第一話灰色の天使(エンジェル)
魔法大国フローラに、金の亡者と揶揄される一つの伯爵家があった。家訓は、『働かざる者食うべからず』。故に、目に入れても痛くない一人娘にも、父ジョンは、家訓を守らせた。
彼女の名前は、シャーリー・エンジェル。残念ながら、天使みたいに可愛い見た目ではない。
灰色の目に灰色の髪の毛。辛うじて色白と言える肌も、薄っすらと見えるソバカスで微妙な感じだ。
パーツは、悪くない。目も大きいし、鼻筋も通っている。手入れのされていない野放しな眉とやや印象の薄い一重を化粧で誤魔化せば、化けるかもしれない。
しかし、
「皮膚に何か付いてる感じが嫌い」
という理由から、いつもは、ほぼノーメークを貫いている。欠点を隠そうとしない潔さはアッパレだが、伯爵令嬢としては残念としか言いようがない。
そんな彼女に、なんと三日前、すごい婚約者ができた。名前は、マックス・ブリリアント。名前からして、大仰である。
しかし、名前負けを自負するシャーリー・エンジェルと違い、彼は、『名は体を表す』を地で行く男だった。
男爵家の三男なのに、王族みたいにゴージャスな見た目。背も高く、女性にしては高身長のシャーリーでも、彼の胸元にすら背が届かない。
魔法大国フローラでも類を見ない魔力量と膨大な知識量で、国立の魔法学園を主席で卒業したという。
五人兄弟の真ん中であることで培われた洞察力とコミニケーション能力で、一人っ子で社交慣れしていないシャーリーを優しくフォローしてくれる。
どれも、自分には無いものばかりで、リアルにキラキラ輝いているように見える。シャーリーは、彼を直視すると、目がチカチカするような気がした。
きっと、伯爵家の一人娘である彼女に、父と母が、コネを使いまくって探してきた優良物件なのだろう。今後は、魔導士団で働きつつ、領地経営のイロハも学んでくれるらしい。
『ありがたや、ありがたや。』
拝みたくなる衝動をグッと我慢して、シャーリーは、精一杯お淑やかに見える様に振る舞う。
今日は、マックスが婚約者との交流を図るため、エンジェル伯爵家に来ているのだ。一応、うら若き男女を二人きりには出来ず、応接室の扉は全開に開けられていた。
「まぁ、マックス様のご趣味は、食べ歩きですの?」
「はい、新しい店ができたと聞くと、必ず一度は行くことにしています。」
マックスがニカッと笑うと白い歯がこぼれて見えて、イケメン度2割増しになった。元々百パーセントなのだから、オーバーキルである。眩しすぎて、シャーリーの瞬きが普段の倍に増えた。
「シャーリー様は、なにかご趣味とかありますか?」
「えぇ、花を愛でることですのよ、オホホホ」
何が可笑しいのかシャーリー自身も分からないが、一応、令嬢っぽい笑い方をする。普段通りにやると、ドン引きされる自信はあった。
花は好きだが、愛でるより植える方が好きだ。色んな花を寄せ植えして犬の形にしたりする。花屋に即戦力で雇用されるくらいには実力がある。
庭師のトミーじいさんとはツーカーの仲だ。きっと、今日の装いを見せたら、
『嘘は、なんねーべー』
と言うはずだ。彼は、とても素朴で純粋な人なのだ。見た目を飾りたがる貴族は、あまり好きではないらしく、
『おじょーのほーが、百倍えーだよー』
と、いつも言ってくれるのだ。こんなにゴテゴテと過剰包装されたクリスマスプレゼントみたいなシャーリーを見たら、きっとガッカリするだろう。
「俺は、花は、あまり詳しくなくて。今度、教えていただけますか?」
「えぇ、マックス様が宜しければ。」
「そうだ、今度、植物園へ行きましょう」
「まぁ、それは楽しみですわ、オホホホ」
本当なら、
『え!植物園!ヤッター!』
と両手を上げて小躍りしたいところだが、マックスの前なので、変な令嬢笑いでお茶を濁す。これでは、嬉しいのか嫌がってるのかさえ分からないではないか。笑い終わったあと、小さく、ハァと溜息をついた。
その時、シャーリーは、変な気配を感じた。視線を移すと出口付近に立つ専属メイドのカサンドラが、笑いを堪えて震えていた。
『淑女に擬態しようとしても、無理があるのは百も承知よ!』
シャーリー自身、今日の出で立ちがいつもと違い過ぎることくらい十分分かっている。
普段の彼女は、コルセットをせずにワンピースを着るのが大好きで、トミー爺さんとお揃いの麦わら帽子が一番のお気に入りだ。手を泥だらけにして花壇を手入れするし、お茶会よりも図書館に行く回数の方が断然多い。
しかし、今日は、バッチリメイクに結い上げた髪で、
「オホホホ」
などという虫唾が走るような笑い方をしている。
トグロを巻いたような頭が重くて、グラグラするのを必死で耐える。会話より首の方が心配だ。
「シャーリー様、どうかされましたか?」
心配そうな顔のマックスに突然覗き込まれ、シャーリーは思わず仰反った。グググと頭が後ろに持っていかれ、首が、ギギギと音を立てたような気がした。
「い、いえ、なんでもありませんわ」
「でも、少し、顔色が・・・」
『心配そうなマックス様。それも、また、ス・テ・キ』
現状に耐えられず、脳内で現実逃避していたシャーリーは、気を取り直し冷えてしまった紅茶を優雅に一口飲んで曖昧に微笑んだ。
こんな素敵な婚約者に恵まれたのに、シャーリーの心は、少し暗い。マックスが我慢しているのが分かるからだ。
『きっと、他に素敵なお相手がいたはずだわ。伯爵家に頼み込まれれば、嫌とはいえないもの』
シャーリーの顔が暗くなるのは、単に首が痛いからだけではない。一目見て、『初恋の人』に似ていたマックスに心奪われた彼女は、彼に無理をさせていることが申し訳なくて仕方ないのだ。
「あの……マックス様…」
「何でしょう?」
「いえ、何でもございません」
何度も、
『私なんかで、良いのでしょうか?』
と聞いてしまいそうになって、唇を噛んだ。こんな風に、つい卑下してしまいそうになる自分が本当に嫌になる。
シャーリーも、貴族の家に生まれたからには、お互い感情だけに左右されるわけにはいかないって分かってる。
『でも……出来たら、思い思われる夫婦になりたいな……なんて、贅沢なのかしら?』
彼女の心の声は、誰にも聞こえなかったが、専属メイドのカサンドラだけは、含みのある笑みを浮かべていた。




