第十四話番頭ジャック牙を剥く(ざまぁ④)
最近、ドワンゴ商会の売上は、かなり落ちていた。原因は、エンジェル伯爵家が支援する『グレイ商会』が、物品の販売も始めたからだ。
これまでは、グレイ商会は、翻訳、通訳を中心に、帳簿付けや草抜きといった人材派遣を主体としてきた。孤児達を教育し、社会貢献と自立支援を促すと言う理念は受けがいい。
普段教会に寄付をしない人間でも、小遣い程度の金で孤児院の子供が草抜きをしてくれるなら、慈善にも関われて一挙両得だ。このシステムは、あっという間に人々に受け入れられていった。
しかも、『グレイ商会』は、既製の商品に、ほんの一手間加える。例えば、日常使いのエプロンに刺繍を入れたりして特別感を出す。
勿論、美しい刺繍の品物は、ドワンゴ商会にも揃っている。
だが、手仕事だけに、値が張るのが現実だ。
『グレイ商会』の売りは、ほんのワンポイント、愛らしい花を入れ、無地のエプロンと同じ値段で売ることだ。
刺繍するのは、小さな子供。店頭に座り、好みの図柄を言うと、好きな場所に、ちょいと刺繍を入れる。縫う姿の愛らしさと、思いのほか綺麗な出来栄えが好評だ。
その上、頑張る孤児を応援すると言う大義名分で、普段お洒落から遠ざかっている奥様方が、いつもは固い財布の紐を緩める。
「お前のせいで、うちは、商売あがったりだ!」
「なんで、私のせいなのよ!お店は、お父さんのものでしょ?」
「五月蝿い!部屋に戻って、出てくるな!」
怒鳴り声が毎日響くせいか、辞めていくメイドも多くなった。手が足りなくなったため、屋敷内の清掃も滞りがちだ。
『あぁ、どうして、こんな事に。』
ルビーにラビナが可愛がられた事で、もしかしたら五人兄弟の誰かと結婚させてくれるかもしれないと夢見た。
特に、マックスは、男のドワンゴが見ても超一級品の見た目と才能があった。ラビナが夢中になるのに、時間はかからなかった。
ブリリアント男爵家の領地が自然災害で多大な被害を受けた際、あちらの申し出で、金を貸した。その時は、勝ったと思った。これで、貴族と縁続きになり、いつかは、社交界に顔が出せるほどの大商会に登り詰められると信じていた。
その夢が、今、風前の灯とは。再起を果たす為には、強烈な一打が必要だ。
「旦那様」
「何だ!」
「グレイ商会のジャックと言う方が、お店の方に来られています」
「何?」
これまで、面識すらない者の訪問に、ドワンゴは、舌舐めずりをした。
『これは、絶好の機会か?孤児上がりの新参者など、百戦錬磨の俺が、取り込んでくれる。』
今までも、ドワンゴが手を回して潰した店の数は数えられない。今回も、同じ様に上手くことを運べるとニヤついていた。
だが、ドワンゴは、知らなかった。このジャックが、コロコロ丸い外見から想像できないくらい、キレると恐ろしい男だということを。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。この度、商業ギルドの末席に、正式に加入させていただいた、『グレイ商会』番頭のジャックと申します」
ジャックは、新しく刷り上げた名刺を、ドワンゴに渡した。
「ふん、今頃挨拶か?遅すぎるんじゃないのか?流石、孤児上がりは、礼儀がなってない」
こちらを馬鹿にした視線に、ジャックも営業用の取りすました顔を向ける。
「他の皆様には、既にご挨拶させていただいております。こちらが、最後ですので、ご心配なく」
「なんだと!」
「声を荒立てるのは、自信の無さと申します。少し、落ち着かれた方が」
「小僧の癖に、粋がるな!」
パシャン
手元にあったカップを手に取ると、ドワンゴは、ジャックに向かって中身をぶちまけた。予測可能なチープな行動。避けるのも、わけはない。
ジャックは、少々膨よかな体はしているが、『踊れる仔豚』と呼ばれるくらいには、俊敏だ。立ち上がると、自分の前に置かれたカップを手に持ち、ドワンゴの顔面にぶっ掛けた。
「うわっ、プッ!貴様!」
「あれ?相手に飲み物を掛け合うのが、こちらの作法かと思いましたが、違うのですか?」
先に喧嘩を売ったのは、ドワンゴだ。
ドン
ジャックは、ローテーブルに片足を上げ、ソファーに座ったままのドワンゴを見下ろした。
「今日は、損害賠償の話をしに来たんだ。なんせ、うちの身内が、怪我をさせられたんでねぇ」
「身内だと?」
「ドワンゴさん、アンタの娘のメイドをしてたのは、うちの孤児院の出身でしてねぇ。花瓶を投げつけられて頭蓋骨を割られ、腹を蹴られて、内臓破裂寸前だったんだよ!」
ジャックは、あえて、言葉遣いを荒っぽくした。怪我をした女の名は、クイーン。ジャックと同じ日に、孤児院の玄関に置き去りにされ、同じように名前を与えられた娘だ。
『孤児なのに、クイーンとは、洒落が効き過ぎよ』
と本人もよく笑っていた。
双子のように育ったジャックにとってクイーンは、初恋の女。独り立ちする時、無理にでも、商会に引き込んでおけば良かったと後悔しても、もう遅い。
命に別状は無かったが、今後、三ヶ月は退院出来ないと医師は言っていた。
「診断書も、同僚の証言もある。尻の毛一本残らないように、全財産毟り取ってやるから、観念しな!」
啖呵を切って、ジャックは、ドワンゴの店を後にした。商売柄、優秀な弁護士も顧客にいる。
既に、ブリリアント男爵家への不法侵入罪で、ラビナを訴える手続きをしてくれている人だ。シャーリーの結婚に、ケチを付けただけでも許せないのに、私怨も重れば、ジャックの怒りは止まることを知らない。
『商売でも、ガチンコ勝負だ。夜逃げするなら、今だぜ、ドワンゴ』
見た目ばかり豪華なドワンゴ商会の店を見上げ、ジャックは、フンと鼻を鳴らした。
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