黒くてしゅわしゅわの
缶の蓋を開けると爽快な音が響いた。離れていても聞こえるほどの喉越し。
「クゥ! トレビア〜ン!」
「料理長好きっすね〜それ」
「当たり前ダーネ! 弾ける炭酸とこれでしか味わえない幸福感! 一気飲みして悶えるのも楽しみなのさ☆」
「俺の世界でも大人気でしたからねぇ⋯⋯それ」
「やはりそうか⋯⋯この世界でも八割の人々は毎日これを飲んでるからね。初めて見た時は黒くて引いてたけど今ではこれがないと生きていけないのさ☆」
「コーラかぁ⋯⋯」
「おい飼い主!」
「腹が減ったぞ!」
「ん? そうだな。そろそろなにか作らなきゃだな」
俺が料理を奮ってから、ポメラニアンは食いつくのをやめてくれた。ただその代わり、時計よりも正確な胃袋⋯⋯毎日同じ時間に催促しに来るようになった⋯⋯
「コーラで料理を作れないか何度も試したけど、美味く作れた事がないんだよねぇ⋯⋯鍋を作ったり、お粥を作ってみたり⋯⋯汁を変えただけなのに何故上手くいかないのカーネ!」
「さすがにそれは⋯⋯」
「炭酸か」
「それ嫌い」
「ん? ポメラニアン様は苦手なのですか?」
「しゅわしゅわで」
「舌がおかしくなる」
「ナールほど! それは仕方アーリません!」
「コーラか⋯⋯一応料理あるな⋯⋯」
「!? 飯郎様! 本当にデースか!?」
「お、おう⋯⋯」
目が燃えている⋯⋯興奮しているのか、むちゃくちゃ息が荒い。もう何度も一緒に料理をしてきたけどこれは本気なやつだ⋯⋯
「こ、コーラ煮っていって手羽先を煮るんだけど⋯⋯」
「トレビアーン! まさに! 私が探し求めていた料理ではアーリませんか!」
「うげぇ⋯⋯」
「飼い主⋯⋯それ美味しいの?」
「美味いぞ? 味のついた手羽先だし。ついでに大根とか入れてもいいかもな〜」
「味しみ⋯⋯」
「大根⋯⋯」
【飼い主! それ食いたい!】
しっぽが揺れ、腰が揺れ、足を地面にばたつかせて、息ぴったりハモった二頭。
「うし! 今日はそれで行くか!」
「コーラの煮物⋯⋯ワクワクが止まりません!」
「それじゃあまずは、大根の皮をピーラーで剥くぞ〜」
「ほうほうそれで〜?」
「次に大根を縦に切る! 」
「丸の大根が出来上がりマースね!」
「で、大事な隠し包丁を入れる! 味を染み込みやすくする為だ。大根の角をぐるっと一周する。和食では面取りって言われてるやつだ。そして十字にバッテンを入れる!」
「ブーティフォ⋯⋯とても美しい⋯⋯」
「次に生姜を縦に切る。これは五、六枚あればいい」
「擦りおろしじゃないのデースね」
「そうだ。こいつは煮る時に浮かべとくんだ。次にネギ頭だけを切る。緑の所だな」
「ほうほう⋯⋯それだけなのデースか?」
「こいつも煮る時に浮かべるんだ。ネギ頭は何にでも使えて便利だから覚えておいた方がいいぜ!」
「なるほどデース! 今度炊き込みご飯の中に入れてみマース!」
(それは美味しくないんじゃ⋯⋯)
「包丁はこれで終わり! ここまで来れば楽勝だ!」
火をつけて少し多めの油。温まったら手羽先をフライパンに並べていく。
「こんがりと焼き色がつくまでだ。火の通りは考えなくていい」
「肉!」
「食いたい!」
相も変わらず、つぶらな瞳でよだれを垂らす二頭。
「待て待て! いい子にしてないとご飯抜きにするぞ?」
「か、飼い主よ⋯⋯」
「それは酷いぞ⋯⋯」
「食堂で待っていてくだサーイ!」
料理長に抱えられ、外に連れ出された二頭。
「さて、両面に色がついたら一度取り出す。そして大根を入れる!」
「ほう⋯⋯その心は?」
