼、お嬢さんの名前は、ラビナさんで合っていますか?」
「はい!あの、貴方は?」
「私ですか?私は・・・シュリーマン・タングステン。魔導士団の団長をしております」
それを聞いたラビナは、叫びそうになる口を両手で塞いだ。
『マックスの上司じゃない!』
ラビナは、超特大の宝くじを引き当てたと思った。ここで彼にシャーリー・エンジェルの悪事を伝え、正しい道へ引き戻してもらうのだ。そうしたら、きっと、マックスも、戻ってくる。
「酷いんです!私は、何もしてないのに!」
勢い込んで話し出そうとしたら、
「その前に」
シュリーマンの人差し指が、ラビナの額に触れた。
「え?」
ポワッと温かな光が、彼女を包む。
「な、何をしたんですか!」
「大した事じゃないよ。さぁ、良かったら、一緒に食事をしようじゃないか」
テーブルに載った肉料理は、湯気が立ち、良い匂いでラビナを誘う。
ゴクリ。
久しく美味しい食事をしていないラビナは、思わず生唾を飲んだ。食べなくとも匂いだけで分かる。この料理は、絶対に美味しい。
『ま、先ずは、腹ごしらえしたって悪くないわよね?』
誰に言い訳しているのか分からないが、そう結論づけたラビナは、
「い、頂きます」
と手渡されたフォークを肉に突き立て、口に運んだ。
「おいしぃ」
口の中に、ツバがジュワッと出て、噛めば噛むほど味が出てくる。塩胡椒だけのシンプルな味付け。少し、硬い肉。今までのラビナなら、手を出さなかった。
しかし、飢えていたラビナは、ナイフで肉を切ったり、パンを千切ったりする合間に、シャーリーのありもしない悪行の数々を、シュリーマンに話し続けた。
そして、ラビナがお腹が一杯になって満足すると、シュリーマンは、彼女の肩に手を置いた。
「お嬢ちゃん、本気でそう思ってるなら、裁判に出ろ。そして、そこで同じ事を裁判長に伝えろ。裁かれる者は、裁かれなければならない」
「そっか!そうよね!ありがとう!」
久しぶりに気分がスッキリしたラビナは、生まれて初めて人にお礼を言った。そう気付いたのは、ベッドに入り、眠りに落ちる寸前だった。
「団長、あんなの放って置いて、大丈夫なんですか?」
「あぁ?」
同席していた魔導士団の部下達が、一斉に批難めいた視線をシュリーマンに向ける。
「別に、害は、ねぇだろ」
「しかし、あんなに大きな声で、エンジェル伯爵令嬢の悪口を」
「聞いて、信じる奴が、ここに居るのか?」
周りを見回せば、周りにいた八百屋の親父も、本屋のババァも首を横に振った。
「子供の癇癪に、大人が目くじら立てるもんじゃねぇ」
「しかし・・・」
まだ、不服そうな団員のジョッキに、なみなみと酒を注ぎ込んでやる。
「あぁ言う娘は、どんな重い罰を与えても、逆恨みするだけで、反省はしねぇ。親が、ペットみたいに育てちまった悪影響だろう」
「うちの番犬は、もっと賢いよ!」
ウェイトレスの女が、シュリーマンの横を通り抜けながら、放り投げるように揚げた芋を置いて行った。
「そう怒るなよ。可愛い顔が、台無しだぞー」
シュリーマンは、熱々を摘むと、ポイッと口に放り込んだ。
「はふぅ、はふぅ、うめぇ。で、お前らは、あの子が死刑にでもなりゃ、納得いくのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「大事なのは、あの子が、自分のやった事が、いかに傍迷惑で、自己満足で、他力本願だったかを身に染みて分かる事だろうよ」
その為に、シュリーマンは、ラビナにある魔法をかけた。
『それで、少しでも、目が覚めてくれたら、俺の気紛れも、悪くねぇだろう。』
シュリーマンは、ラビナを見ていて昔を思い出したのだ。跡継ぎとして厳しい教育を受ける兄と違い、次男の彼は、母親から溺愛されて育った。
多分義母に長男を取られてしまった嫁のストレスの捌け口だったのだろう。気づけは、ワガママ放題の馬鹿息子になっていた。
ただ、彼が幸いだったのは、魔力判定が最高値を示し、無理矢理魔法学園へ放り込まれたことだ。母親と離れたことで、自分の日常が普通ではなかったことに気づけたのだ。
だからこそ、シュリーマンには、ラビナが、加害者であり、被害者でもあるように思えてしかたない。
「ったく、しけた顔すんじゃねーよ!今日、店にいる奴のお代は、全部俺に付けろ!奢りだ!」
わーーーーー!
店中に響く、大歓声。
『ったく、現金な奴らだぜ。』
ヘラヘラと笑いながらも、シュリーマンは、先程の少女がすこしでも幸せになれたらな…と思った。
色んなご意見あるとは思いますが、皆違って、皆良い。今回は、シュリーマン団長の気持ちを描いてみました。




