洗礼
「皆様方、どうぞこちらへ」
一通り遊んだ後、案内されたのは随分縦に長い建物だった。
「し、しんどい⋯⋯」
中は階段だらけ。登っても登っても先が見えない。
「飯郎⋯⋯このままだと日が暮れてしまうぞ」
汗だくで呼吸すらままならない。何度も休憩をせがむ俺と違い、全員息一つ切らさず平常運転。
「すまんが料理長。飯郎を運んでやってくれ」
「お任せくだサーイ!」
背中に乗り、おぶられ、完全なお荷物。どれだけ迷惑をかけているのか。
「ほんと申し訳ない⋯⋯」
「まぁまぁそんなに落ち込むな! 得意不得意があるからな!」
姫龍にけつを叩かれ、慰められる始末。出発前までの意気込みが燃え尽きそうだ。
「島の構造上、面積が限られていますから上に積むのが主流なのです」
「なるほど⋯⋯よく考えられてますね」
空も気軽に飛べて移動も楽ちん。どれだけ積んでも問題が起きない。高層ビルの集合地。この島ならではの建築。
「到着致しました。これより料理が運ばれてきますのでお楽しみください」
やっと着いた目的地。沢山の椅子と長机。それとあちらこちらの壁に吹き抜けの穴が空いてある。
「やっと休める〜」
俺は速攻机に項垂れた。
「美味しい料理出てくるかしら?」
「ご飯だ〜お腹が空いた〜」
「飯郎様の手料理を食べて舌が肥えてしまいマーした。満足できるか不安デース!」
ハーピー族の料理。恐らく卵が出てくるはず。味付けのバランスが顕著に現れて、ある程度のレベルが分かる。不味くしようがないが美味しくするのは難しい。舌触りと火加減が大事になる食材。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
そんなこんな考えてるうちに続々と運ばれてきたお皿達。
「あれ? 腕が⋯⋯」
翼が無くなり完全な人の腕。足はそのままだが、上半身は俺と何も変わらない風貌。
「飯郎よ我らと同じく変身したのだ」
「そういう事です。とはいえ龍族の姫様と比べると中途半端ですがね」
「いやいや〜我らなんか鱗が見えとるからな」
「いえいえ、それこそ龍の証! とてもかっこいいです!」
「そ、そぉか? 照れるなぁ⋯⋯」
この世界の人たちは姿形が自由に変えられるのだろうか。神様だって何度も変身してるし、もしかして獣人族の人たちも⋯⋯
「どうぞごゆっくりお食べ下さい!」
一面に並べられた料理。机が白と黄色に汚染されている。
「卵焼きに目玉焼きにポーチドエッグにゆで卵。おまけに⋯⋯」
コップに注がれたドロっとした液体。表面が気泡だらけの真っ黄色。明らかに濃度がある。
「絶対これ生⋯⋯」
一部に目を瞑れば至って普通。そういえば食にうるさいと聞いた覚えがある。
「それでは⋯⋯いただきます」
まずは卵焼き。表面の焼き色のついた香ばしさと奥底から香る匂い。これは――箸で切り、断面の確認。凄腕の職人と素人違いは中の層を見れば一目で分かる。
「んな!? なに!」
隙間が空いていない。中までびっちりと密度が詰まっている。それにきめ細やか。まさか裏ごし!? 確実に素人には出せない。いや、俺ですら無理だ。思わず手が震える。侮っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。井の中の蛙。この世界に俺以上の料理人はいないと思い、高を括って上を見上げていなかった。
「飯郎どうしたのよ。そんな真剣に見つめちゃって」
指摘されるまで気づかなかった。まるで絵画。芸術とも言える卵焼きに、勝手に眼力が入り込んで見入っていた。
「なんでもないですよ神様。何から食べようか悩んでたんです」
「なるほどね〜箸で掴んだまま、口に入れずに悩むなんて食い意地が張ってるわね」
人に言える立場じゃないはずなのに、痛いところを突かれる。胸の心境を見過ごしたような発言。思わず誤魔化してしまったがバレバレみたいだ。
「流石の貴方も思わず舌を巻いたって所かしら?」
「そうですね。はっきり言って予想外です。――まさか神様、俺が反応するって分かってました?」
あまりにも易々と暴かれる胸の内。まるで分かりきってたと言わんばかりの発言。ほくそ笑んだような表情。
「ねぇ知ってる? 女神の一番好きな料理」
「一番⋯⋯」
何でもかんでも食べるから思いつかない。出会ってから今日まで幾つも提供してきた。でも、言われてみれば聞いたことのない気がする。
「正解わね、それよ」
向けられたフォーク。その先に映るのは今まさに俺の手に持っている。
「卵焼き?」
「大正解〜私の一番の好物〜だから妥協することなく持っている知識の全てを伝えたわ!」
教えるのがめんどくさいと言っていたのに、好きな時だけは真面目に。最後まで面倒を見て。もしかして龍の国を始めとした他の国は多かれ少なかれ、そこまで真剣にならなかったのは好き嫌いのせいじゃ⋯⋯
これ以上考えるのはやめておこう。さすがに身勝手で自己中のレッテルまで貼りたくない。食欲に貪欲なおデブ神として見ているのにクズが追加されたらコンビを解散したくなる。
「とりあえず食べるか⋯⋯」
邪念を捨てて一口。目をつぶり、味覚と嗅覚に全神経を注ぐ。
「やっぱりそうか⋯⋯」
舌と同化する。柔らかくまとまった卵。それを噛み、味わうと綿のようにふわふわとした滑らかな食感。すぐに口の中から消えてしまった。それなのに残り香が口腔に漂い、ありもしないはずなのに噛むのが止められない。そして確信した。匂いの正体。明らかに質の違う存在感。
「パックなんかじゃ出せないなこれは――」
【出汁】
確実に一から取っている。昆布とカツオから取っている和の象徴。手間暇をかけなければ確実に出せない。
「シェフを呼んでくれ!」
この品々を作った料理人。会わなければならない。同じ道を進む者として。拝まなければ後悔する。




