最強
「失礼致します。私が料理を作りました、シェフの」
【ウ・コッケイと申します】
慌てた顔で入ってきたエプロン姿一人。立ち上がり、近づくとすぐに分かった。服の染み付いてる匂い。先程の卵焼きから出汁と同じ香り。この人が――
「初めまして。私は飯郎と申します。お忙しい中、呼んでしまってすみません。ただ一つ確認したいことがありまして」
「なんでしょう⋯⋯」
吸って吐いて。ここから先は敵の根城。心して挑まなければこちらが殺られる。
「キッチン見せてください!」
料理人のテリトリー。言ってしまえば心臓。簡単に立ち入らせてもらえる場所では無い。それでも
「申し訳ないです。立ち入ることは――」
「俺違う世界から来たんですよ。料理人として女神様に連れてこられて」
「ちょ! 飯郎!?」
目の色が一気に変わった。オドオドと迷惑な客人に困り果てていた顔から一変。瞳孔を開いて獲物を見つけたフクロウのような。
「我ら種族の前で女神様の名を語ることがどういう意味を指すか。分かりますかな?」
「聞き及んでいます。この世界の誰よりも女神を信仰し、崇めている人たちと」
「よく分かっていますね⋯⋯龍族の姫君よ。今の話は本当ですか?」
「ほ、本当だぞ? 飯郎は実際に女神様に会って地球から来た異世界の者じゃ」
姫龍が動揺するほどの、酷く鋭い眼光。
「なるほど⋯⋯そういうことなら分かりました。案内しましょう。ただし――戻るなら今のうちです」
最後の警告。いくら本当の話でもそう易々とは信じられないのだろう。それにこれがもし嘘だったら、確実に戦争になる。だからこそ聞かなかったことにすると言っているのだろう。
「女神様が連れてこられた料理人。本当ならさぞ確実に凄腕の方なのでしょう。しかし、私のお眼鏡に敵わなかったら嘘だと断定し処刑します」
「うおう! さすがにそれは⋯⋯」
「はーい。お姫様は少し黙ってようね〜私たちが口出し、していい問題じゃないからね〜」
「オウノー!? 姫様の口を塞がないでくだサーイ!」
「それでどうするのだ。引き返すなら――」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
「ンーー!? メシロウ!」
「そうか⋯⋯なら着いてこい」
「ああ⋯⋯」
地球でもあれほどの味は食べたことがない。過去最大の敵にして超えなければならない壁。どんな事でもいい。技術を盗んで一つでも取り入れてやる。
「ちょ! 女神様!? やばいですよ! 飯郎が!」
「大丈夫よ落ち着きなさい」
「女神様⋯⋯私も危険だと思いマース。まさかこれほどの腕とは思っていませんでした。噂通り⋯⋯いえ、噂以上の凄腕。レベルが違いすぎマーした」
「ハーピー族最強の戦士にして最強の凄腕料理人。不味い物を作れば同族だろうと容赦はしない。血で血を洗うハーピー族の中で三十年も料理に心血を注ぎ、歴代で一番と言われ名を轟かせた人物」
「全種族世界一料理王決定戦において十連覇を達成し、殿堂入りを果たした鳥の王と呼ばれた男」
「そして、卵取り扱いマスターの生みの親にして達人級を超えた」
「烏骨鶏改め、ウ・コッケイ」
「女神様! ますますやばいじゃないですか!」
「まぁ大丈夫じゃない? 」
「もう〜! なんでそんな軽いんですか!」
◇◇◇
「む、むちゃくちゃ凄い人なんですね⋯⋯」
「まぁな。これでも料理一筋で生きてきた」
初めて出会った。料理に全てを捧げてきた人物。それも生半可じゃない。第一線で活躍し、歴史を作り引っ張ってきた。俺なんかの理想論じゃない本物。遠くない未来、この人なら必ず成し遂げたはずだ。目指し、掲げた目標。料理革命を一人で。だからこそ気になる。
「なんでそこまで熱中出来たんですか」
俺らの世界とは違う。高みを目指す環境もなければ、理想を追い求める理由もない。出口のない暗闇を彷徨いながら突き進んできたはず。
「⋯⋯理由なんて単純な物さ。何度もされた質問。何故そこまでするのか、何をモチベーションにしているのか、これ以上何を望んでいるのか。その度に俺はこう答えている」
【女神様に美味しいと言ってもらうため】
「どれだけ凄く美味い料理を作っても、自分の料理を食べて喜んでくれても満たされない。最初はただ面白くて始めた、だけなのに。いつしか周りには誰もいなくなっていた。思いきって包丁を置いてみたりしても、頭の中には料理が勝手に浮かんでくる」
話している姿。言葉の節々。全てから感じる孤独。どれだけ凄かろうと、この世界には過剰と言っていい想い。評価されても自分のかけた情熱以上は帰ってこなかったんだろう。
「そんな時思ったんだ。誰なら俺を救ってくれるのか。他の人から見えば異常な思考。嫌なら辞めればいいと軽く言って終わり。だが俺の求めてるのはそんな薄っぺらくない。悩み悩んで空を見上げたんだ。そして気づいた。俺を救ってくれる方の存在がすぐ近くに答えがあったことに」
「それが女神⋯⋯」
「先祖代々今に至るまで、救ってもらった恩を返す。そしていつか俺の料理を食べて貰う事。これが俺の目標。そう思ったら心が軽くなった」
茨の道なんて生ぬるいものじゃなかったはず。俺なら絶対に無理だった。何度も諦めて道を折り返す。いや、進む決意すら起きないだろう。それなのに歩んできた。
「お話聞かせて貰ってありがとうございました」
「いや、つまらない話だったろ? 一人もがくだけのつまらない――」
「何を言ってるんですか!」
絶対認めない。何がつまらないだ。卑屈になることなんてない。本人がそう思っても俺は必ず首を横に振る。ここまで進んだ自分に誇り持てばいい。
「俺⋯⋯すごい感動したんですよ。この世界にあんな美味い料理作れる人がいるってことが。それと同時に悔しかったです。俺には出来ないことをしてて。だから今度は――悔しい思いをして頂きます! 地球の料理人舐めんじゃねぇ! もっと美味い飯食わせてやりますよ! 逆立ちしたって勝てない、弟子にしてくださいって言わせてやります!」
神様。どーせこの展開も貴方の手のひらの上なんでしょ? だから面倒くさくても俺の世話焼いて。救いたいのは世界だけじゃない。自分のせいで不幸になった人々も救う。それが心の内にある数少ない本音。いいですよ⋯⋯今だけは使いっ走りの駒にでも操り糸でもなってやりますよ。
「そうか⋯⋯覚悟はあるのか? レベルの差は感じているのだろう?」
「いやいや、貴方こそ分かっていない。女神に認められた人間がどういうやつなのか」
「いいだろう⋯⋯俺に勝てたら何でも言う事聞いてやる。それこそ弟子にでもなってやる」
「言いましたね? 約束ですよ⋯⋯」
「その代わり負けた時は⋯⋯」
どれだけ格上でも負ける気がしない。この世界に来て初めてのヒリつき。早くなる胸の鼓動。料理で生き、料理で死ぬ。それもまた本望。だが今じゃない。必ず勝つ。そしてウ・コッケイ⋯⋯貴方を神様の元まで連れて行く!




