異世界初めての料理
「それじゃあ、まずは玉ねぎの皮を向くぜ」
「かなり手慣れてマースね。ただ、玉ねぎ一つで食べれるほどお肉は甘くアーリません!」
「りょ、料理長の言う通りだな。幾度となく肉は食べてきたが、せいぜい焼くだけだ。それ以上でもそれ以外でもない」
「そうか⋯⋯いつもどんなものを食べてるのか分からないが、今の反応を見るにほんとに美味い肉を食べたことが無いみたいだな」
「なに!? ど、どーゆー事だ!」
俺の言葉に揺れ動く姫龍のしっぽ、それに巻き込まれる料理長達。
「ひ、姫様! あば! 暴れておりますぞぉ!!」
「あぁ⋯⋯すまない⋯⋯」
「コホン、大丈夫ですぞ姫様。それにしても飯郎様よ、先程の発言は⋯⋯」
「すまない、バカにした訳じゃないんだ。ただ、俺がここに居る全員の肉のイメージを払拭しようと思ってな。みんな! 離れてろ」
剥いた玉ねぎ。それをすりおろし器にかける!
「ぬぉぉおお! た、玉ねぎをすり下ろす!?」
「飯郎! 一体どういう事⋯⋯」
興味本位で下ろされた玉ねぎに顔を近づけた、そこに運悪く飛び散った玉ねぎエキス。
「いぎゃあ! 目! 目がぁ!!」
「姫様ァ! 水を持ってき⋯⋯」
のたうち回ったしっぽが料理長に当たった。宙を舞い、厨房から弾き飛ばされた。
「りょ、料理長!!」
部下達が声を上げ、急いで駆けつける。
「うーし⋯⋯擦り終わったぜ。それじゃあ次は肉の下処理〜」
「め、飯郎⋯⋯次は何をするのだ?」
赤くなった片目を擦りながら聞く。
「次はこの肉をもっと美味くするんだ」
「そんなこと出来るのか!?」
「ふん! 飯郎様! そのお話私も聞きたいボーノ!」
お腹を押えながら部下達に支えてもらう料理長。
「まぁやることは少しだけどなぁ〜まずは筋を取る!」
「なるほどですな。それは大切です」
「さすが料理長だ。ここを疎かにしたら全てが台無しになるからなぁ」
「それを取らないと何になるんだ?」
「姫様よ。これを取らないと噛みきれなくて口にいつまでも残るお肉になるのですぞ」
「そゆこた〜さて、お次は。フォークで肉をぶっ刺す!」
「⋯⋯えぇぇぇぇ!?!?」
「飯郎様! 正気ですか!? 死者をいたぶることを⋯⋯」
「そうだぞ! いくら死んだとはいえそんなことをしては!」
「何勘違いしてんだ? これはちゃんとした料理工程だ」
「そ、そうなのか?」
「⋯⋯」
料理長を覗き見る姫龍。ただ、何も言わず首を横に振った。
「大丈夫なのは皮じゃなくて身を刺すんだ。下の皮まで貫通しないようにな」
刺す度に重低音が鳴り響くキッチン。
鳥に穴が空く度にどんどん顔が青ざめる一行。
「う〜し。ある程度刺せたらここに入れる〜」
すりおろした玉ねぎ。水分と少しの果肉に分けられた。その中にお肉を入れる。
「!? な、何をしておる! せっかくのお肉が!」
「大丈夫。このまましばらく置いておきたいが⋯⋯二十分ぐらいでいいか」
「どういう事ですかな? このままお肉を置いておくと?」
「そうだ料理長。玉ねぎのエキス。それが肉に触れると酵素の働きによって肉が飲めるほど柔らかくなるんだ」
「肉が⋯⋯柔らかく⋯⋯」
ヨダレを口横に垂らして、光り輝く目。姫龍のしっぽが今にも暴れだしそうに疼いている。
「玉ねぎにそんな効果が⋯⋯」
「まぁ、論より証拠だ。食って見ればわかる!」
「さて、そろそろいいかな〜? キッチンペーパーあるか?」
「はい! こちらに」
玉ねぎの果肉を落として水分を拭く。
「付けたのに拭いてしまわれるのですか?」
「あぁそうだ。これをしないと焦げちまうんだ。さて、それじゃあここに塩コショウ振って焼くぞ!」
「わかりました。それでは火を⋯⋯」
フライパンを置いて、火をつけようとする料理長。
「いや、ダメだ。火は付けなくていい」
「あ! 申し訳ない。出しゃばりすぎマーした⋯⋯」
「んや、違う。この料理に大事なのは温まってないフライパン。これが大事なんだ」
「そ、それはどういう⋯⋯」
