二首ケロベロス
「ぐぁぁぁぁ!!」
早朝、日の出が顔を出し始めた頃。辺りの鳥たちが声に驚き次々と一斉に飛んで行った。麦わら帽子を被り、服に泥が付いた果樹園農家の男が勢いよく扉を開けた。
「りょ! 料理長!」
キッチンに響き渡る大声で入ってきた。
「 グッドモーニング〜どうした? 」
「く、果物が⋯⋯全て食べられてしまいました!」
「⋯⋯エ?」
男の話を聞き、急いで駆けつけた果樹園。そこでまた一つの悲鳴が聞こえた。
「ンノォォォ!!」
土に頭が沈むほどの勢いで倒れ込む料理長。
「な、なんて酷い⋯⋯犯人は分かってイールのですか?」
迫真の面持ちで問いかけたその言葉に、顔を引きつらせ、拳を丸め、恐る恐る口を開いた。
「二首ケロベロスの仕業かと⋯⋯」
「ま! まさか!? あやつは数日前に食料庫を空にするほど食べたはず! こんな短い期間に現れた事など⋯⋯」
「でも、考えられる人物はそれしか⋯⋯動物についばまれたぐらいならともかく、果樹園の果物、丸ごと全てを跡形もなく消せるのは⋯⋯」
「ヤツしか居ない――そういうことボーノね――」
◇◇◇
「ほへぇ〜そんな農家の敵みたいなやつが居るんですね〜」
俺は今朝起きたその話を料理長から聞いた。涙を浮かべ、天を仰ぐ様子。顔についた泥の汚れからも容易に想像できる絶望。
「料理長、気になってたんですけどそいつどんなやつなんです?」
濡れタオルを渡しながら聞く。
「そいつはね〜この世界の地獄を管理してる人物の一人⋯⋯」
(ん? 地獄?)
「地獄の門番と呼ばれる人物、三つ首のケロベロス! 四足歩行の生き物でありながらその名の通り、それぞれの意志を持った首を三つ携えた賢き⋯⋯」
(なんだよそれ、見るからに恐ろしそう⋯⋯)
「犬だ」
「⋯⋯はい?」
俺は思わず洗っていたスプーンを落とした。
「い、犬って⋯⋯あの?」
「そうだ。大変キュートでプリチーなあれだ」
「⋯⋯? そ、そんな可愛い生物が地獄の門番を?」
「いやいや、その地獄の門番をしている三つ首ケロベロスは大変恐ろしい。ヤツが本気を出せば三日でこの世界を終わらせれるであろう」
(え? なんか急にやばいこと言い出してない?)
「ただ安心してくれ飯郎様。今回の果樹園を荒らしたのはその三つ首ケロベロスの四十二人目の子供のうち、下から二番目の四十番目の息子、二首のケロベロス、ポメラニアン様だ」
「⋯⋯?」
目が点になるとはこの事か。意味がわからなすぎてまぶたを閉じることしか出来ない。
要するに地獄の門番の四十番目の息子が今回の犯人で、そいつの名前はポメラニアン⋯⋯?
(完全に犬じゃねぇか⋯⋯)
「そ、そのポメラニアンは二首なんですね⋯⋯」
「その通り〜なんでもそのポメラニアン様は史上初の二首で生まれたのデース! それはそれは地獄の人々は喜ばれたようです〜」
(地獄の人々⋯⋯)
『タダ〜? 地獄の門番様は 「え、なんで首一つないの⋯⋯気持ち悪⋯⋯」そう言ってポメラニアン様を捨てられたそうです〜』
「サラッと言ったけどむちゃくちゃ酷いことしてない?」
「そんな時〜姫様のお父様であられる暴虐ノ鮮血、龍神様〜が引き取られたらしいのデース!」
「姫龍のお父さん、明らかに普通じゃないよね? 名前からして絶対ヤバいよね?」
「そんなこんなで〜この城に来ることになったのですが、ポメラニアン様はその⋯⋯大変食い意地が⋯⋯」
「なるほどな〜躾に失敗しちゃったと」
「ま、まぁ⋯⋯言ってしまえば⋯⋯」
背伸びして洗った食器を棚に片付ける。
「そのポメラニアンて今はどこにいるんだ?」
「それがですね⋯⋯この城中に隠れてしまい、見つけられないのです。見つかるのは歯型のついた食べ物だけで⋯⋯」
「なるほどなぁ〜コソコソ隠れ回っては今回みたいに食べ物を盗み食いすると」
「はい⋯⋯お陰様で毎日食べ物が無くならないか、不安に駆られる毎日を送っておりマース⋯⋯」
背中を丸くして視線が下がる。声のトーンも段々低くなって。
「(あの料理長がここまで落ち込むなんてな⋯⋯)まぁまぁ! 元気だしてください! デザート作っといたんでそれでも食べて!」
それを聞いた途端みるみる伸びた背筋。
「トレビアーン!」
いつも以上に高くなった声。
「飯郎様⋯⋯ありがとうございます。そうですね、落ち込んでても変わりませんね。デザートでも食べて気分を盛り上げマース!」
「そうですよ〜そっちの方が料理長らしいですって!」
そう言って俺は冷蔵庫から冷えたプリンを取り出した。俺が動く度に、ぷるんと横に動く。
「おほぉ! プリンが一から作れるとは驚きデース!」
「どうぞ料理長!」
皿の上に盛られたプリン。上にかかったカラメルが香ばしい香りを引き立てて、渡されたプリン。
その時、
「いただきだぜ!」
声が聞こえた。
「うん?」
料理長も声が聞こえたらしい。二人して辺りを見る。
「なんの声?」
「わ、わからないデース⋯⋯」
目線をプリンに落とした。その時、先程まであったはずのプリンが無く。
「あれ? プリンは?」
残ったのはライトの光が反射して輝く、白のお皿。ただそれだけ。
「兄者! これむちゃくちゃ美味いですぞ!」
「お、弟よ! 少し食いすぎではないか? 我の分が少ないぞ」
「兄者よ! 口が止まりませぬ!」
むしゃくしゃと聞こえる音と声。振り向くと左右に動く黒いしっぽが見えた。
「ンノォォォ!!」
絶望したような顔で声を上げた料理長。
「ど、どうしたんですか!?」
震えた手で指を指した。
「あ、あいつらは⋯⋯あいつらが⋯⋯先程言ってたポメラニアン様デース!」
「え!?」
「おいそこのお前!」
「この料理はお前が作ったのか?」
背中越しから声がした。
「え? そうだけど⋯⋯」
「そうか。弟よ? どう思う?」
「兄者よ。 この者が探していた人物かと」
ゆっくりと。こちらに振り向く。背中としっぽしか見えなかったのがどんどん露になる。
「人間よ! お前こそが」
「我らの飼い主にふさわしい!」
鼻息荒く、こちらを見る二つの顔。
「⋯⋯顔までポメラニアンじゃん⋯⋯」




