第十六話灰色天使の羽化
ウェディングドレスの試着から数日経った、ある日、
「あの・・・」
シャーリーは、学園で初めて声を掛けられた。
『この方は、公爵家の御息女、テルル・マンガン様ね。とてもお美しい方だから、婚約の申し出も、数多とか…』
シャーリーは、頭の中で貴族名鑑と自前で収集した情報を瞬時にまとめる。相手を知ることは、商いの第一歩だ。
「おはようございます、テルル様」
シャーリーは、一礼してから、真っ直ぐに姿勢を正した。頭一つ分以上小さいテルルは、シャーリーを見上げる形になる。
女学園では、建前上、皆平等とされている。故に家名は付けずに呼び合うようにされていた。
しかし、そこは貴族。純然たる階級は存在するし、家格が上の者に下の者が話しかけることは出来ない。
故に、この二人が直接口をきくのは、今日が初めてだった。
「お、おはようございます、シャーリー様。不躾にごめんなさい」
少し慄いているように見えるテルルは、とても腰が低く物静かな女性だった。普段から、あまり多くを語らない性質は、お淑やかというより人見知りなのかもしれない。
『こんな声をしていたのね。』
何年も同じ女学園に通う同級生だが、まともに声すら聞いたことがなかったことにシャーリー自身驚く。
『私、よっぽど学園の中のことに興味がなかったのね』
自身の未熟さにほろ苦い思いもするが、テルルのまだ幼さの残る可愛らしい声音に、シャーリーの頬は自然と緩んだ。
自分よりかなり大きな女性に威圧感を感じていたテルルも、シャーリーの微笑みに体の力を少し抜く。
「少し、お聞きしたいことがあるのだけど」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「その・・・髪は、侍女の方が、結われているの?」
「はい、そうですわ」
シャーリーは、ゆっくりと頭を下げて、よく見えるようにしてあげた。
「まぁ、この赤い差し色は、リボンでしたの?」
「細い絹のリボンを、髪を結う際に一緒に入れる事で、華やかさをプラスしております」
シャーリーの灰色の髪は、鮮やかな色をくっきりと際立たせる。それに髪飾りを合わせれば、髪型自体が芸術品のような仕上がりになるのだ。
「これは、私が援助しております、グレイ商会で新たに始める髪結店の従業員が、結ったものなんですのよ」
「髪結店とは?」
「髪を結う事を専門とする美髪店で、より美しい艶を出す為のお手伝いもさせて頂きますの。私が今塗っているのは、ジポーノ国から輸入しました『椿油』というものです」
カサンドラが、桔梗さんから聞いてきた魔法の油。これが植物由来の伝統的整髪剤と聞いて、シャーリーは、ジポーノ国の美容の高さに驚かされた。直ぐに手配を整えたが、これ程早く輸入が実現したのは、桜姫の後押しがあったからだ。
鉱物資源の少ないジポーノ国では、潤沢な自然を中心に農作物等の輸出が中心だが、腐敗を抑える魔法も高価なため遠距離の輸出には向かない。
しかし、精製した椿油なら、輸送に多少の日にちがかかっても、なんの心配もない。
桜姫は、自国の発展にも繋がると、大変喜び直ぐに父である王に手紙を出してくれたのだ。
「痛んだ毛先も、あら不思議。広がりを抑え、艶が蘇るのです。しかも、使い続ける程に、髪はしなやかに。小瓶一本あれば、二ヶ月は使い続けられますわ」
シャーリーが営業用謳い文句をスラスラと述べると、
「ゴクリ。」
テルルの喉が鳴った。
『これは、これは、なかなか良い食い付き。』
内心ほくそ笑みながら、シャーリーは、商魂たくましく畳み掛けることにした。
「もし、テルル様が宜しければ・・・」
「な、何かしら?」
「今、我が家で訓練を受けている美容員のテスト役になって頂けませんか?」
テルルの目がバチッと見開いた。社交界で花と称される人は皆、先進的な美を取り入れる者が多い。どれだけ早く流行を取り入れられるかは、貴族令嬢の腕の見せ所でもあるのだ。
「テストとは、どんな事をするのかしら?」
「接客、髪結の技術、施術中の会話。高貴な方をお相手するとなると、経験値がものを言います。初めてのお客様に接する時こそ、力量が見極めやすくなるでしょう。ですので、訓練が終わった者の最終試験として、テルル様の髪を結わせていただければ、きっと良い結果が出るでしょう。勿論、お代は、頂きませんわ」
学園きっての美貌を持つテルルが、広告塔になってくれれば、きっと、沢山の顧客が付くはず。
『無料での髪結など、安い、安い。』
シャーリーは、体の前で合わせた手を、そーっとモミモミしながらテルルに近づく。
「テルル様、お客様第一号になって頂けませんか?」
耳元で囁やけば、テルルの肩がピクッと震えた。誰しも『一番最初』には弱いものだ。
『なかなか、良い感触ね。あの子達にも、丁度良い練習相手だわ。気位が高すぎる方は、無駄に人を見下げるから。』
その点、テルルは貴族令嬢には珍しく、穏やかで品のある女性だ。多少の粗相があったとしても、騒ぎ立てる気質ではなさそうだ。
「私で良いのかしら?」
「えぇ、その美貌を薔薇に例えられるテルル様でしたら、きっと、パーティーで、一際注目を集める主役となるでしょう」
シャーリーは、ニッコリと微笑んでスルリと彼女の手に一枚のカードを忍ばせた。
「まだ、内密に進めている計画ですの。この会員カードをお渡しするのは、身内以外では、テルル様が初めてですわ」
「まぁ!」
テルルは、頬を染めてシャーリーを見上げた。その目は、既に崇拝の光を宿している。
「では、都合の良いお日にちをお知らせ下さいませ。直ぐに、ご準備いたしますので」
「えぇ!直ぐに、ご連絡いたしますわ!」
ご機嫌で去っていかれたテルルから、連絡が来たのは、なんと、その日の夕方だった。
『早っ!』
反応の良さに、この事業の成功を確信するシャーリーだった。
おはようございます。私も土曜日に髪を切りに行きます。こういうのって、ちょっと心が浮き立ちますよね。




