第十ニ話グレーゾーンな眼鏡
マックスは、シャーリーとの時間を少しでも作る為に、朝、馬車で学校まで送るという苦肉の策に出た。
正直、魔法士団のある庁舎とは真逆にあるため登庁時間が遅くなる分帰宅時間も遅くなる。
それでも平日も会えるなら元気百倍だとシャーリーを説得し、男爵家のボロ馬車で彼女と登校タイムを楽しんでいる。
今日も、彼女の方から近況報告があり、マックスは、興味深げに耳を傾けていた。
「留学生のお世話ですか?」
「はい、そうなんです」
シャーリーは、ちゃんとマックスの顔を見ながら答えるようになったわけではない。
前回の気絶二連発事件を教訓に、マックスが、眼鏡を掛けるようになったのだ。無論、魔法学園首席が持っているものなのだから、ただの代物じゃない。
『認識阻害』と言う魔法が掛けられており、隠密行動をする時などに魔法士団ではごく普通に使う物らしい。お陰で、今のマックスは、シャーリーの目には、整ってるが、印象の薄い感じに映っている。
マックスは、シャーリーに対し、
『この認識阻害の精度を徐々に下げていくので、俺の顔に慣れていって欲しいです』
と言っている。
『本当に、ご迷惑をおかけして、すみません。』
眼鏡を見る度に謝りたくなるシャーリーは、今日も、ペコペコマックスに頭を下げている。これでは、どちらが伯爵で、どちらが男爵なのか分らない。
今日は、交換留学生のお世話をすることになったお知らせと、暫く会える頻度が少し減ることへの謝罪が重なったので、更にペコペコ度合いが加速していた。
「東方にある『ジポーノ』と言う島国から来られるのですが、うちの学園で、そちらの言葉を話せる学生が、私しかいなくて」
「いや、話せる人がいた事に驚いています」
「そうですか?外務局の方に、数名いらっしゃいますが」
「・・・」
無言になったマックスに、シャーリーは、首を傾げる。
「私、何か変な事、言いましたでしょうか?」
「いえ、ただ、多分、その『数名』って、外務局第一課の方ですよね?」
「そうですけど」
「それ、国交の精鋭部隊ですよ。そこに数名しか居ない事に、もう少し疑問を持たないと」
「そうなんですね」
どうも、まだピンときていないシャーリーは、首を傾げたままだ。なんとなく、褒めてくれているような気がして、
「ありがとうございます?」
と疑問形で聞いた。全くもって、ことの重要性は理解できていない。国でも数少ないジポーノ語が話せる高官は、外務省でも将来が安泰だと言われるほど希少な存在だ。それを学生が操れると分かれば、囲い込みに走られるのも仕方ない。
きっと今頃、外務省のトップは、エンジェル伯爵家に、娘さんを下さいと頭を下げていることだろう。
「何にお礼を言われているのか、何となく分かりますが、誉めていませんからね。危機感を持って下さい」
「はぁ」
「貴女ほど優秀な方を、国が放って置くわけ無かったんだ」
ガックリ肩を落とすマックスに、シャーリーは、首を傾げるばかりだった。
仕事場につくと、息をつく間もなく大きな人影が近づいてきた。
「おうおう、また、物騒なもん掛けてるじゃねーか」
一応魔法士団のトップであるシュリーマンが、朝帰りそのままの気崩れた格好でマックスの前に立ちはだかる。
「シュリーマン団長、酒と香水の匂いが臭いです」
早々に上司を敬う心を捨てたマックスは、鼻を摘み体を後ろに反らせる。そこに追い打ちをかけるように、シュリーマンが顔を近づけてきた。
「へー、こりゃまた、精密な術式を上掛けしたもんだ」
「あ!返してください!」
眼鏡を毟り取ったシュリーマンは、ひっくり返したり、振ったりしながら何かを確かめている。取り返そうとジャンプするが、身長十センチ差に腕を上に伸ばされては届きもしない。
この眼鏡は、魔法士団支給の物にマックスが手を加え、流す魔力量を調節することで認識度合いも調整できるようにした改造品だ。
しかも、相手に全く不快感を与えず、好感度を微弱に与えることが出来る。
緊張しがちなシャーリーをリラックスさせ、会話をしやすい雰囲気になるよう設計されていた。
『ちょっと、ズルをしてる気もするが、友好を深める為には致し方ない。』
マックスの気持ちも分かるが、やり口は魅了魔法ギリギリのグレーゾーンである。
「コレ、量産できるか?」
「いえ、常に俺の魔力を流し込まないと、動かないんで」
「なんでー、役に立たねーな。コレ一本あったら、潜入捜査なんて、チョチョイのチョイだろうに。ここまで、相手に顔を認識させず、懐に入り込めるブツは、初めて見た。こんな物騒なもん、何の為に作った?」
探る目が、怖い。答え次第では、国家反逆罪で、投獄されそうだ。
「婚約者が」
「ん?婚約者?」
「俺の顔を見ると、気絶するんで」
「は?」
団長の間抜けな顔を、マックスは、初めて見た。
部下の説明が進むにつれ、笑いを堪えて苦しそうに悶え始め、最後には、背中をバンバン叩きながら大笑いした。
「はぁー、その顔も、エンジェル伯爵令嬢には、使い道ねーな」
ひとしきり笑いまくって満足した団長は、マックスの頭をワシャワシャと撫でた。力任せで、結構、痛い。
「あ、そうだ、団長」
「なんだ?」
「『ジポーノ』から来られる第二皇女さまのご学友に、俺の婚約者が選ばれました」
「ほぉー」
団長の目が、鋭くなった。第二皇女様は、名目は留学生扱いだが、第三王子の婚約者候補に相応しいかを判断する為に呼び寄せられた。
国交を結ぶことになった両国での、政略結婚の意味を持ち、魔法士団にも、護衛要請が来ている。
「なんで、そんな事に?」
「『ジポーノ語』を話せるそうです」
「・・・マジか?」
「本人は、その希少性に、気づいていませんが」
ジポーノ語は、俺達の言語とは違う、難解な文字を使う。
一文字一文字に意味があり、それを組み合わせる為に、膨大な知識量が必要なのだ。
「それが本当なら、外務局が放って置かないだろうな。他に、何語を話せる?」
「彼女は、『一般教養レベルの言語なら話せる』と言ってますが、彼女の頭は、『一般教養』とは程遠いですから」
「なるほどな。ったく、才能豊かな婚約者を持つと、お前も気苦労が尽きないな」
「はい」
しっかりと捕まえて置かないと、どこまでも飛んでいってしまいそうなシャーリー。
「本当に、勘弁して欲しいです」
愚痴るマックスを見て、シュリーマンは、
『お前も、大概だかな』
と思ったが口にしないことにした。その方が、今後も楽しめそうな予感がしたからだ。
あた~らし~い~あ~さがきた~
き~ぼ~の~あ~さ~だ~
ラジオな体操と共に今日も暑さに負けず頑張りましょう。
今晩も来てね♪




