第二話支援と爵位と初恋と
シャーリーとマックスの前回の交流から、更に一週間がたった。今回はマックスに招かれて、シャーリーは、少し郊外にあるブリリアント男爵家へと馬車でやってきた。
途中、大量の茶菓子を購入したのは、半分自分が食べたかったからだ。
専属メイドのカサンドラに、
「持ってきた物を自分が食べられる保証はどこにもありませんよ」
と言われ、
「買う前に言ってよ!」
と地団駄を踏んだのは、マックスには内緒にしなくてはならない。
馬車が停まったのは、古いながらも手入れの行き届いた屋敷の前だ。楽しみすぎて予定時間より随分早く来てしまった。
「カサンドラ、どうしよう」
「だから、言ったじゃないですか」
「もっと、ちゃんと止めてよ」
「今まで、私の言うことを聞いたこと、ありましたか?」
耳の痛い話になりそうなので、シャーリーは、そっぽを向いた。玄関先でゴチャゴチャ言ってても始まらない。女は度胸と一歩足を踏み出した。
その時、
「マックスが、可哀想」
なんとも聞き捨てならないセリフが聞こえた。
「好きでもない人と、身分のために結婚するだなんて」
ドキン。
シャーリーの胸が、痛みを伴う大きな鼓動を鳴らす。
『いや、分かってたけど、はっきり言われると堪えるわね。』
胸を押さえるシャーリーの背中に、カサンドラの温かな手が添えられた。慰めてくれるのかと思いきや、声のする方へとドンドン押し出されていく。
辿り着いた裏庭へと続く通路に、マックスと小柄な女性が立っているのが見えた。慌てて壁の後ろに姿を隠して聞き耳を立てる。
「ラビナ、俺は、望んで結婚するんだ」
「そんなの嘘よ。支援と爵位をチラつかせて、マックスを脅したのよ!」
女の子の方は、かなり興奮しているらしく、声を抑えることすらしていない。
『そこまでハッキリ言わなくても』
シャーリーは、情けなくて、目に涙をためた。
「お前は、何故いつも俺の話をちゃんと聞かない!」
「聞いてるわよ!だから、ねぇ、マックス、お金が必要なら、うちが出すから、そんな結婚止めなさいよ。爵位は無いけど、うちの商会、今、凄く儲かってるんだから」
どうやら、女の子の実家は、かなり裕福な商家のようだ。確かに、金銭面だけで言えば、貴族を上回る平民はいる。
「ラビナ、何度も言うけど、もし、この結婚が無くなったとしても、お前と結婚する気は無い」
「酷いわ、マックス!今まで男爵家に融資をしてきたのだって、私が頼んだからなのよ!お父さんもお母さんも、小さい頃から貴方のお嫁さんは私しか居ないって言ってるもん」
どうやら、家族ぐるみでマックス狙いだったようだ。男爵家の三男なら、実家から爵位を貰うことも難しい。伯爵家への婿入りがなければ、確かに、よい結婚相手だったのかもしれない。
「絶対、私の方が可愛いわ!爵位とお金を餌にしないと婿すら来ない女なんて、絶対ブスよ」
「ラビナ、そこまでだ!話にならない!今まで我慢して来たが、金輪際、ウチには来るな!」
「マックス、マックス、待って!私と結婚しないなら、今まで貸したお金、全部一括で返済してもらうわよ!」
そこまで聞いて、シャーリーとカサンドラは、無言でその場を離れた。普通の人に、貴族の結婚は理解しにくいかもしれない。爵位のあるなしは、結構大きな問題なのだ。
特に、格下から格上の家へ婿入り出来るラッキーは、そうそう落ちている物でも無い。皆、後継を残そうと正妻以外にも子を成す。正妻もそれを受け入れ、家内を取り仕切るのは自分だと言うプライドで生きているのだ。
だからこそ、一人娘で満足することなど殆どありえない。シャーリーの両親は、貴族には珍しく相思相愛で結婚した。跡継ぎ問題を解決すべく、母が父に愛人を勧めた際は、父親が拗ねて一週間口をきかなかった。そんな状況だったから、シャーリーは一人っ子だったし、婿入りの話が出てきたのだ。
両親を尊敬するシャーリーも、出来たら愛人は作って欲しくない。
でも、マックスが他に子を作ったからと言って、ジタバタするつもりも無い。出来れば、自分との子供を二人は作ってからにして貰いたいとは願っているが。
「ふぅ」
溜息を吐いた私の背中を、カサンドラが珍しく摩ってくれる。
「何よ、落ち込んでないわよ。エンジェルなんて家名が、いけないのよ」
「まぁ、エンジェルみたいな見た目も、逆に怖いですけどね」
「だよねー」
昔から、何度となく言われてきた。名前と顔が合わないと。
髪もグラデーションと言えばカッコいいが、ハッキリ言えばまだら模様。原因は分かっていないが、色素にムラがあるらしい。
「はぁー、今日は帰ろうかな」
無理と分かって、つい口に出た。カサンドラは、微笑むばかりで何も言わなかった。
「マックス様、お話があるのです」
「なんでしょうか?」
「ラビナさんとおっしゃる女性のことなのですが」
「え?」
「とても小柄で可愛らしい女性ですわね」
「はい?」
「それで、男爵家が、ラビナさんと言うお嬢さんの家から借りているお金はおいくら程?」
「えぇ!?!」
応接室で向かい合わせで座った途端、シャーリーが一人ペラペラ話し出して、流石にマックスの顔も歪んだ。眉間にシワがより、怒っているようにも見える。シャーリーは、ビクリと身を震わせたが、最初が肝心と、意を決する。
「私、こう見えて個人所有の資産がありまして、家に頼らずともそれなりの金額を動かすことは可能です。もし、私と結婚されるのでしたら、ラビナさんとの縁は出来たら切っていただきたく」
シャーリーは声を震わせない様に、お腹に力を入れ、さも大した事では無いと言う風に話した。でも、心の中は大荒れで、今にも、涙を堰き止める土手が決壊しそうだ。
一方のマックスも、顔を真っ青にして、無闇に手を上げたり下げたり回したりし始めた。
「ちょ、ちょっと待った!え?え?え?いや、すみません。言葉遣いが」
「気になさらないで。私も猫を被っておりますから」
微笑むシャーリーに、マックスはすごく気不味そうな顔をした。
「先程、マックス様とラビナさんが話していらしたのを、たまたま聞いてしまって。立ち聞きなんて行儀の悪い事をして、ごめんなさい」
シャーリーは、正直に話して、頭を下げた。
「私も、貴族の端くれ。恋愛結婚の両親が珍しいのは存じています。私の様な者では、マックス様に釣り合わないのも分かっているつもりです。私が出せるのは、爵位と資産くらいなもの。ですが、出来れば家族としての信頼を築ける様な……」
「待って!ストップ!あんた、気付いてなかったの?」
突然マックスが叫んで、シャーリーはビクッと体を硬直させた。
「は、はい?」
「今回の話は、俺がエンジェル伯爵に直談判して決まったものだ。俺の初恋は、あんただ!」
「・・・」
思考回路がショートしたシャーリーは、ふら~っと後ろに倒れてったかと思うと、そのまま気を失った。
今日は初回ですので二話投稿いたしました。明日からは、一日一話の予定です。
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