第十九話金色の耳飾り
「あの……これは?」
久しぶりに男爵家の馬車で登校するシャーリーは、マックスから突然手渡された小箱を見つめて瞬きを繰り返した。
「初給料が出たら、先ずはシャーリー様に婚約記念のプレゼントをあげたいとずっと考えていたんです。遅くなってすみません」
「まぁ…」
驚くシャーリーに、喜ぶマックス。そして、安定無表情のカサンドラ。
『私は、空気です』
と告げられても、マックスは気になってチラチラ見てしまう。
「どーぞ、盛り上がってください」
「いや、その言い方が困るんだって」
折角良い雰囲気になりかけても、カサンドラの存在で全てがぶち壊される。
しかし、彼女の存在を当たり前と思っているシャーリーは、小箱を目線に掲げてうっとりとしている。
「マックス様、開けても良いですか?」
「も、もちろん!」
マックスが自分で梱包した為、リボンも包み紙も歪だ。それでも、シャーリーは、今までもらったプレゼントの中で一番嬉しく、開けるのに緊張した。震える手でリボンを解き、可愛い花がらの包装紙を取り去り、パカッと箱を開けると金色に輝く小さな宝石が2つ入っていた。決して自己主張は強くないが、キラリと輝く美しさがあった。
「こんな素敵なものを」
「その……出来たら、いつも付けていて欲しくて。ピアスに見えますが、俺の魔法で装着するので耳朶に穴をあける必要はありません」
「まぁ…そこまでお気遣いを?ありがとうございます」
初々しくモジモジする二人の横で、
「自分の色を付けさすとは、流石、所有欲の塊ですね」
とカサンドラが冷静に突っ込んでくる。
「ちょっと、カサンドラ、今は話しかけないで!」
「お嬢様、私は、別に話しかけていないです。ただ、感想を述べたまでです」
「もぉ!」
シャーリーは、カサンドラの物言いに口をとがらせたが、逆に緊張が溶けたことに気づいていない。ついついマックスによく見られようと令嬢っぽくしてしまう主人を、
『いや、彼が求めてるお嬢様は、それじゃないから』
とカサンドラは思っている。
幼い頃から仕えてきたメイドは、昔、汚いボロを着て配給に並んでいた貴族の兄弟を覚えている。その中でも純金の髪色を持つ少年は、粗末な修道服を身にまとった少女を恋する瞳で見つめていた。
「そろそろ学園に着きます。目を閉じてますので、さっさとマックス様に付けて貰ってください」
「カサンドラ、もっと言葉を選んで」
「チューは、まだ、駄目ですからね」
「するわけないでしょ!ね!マックス様!」
突然話を振られても、
『出来るならしたいです』
とも言えず、マックスは、頬をヒクヒクさせて無理に笑う。
「じ、時間もないようですので、付けても良いですか?」
マックスは、シャーリーの手から小箱を受け取ると、魔力を流してから彼女の耳につけた。
「保護の魔法をかけてあります。清潔を保つようにも術をかけてあるので取り外す必要はありません。」
「ありがとうございます。大切にいたします」
ほほえみ合う二人だが、ここに魔法士団の団長が居たら、シャーリーの耳に燦然と輝く魔道具を見てドン引きしたことだろう。
『シャーリー様の身の安全には、これくらいしないと!』
とマックスが色々術を組み込んだ代物は、なにやら怪しげな出来栄えとなっている。
そして、ある晴れた休日。シャーリーは、女学園で初めてできた『お友達』テルル・マンガン公爵令嬢のお屋敷を訪問していた。無論、あの耳飾りをつけた状態で。
「こちらが、髪型見本になっております」
「まぁ、こんなに沢山種類があるの!凄いわ、テルル」
「もぉ、お姉さま、はしゃぎ過ぎよ」
シャーリーが取り出したデザイン画を食い入るように見ているのは、テルルの姉のサリナだ。彼女は、隣国に留学していた際、出会った男性と結婚し、そのまま移住してしまった奔放な女性だった。
外交官である夫についてきて、久しぶりの実家に羽根を伸ばしているようだ。美しい髪型の妹にも興味津々で、どうしてもシャーリーを呼んで欲しいとテルルにお願いしたらしい。
「羨ましいわ。あちらの国では、まだまだ美容技術が育っていないのよ。こんなに素晴らしい髪結いの店なら、直ぐに行列店になってしまうわ」
「お姉さま、既に彼女の店は予約が取れない有名店なのよ。今日だって無理を言って来てもらったのだから、もう少しお淑やかにしてください」
いつも大人しいテルルが、姉を一生懸命抑えようと大きな声でお説教する姿は、シャーリーには新鮮だった。なんだか、彼女に気を許してもらっているように感じられ、すごく擽ったい気分になる。
テルルが声を掛けてくれて以来、少しずつ学園での交友関係は広がっている。今ではテルルを含む数名のクラスメートとお出かけをするほど仲良くなっていた。