「さて、塩コショウ振れたら油を多めに引く。そして身の方から乗せてそれから火をつける!」
ジリジリと、灯した赤い火。
「わざわざ冷たくする意味とは⋯⋯?」
「まぁそうだな。いくつかあるが、この玉ねぎエキスに付けたのはだいぶ焦げやすいんだ。表にだけ火が通っちまって中は生焼けになっちまう。それとだ。この鶏もも肉で一番美味しいところはどこだ?」
「うむ⋯⋯」
「料理長! そんな難しい質問ではないぞ! 答えは皮だ!」
「正解だ姫龍。 鶏もも肉はついてる皮を育てる料理だ。パリパリになるまでな」
「パリパリの鶏皮⋯⋯」
「火は一番弱火。この料理は忍耐力を使うぜぇ?」
数分炙られた鶏もも。薄く身に火が入る。
「うし! そしたら鶏皮の面にして⋯⋯アルミホイルを被せる! そして肉を上から押し付ける!」
油が跳ねるような激しい音。バチバチとすごい勢い。
「んぁ⋯⋯なんかいい匂いがしてきたような⋯⋯」
辺り一面にただよう焦げた玉ねぎの香り、そして肉の油。
「オウ⋯⋯トレビアーン! なんて美しい⋯⋯」
地面に手をついて倒れる料理長。
「まぁここまでは誰でもできる。ただ、火入れはそうじゃない」
焦がさないように何度もフライパンを振る。五徳に擦れる度にもっと広がる犯罪的な匂い。
「もう食べたい⋯⋯」
口を開けて犬みたいにべろを出す。
「姫様? 少しお行儀が悪いですぞ」
「な、なんの事かなぁ? ただ美味しそうて見てただけだしぃ?」
何度も肉を押し付けて皮を焼く。気を抜けば一気に焦げる繊細な肉に全神経を注ぎ込む。
「ふぅ⋯⋯たまに裏返して身側も少し焼くんだ。フライパンを傾けて肉から出た油で焼くイメージ。揚げ焼きだな」
そこからもう、誰も口を出さなかった。真剣に肉と向き合う飯郎に、厨房にいる全員がそれを見守った。
「うーし⋯⋯そろそろ中まで火が通ったろ〜」
白の皿を手に取って。肉から滴る油を待って。ようやく真ん中に飾り付けられた。
【――完成、シャリアピン鶏ももステーキ――】
皆が飯郎の言った料理名が何なのかは分からなかった。ただ一つわかる。あの料理は今まで食べてきた中でも一番だと。
「ふぅ⋯⋯随分待たしまった。姫龍食ってみてくれ!」
「わ、わかったぞ⋯⋯」
手渡されたナイフとフォーク。切ろうと表面に突き立てた。その時、バリッと音が鳴った。
それを聞いて俺は確信した。
【成功だ】
「な、なんだこれは⋯⋯」
皮の表面をナイフに当てる。鳴り響く音。見て、聞いて感じるバリバリ。
それを断ち切るように刃を入れた。途端溢れ出してくる肉汁。地下水の如く溢れ出る。
それを見た時、全員が唾を飲んだ。
「そ、それじゃあ⋯⋯いただきます」
姫龍の口元まで全員が見守る。名残惜しい。あの肉が一切れ失うのが。
「⋯⋯」
咀嚼する音だけが木霊する。全員が固唾を飲んで反応を待った。
「う⋯⋯」
「う?」
一言。それだけ言った固まった。全員が口を開くのをまだかまだかと待ちわびる。
「うまい⋯⋯」
旨みの暴力が舌全体に広がる。香り豊かな。鼻がもう一つの味覚のように感じる。噛むではない、押し当てた。途端溶けだした肉。繊維が一気に崩れさった。
溶けるような笑顔。それを見た瞬間奪い合いが始まった。
「おいこら! それは俺のだ!」
「いーや! 俺のだ!」
「バカ! 皿ごと奪うな!」
「はいはい喧嘩しない! 今すぐ全員分作るから!」
俺はすぐに厨房に戻った。
「姫様⋯⋯飯郎の腕はどうでしたか?」
「料理長よ。もう、言わんでも分かろう。天下一じゃ」
「それはそれは⋯⋯私も食べてみたいボーノ⋯⋯」
厨房中に響く歓声。今のを見て早速試すシェフ達。料理一つで皆が一つの輪となった。
「兄者⋯⋯むちゃくちゃ美味そうな匂いが⋯⋯」
「待て待て弟よ⋯⋯これは罠だ⋯⋯」
「兄者⋯⋯てことは、これは俺たちを⋯⋯」
「そうだ弟よ⋯⋯おびき出す⋯⋯罠!」
「ひとまずは様子を見ましょうか」
「そうだな。ひとまずは見守ろう」
影から見守る一つの⋯⋯一つ⋯⋯二つの頭。




