第三話ソックス、ミックス、スコッチ(三馬鹿兄弟)
八年前、十歳のマックスはオヤツ欲しさに孤児のフリをして教会に通っていた時期があった。貴族と言っても、年子の兄弟が5人もいて、両親も将来子供が自分で身を立てられるように、教育にお金を掛けていた。
だから、甘いものなんて全然口に入らなくて、一つ上の兄と一つ下の弟に唆されて、三人で汚い服を着て週2回あるお菓子の配給に並んでいた。
その時、自分より少し小さな女の子が、修道女の服を着て『配る側』に立っていることに気付いた。
「どーぞ」
小さなクッキーが入った袋を手渡してくれるその子の手は、あちこち火傷をしていた。悪餓鬼大将のジャックが、あとで伯爵家の一人娘だと教えてくれた。
「あの方は、俺らの為に自分でクッキーを焼いてくださるんだ」
「自分で?嘘だろ」
「あの手、見てねーのかよ。この配給、お嬢さんが親父さんに頼んで始めて貰ったらしいぞ。すごいだろ!」
自分のことのように自慢するジャックにムカついたマックスは、つい、
「偽善だな」
と心にもないことを言ってしまった。言って滅茶苦茶後悔したが、口から出た言葉を戻すことは出来ない。
情けなくて泣きそうになったが、流石に恥ずかしくて口を真一文字に固く閉じた。
それを不貞腐れたと勘違いしたジャックは、ほとほと呆れ返ってしまう。
「偽善でも良いだろ。こうやって、俺らは甘い物にありつける。街ん中見てみろよ。綺麗に着飾った貴族の女が、高そうなカフェで俺たちの1ヶ月分の生活費と同じ値段のケーキを食ってんだぞ。俺らにとったら、シャーリー様はマジもんの天使だ」
マックスは、恥ずかしさに逃げ出したくなった。自分は、孤児院育ちのジャックスと違い、ちゃんと毎日美味しいご飯を食べさせてもらって、教育だってつけて貰っている。服も家に帰れば絹とはいかなくとも、綿の清潔な服があるのだ。それなのに、こんなズルをして本来貰うべき人間の取り分を減らしている。
「ごめん」
スルリと口から謝罪の言葉が出た。男兄弟の喧嘩は、謝った者が負けたような扱いになるため、絶対に謝らない。
しかし、今回だけは、シャーリーとジャックスへの罪悪感が上回った。
「なんだよ、俺に謝るなよ。謝るなら、シャーリー様に謝れ」
「そうだな……本当に、その通りだ」
その日以来、ブリリアント家の兄弟はお菓子の配給に並ばなくなった。代わりに、
「こんにちは!今日も、宜しくお願いします!」
シャーリーが別の場所で行っている、習い事教室に行くようになった。
そこでは、簡単な字の書き方や足し算引き算をシャーリーが教えてくれる。ひとつ年下のシャーリーが教えてくれる事は、マックスは既に知ってることばっかりだった。
しかし、彼女が手放しに褒めてくれることが嬉しくて、マックスだけじゃなく、兄のサックスも弟のスコットも真面目に通った。
「ソックスさん、ミックスさん、スコッチさん、とっても上達が早いですね」
ブリリアント家の兄弟は、名前を聞かれて咄嗟についた微妙な偽名に、いたたまれない気持ちになった。
サックスに至っては、遠い目をして時折り涙ぐんでいた。
「俺、靴下じゃないし」
と小さな声で不満を言っているが、自分で『ソックスです!』と言った手前、変更はきかない。
帰り道に、四男のスコットに、
「やーい、ソックス、ソックスー」
と囃し立てられた時は、流石に飛び膝蹴りをかましてたが、シャーリーの前では、皆、借りてきた猫のようになっていた。
だが、楽しい時間はあっという間に終わりを告げた。皆に隠れてコソコソ姿を消すマックス達に気づいた幼馴染のラビナが、彼らの母親にチクったのだ。
「おばさま!マックスったら、私と遊ばないで、汚い服に着替えてどっかにいっちゃうのよ!」
母ルビーは子供が全員男だったせいか、ご近所さんの娘ラビナを我が子の様に可愛がっていた。そんな子が泣きながら訴えれば、動かざるを得ない。
「貴方達、何処へ行くの?」
わざと破れた服を着て、屋敷を抜け出そうとする三人を見つけて、ルビーは、腕組みをして立ちはだかった。
「違う!勉強を教えて貰ってるだけなんだ!な!マックス!」
「そうだよ、サックスの言う通りだ!勉強を教えてもらってるだけだよな、スコット!」
「兄さん達が行こうなんて言うから、こんなことになったんだ!」
結局、最後にスコットが裏切って、全てを暴露していた。配給に並んだことも、既に勉強している内容をわざわざシャーリーに褒めて欲しくて学び直していることも。
「にーさんばっか、ずりぃー!おれも、オヤツほしーー!」
末っ子のキリックが地面に転がってジタバタ騒ぎ、一番上の兄シャルトは呆れた顔でマックス達の頭に拳骨を落とした。
「貴方達がしている事は恥ずべき事です。誠心誠意頑張っていらっしゃるエンジェル伯爵令嬢の行いを、面白半分で汚したのです!もう二度と行ってはなりません!」
どんなに謝っても母の怒りは収まらず、マックス達はさよならを言う事も出来ないまま、シャーリーとお別れをしなければならなくなった。
家族からは、『三馬鹿』と罵られ、末っ子のキリックからは、『裏切り者』と呼ばれる日々。家庭内での地位は一気に下落してしまった。
「シャーリー様、きっと、心配してくれてるよな」
サックスの言葉に、マックスもスコットも頷いた。
「「「会いたいな……」」」
三馬鹿の細やかな願いは、それから八年叶うことはなかった。
今朝から投稿を始めた灰色の天使なのですが、皆様が意外と喜んでくださっているようなので、大盤振る舞いでもう一話投稿します。(自分で自分の首を絞めているのは、私です)
では、また、明日♪




