第十八話事実と真実
ラビナが質屋を渡り歩いた日の夜、グレイ商会へ一人の老人がやってきた。その男は孤児院の出身で、ジャックの大先輩にあたる。自身が独り立ちした後も、ことあるごとに孤児達に支援をしてくれた大御所でもあった。
「ジャック、あのアマ、相当困ってるぞ」
「そうなんですかい?」
「あぁ!大量のドレスと宝石を、うちに売りに来た」
ワクワクした顔で、まるで演劇を見た感想を伝えるような明るい口調だ。普段、『退屈だ』が口癖の老人とも思えない。
「それで、どうしたんですかい?」
「勿論買い取るわけねーだろ、あんなニセモン。価値がねーって、追い返してやった。他の質屋にも、相手にするなって伝えてある」
目利きで名を馳せる彼が言い切るからには、あまり良い商品ではないようだ。同業者が損失を被らないよう先手を打ったようだ。
「ありがとうございます!」
彼が一声掛ければ、この王都内で買い取ってくれる店はない。ラビナの資金作りも、これで不可能になった。
「何言ってんだ。シャーリー様のお陰で、今の子供達は、幸せになれてるんだ。水臭ぇこと言うな」
この街には、彼方此方に、ジャック達の仲間が暮らしている。皆、多かれ少なかれ、シャーリーに世話になった者達だ。この老人も、ずっと心配していた孤児院の子供達に教育と仕事を与えてくれた彼女に感謝しているのだ。
こうして、何かあれば、いのいちばんに教えてくれる情報網は、一番の力になる。
その後、数人の知り合いが、街に広がり始めた噂を持ってきてくれた。
『ドワンゴ商会は、盗品を扱っている』
『娘が偽物を売ろうとして警邏隊に捕まった』
事実とは微妙に違うが、そちらの方が面白いのだろう。人々は、口々に噂し、真実のように伝えているようだ。
「はっ……自滅もここまできたらアッパレだな」
商人として、品物を疑われることは最もあってはならないことだ。
「そろそろだな」
ジャックは、今までに集めた資料を前にニヤついた。ここ最近ドワンゴの店は、客足が伸びず、かなり苦戦している。ジャックがあえて、競合商品をぶつけたことも原因だろう。奴の店は、接客も、商品の質も、グレイ商会の足元にも及ばないのだから。
当然と言えば、当然だ。シャーリが育てた人材は、脈々と彼女の信念を受け継いでいる。
商売は、真心。
あちらは逆恨みしているようだが、己の私利私欲で暴利を貪ってきた店が、客から見限られた。ただ、それだけの話だ。
ラビナが、ブリリアント家に襲撃を繰り返し、とうとう裁判沙汰になっている話は王都でも話題に上がっている。そのことで、貴族に対して金を盾に、やりたい放題してきた過去も知られてしまった。
それに追い打ちをかけるように、孤児院出身のクイーンがラビナのメイドとして働いた際、大怪我を負わされたことでも訴えを起こされた。
すると、出るわ出る。今までラビナやドワンゴに怪我を負わされたり店を潰されたりした者達までが続々と裁判所に申し立てを始めた。
ラビナのもとに届く出頭命令書は、ブリリアント男爵家に関するものだけではなかったのだ。各訴えに対して、それぞれに連絡が来ており、今日破った命令書は、クイーンに怪我を追わせたことに関するものだった。
もし、一度でも真面目に目を通していれば、自分がどれほどの人間に恨まれていたのか気づけただろう。
それは、ドワンゴにも言えた。もっと娘に対して愛情を持って、悪いことは悪いと厳しさを持って育てていたら。ただ、本人に、人としての礼節が欠けているのだから、元々無理な話だったかもしれない。
そして、全ては後の祭り。放って置いたとしても社会的に抹殺される日も、そう遠くないだろう。
一人悦に入るジャックの背後から、
「ジャック」
女性の声が聞こえた。振り返ると、腰まで伸びた長髪をひとくくりにした女が立っていた。
「あぁ、クイーン、どうした?」
彼女は、ラビナに殴られ大怪我を負ったクイーンだった。退院した日、ジャックが無理やりグレイ商会へ連れてきた。最初は意固地になっていた彼女だが、少し前から、従業員達の賄いを作っている。
ただ、まだジャック以外の他人と接するのは怖いらしく、額の傷も痛々しい。
ラビナに花瓶を投げつけられ、倒れている所を思い切り蹴られた瞬間が、夜な夜な夢に出るらしく、クイーンの心に暗い影を落としている。
「そろそろ、蜂蜜が切れそう」
「そうか、じゃぁ、後で持っていく」
ジャックは、手元にある書類をまとめて引き出しに入れると、店に行くために立ち上がった。
すると、珍しくクイーンが、彼の手に自分の手を重ねてきた。
「ねぇ、ジャック」
「なんだ?」
「アタシ、このままじゃ、行き遅れそうなんだけど、誰か、貰ってくれる人居ないかしら?」
「え?」
背の低い小太りのジャックと違い、クイーンは長身のグラマラスボディだ。今だって、彼女の胸がジャックの頬に触れそうになっている。
「昔から、好きな男がいてね、そいつ、私を助けてくれる割に、決して好きって言わないのよ。ひどいと思わない?」
頬に薄紅をはたき、薄っすらと化粧をしたクイーンは、いつも以上に奇麗だった。決死の覚悟で告げる想いは、益々彼女を美しく見せた。
突然のことに目のやり場に困ったジャックは、床に視線を落とし顔を真っ赤にした。
「そりゃ、ひでぇ。そんな奴やめて、俺にしとけ」
戯けて言うと、クイーンの眉間に縦皺が入る。
「なにそれ。散々待たせといて、気付いて無かったとか言わないでよ」
拗ねる姿が可愛くて、思わずジャックがクイーンの腰を抱くと、彼女は顎を彼のつむじに乗せてきた。
グリグリグリ
いや、地味に痛い。
「まさか、お前が、俺なんかを好きとは思わなくて」
「最後まで言い訳?カッコ悪いわね」
クイーンの長い腕が、ジャックの背に回った。初めて抱きしめ合った彼らは、次の日、婚姻届を出した。先を越されたと、マックスを悔しがらせたのは、久しぶりに気分のいいものだった。
総合評価が3000超えただけでも驚きなのですが、ブックマークもあと少しで300になりそうです。皆様、このお話を愛してくださってありがとうございます。