「大丈夫ですよ、テルル様。今日髪結いを担当するのは、店の者ではありませんから」
「あら?では、どなたが結って下さるのかしら?」
「私の専属メイドです。いつも、私の髪を結うのは、このカサンドラですの」
シャーリーが紹介すると、背後に立っていたカサンドラが、ゆっくりと頭を下げた。
「まぁ!シャーリー様専属ですって!それは、余計に特別じゃない!帰国したら皆に自慢しないと!」
さっき以上にはしゃぎだした姉に、テルルはシャーリーと視線を交わして苦笑する。
「ごめんなさい、シャーリー様」
「いいえ、こんなに喜んでいただけて、私も、カサンドラも、本当に嬉しいです」
自分の髪と目の色を卑下していた頃のシャーリーは、人より高い身長も気にして背中を丸めることが多かった。
しかし、自分に自信を持てるようになった彼女は、背筋を伸ばし凛とした雰囲気を醸し出している。
そこに、元々持っていた快活さと人当たりの良さが加わり、今では女学園内でお友達になりたい人ナンバーワンに輝いていた。
「ねぇ、シャーリー様、恋人はいらして?」
テーブルに肘を付き、手の上に小さな顔を載せたサリナは、年頃の少女に聞きにくい質問をズバズバとしてくる。
「お姉さま!なんて不躾な質問を!」
「だって、こんなにお綺麗なのよ。きっと、恋心を抱いている男性陣も多いはず。早く手に入れないと、あっという間に他の人に取られちゃうわ」
実は、サリナには、甘えたの弟がいる。テルルにとっては兄なのだが、彼女から見ても頼りない印象がある彼には、未だ婚約者がいない。サリナは、そんな弟に、シャーリーを巡り合わせたいと思っていたのだ。
今回の髪結いも、偶然の出会いを演出するため。
トントン
部屋をノックする音が聞こえ、
「サリナお姉さま、お呼びだと聞いて来たのですが?」
と廊下から男性の声がする。
「まぁ、丁度良いところに。さぁ、入っていらっしゃい」
サリナに言われ、彼女の弟はドワノブを回した。
ガチャ……ガチャ……ガチャガチャガチャ
「お姉さま、こんな子供じみたイタズラは止めてください」
「え?なんのこと?」
「ドアが開きませんが?」
「うそでしょ?」
サリナは、慌ててドアを確認しに行った。鍵が掛かっていないのに、ドアが開かない。
「まぁ、どうしましょう」
この部屋は、二階だ。出口は、廊下側の一箇所のみ。窓はあるが、貴族令嬢が梯子で降りれるはずもない。
「鍵が壊れてしまったのかしら?」
焦るサリナに、何かを察したテルルが小さくため息をつく。
「お姉さま、変な画策はお止めください。シャーリー様には、婚約者がいらっしゃるのです」
「あら?そうでしたの?それは、残念だわ。」
サリナが諦めの表情を浮かべた瞬間、
カチッ
ドアが開いた。
「あぁ、良かった。お姉さま、テルル、大丈夫かい?」
ドアの隙間から顔を覗かせた男性は、人の良さそうなタレ目の青年だった。
「ごめんなさいね。もう、用事はすんだの」
サリナは、シャーリーを見せぬように立ちはだかると、弟をグイグイ廊下の方へ押し出す。
「もー、本当にお姉さまは、勝手なんだから」
どうやらサリナに振り回されるのが日常茶飯事のようで、青年は、特に文句を言わず去っていった。
「それにしても、不思議なドアねー。少し開けておくわね」
サリナは、気づいていない。シャーリーも、気づいていない。
だが、魔力の動きに敏感なテルルと、マックスの性格を理解し始めているカサンドラは気づいていた。ドアが開かなくなる直前、シャーリーの耳飾りが光ったことに。
『わー、マジ、かんべん』
カサンドラは、天才魔導士の粘着質な溺愛にブルリと震えた。多分、あの耳飾りは、盗聴と防御魔法が組み込まれている。男避けなのだろうが、本人の知らぬところでえげつないことをするものだ。
「ねーねー、シャーリー様の婚約者様はどなた?きっと、素敵な方なのよね?」
テーブルに戻ってきたサリナは、恋バナに夢中だ。
「はい。とても」
「お姉さま、そういうことは、ペラペラと他人に話すことではございません。髪結いをして頂かないのであれば、出て行っていただきますわよ」
テルルは、とても常識がある女性だ。そして、下っ子特有の目端の利くところがある。
彼女は、生徒会の仕事で早朝に登校した時、一度だけ男爵家のボロ馬車で送迎されるシャーリーを目撃したことがあった。隠れるように少し遠い場所に停められたことから、公にされていない彼女の婚約者だとピンときたのだ。そして、さっきの耳飾りの作用を目撃し、深入りすべきではないと悟っていた。
「面白くないわね!」
「面白くなくてかまいません」
破天荒な姉は、妹の機転で命拾いしたことに一生気づくことはなかった。
弟君、命拾い。テルル様を気に入ってくださった皆様、楽しんでいただけたでしょうか?