「肉から出た油を大根に吸わせるんだ。ある程度色付くまででおっけーだ!」
「ナールほど! 大根をワンランク上に上げるのデースね!」
「そゆこった。で、大根にも焦げ目がついたら手羽先を戻して⋯⋯お待ちかねのコーラをイン!」
鍋に注がれるコーラ。泡が膨らみ、食材たちを覆い尽くす。
「ほとばしるコーラの香り! ここまでは美味しそうデース。ただ! 私も幾度となく挑戦し、失敗してきまーした。なのでまだまだ分かりまセーン! 」
「泡が落ち着いたらネギ頭と生姜を浮かべとく、そんで料理酒を一回し。アクが出てきたらそれを取って、後はアルミホイルを被せて放置!」
中火でコトコト。グツグツと、煮てる音が食欲が掻き立て、まだまだかと腹が主張してくる。
「そろそろどうかな〜?」
アルミホイルをはずすと甘い香りが漂ってきた。少し感じる生姜と手羽先の匂い。かさが減り、少しのとろみがついてる見た目。
「おっほ〜! いいにお⋯⋯い⋯⋯? コーラの匂いが無くなってマース⋯⋯」
「炭酸も抜けたし、食材色々入ってるからな」
「ま、まぁ⋯⋯確カーニ⋯⋯」
少しテンションが下がる料理長。あくまで調味料としてコーラを使うだけであって、主役ではない。
「大根に箸が通ったら、ここに醤油を三回し、そしてお酢すこーし入れる。んで、ネギ頭と生姜はここで取る!」
強火で煮詰め、鍋を回す。ブクブクと勢い増して温まり、音が激しくなる。しばらくすると残ったコーラに照りが付き、粘度が出てきた。
「トレビア〜ン! て、手羽先達が光り輝いて!」
「汁が煮詰まってタレがよーく絡んだら完成!」
「は、犯罪的なビジュアル! 見てるだけでご飯が食べれちゃいますぞ!」
◇◇◇
「さて、お待たせしました〜今回の料理はコーラ煮です!」
「お? コーラで肉を煮ると聞いた時はいくらなんでもと思ったが⋯⋯むちゃくちゃいい匂いがするな?」
「姫龍〜こいつは美味いぞぉ?」
「あ! 兄者よ! こいつは⋯⋯」
「お、弟よ! これは⋯⋯」
【絶対美味い!】
皿に盛られた手羽先と大根。香ばしい醤油とスッキリとした酢の香り。照明で反射し、タレたちが光り輝いている。
「それじゃあ⋯⋯いただきマース!」
「な、なんじゃこれは!? ホロホロの肉! そこに醤油とお酢のコンビネーション! うおおぉぉ! 米が進むぞ!」
「兄者よ! これは骨まで食えますぞ!」
「弟よ! 大根も味しみでうまうまだぞ!」
全員音を立て、かぶりついてる最中、一人だけが悶えていた。響いた、机を叩く音。
「た、確かにこれは美味しいデース。ただ⋯⋯コーラの味がしない! もう我慢できまセーン!」
おもむろに立ち上がり、持ってきた缶。全員に聞こえた炭酸の音。
「お、おいまさか料理長⋯⋯」
「待て待て! 早まるな!」
「うそ⋯⋯」
「だろ⋯⋯」
全員が思わず唾を飲み込んだ。やるはずない⋯⋯流石の料理長でも⋯⋯世界一コーラを愛している男でも⋯⋯皆が首を横に振った。
「この素晴らしい料理に⋯⋯コーラが加われば⋯⋯」
傾けられた缶。少しずつ角度をつけて、盛られた皿に近づく。
【や、やめろ!!】
全員の悲鳴に近い声。ただ料理長にその声は届かなかった。
「ふっふっふ⋯⋯」
おもむろに泡立つ皿。それを見て笑みを浮かべた料理長。
「あ⋯⋯」
それを見て絶句し、全員箸止まった。
「これなら確実に美味しいデース!」
そう言って、油の浮いた皿のコーラを流し込み、口に手羽先を運んだ。
「う、う、⋯⋯美味い⋯⋯デース⋯⋯」
口を開けて白目になり、言い残すように倒れた料理長。床に倒れた振動でお皿には炭酸の泡が浮かび上がった。




