殺人現場
神様から告げられた衝撃の事実。あまりのことに、目が大きく開き、部屋中に聞こえるほどの大声が出た。
外まで漏れ出た声。それを聞き、扉が蹴破られた。
「飯郎よ! 起きたのか!」
粉々になり、飛び散った木くずを躊躇なく踏み、入ってきた。
自分の体感では、ほんの数時間ぶり。だが、実際には二か月らしい姫龍との対面。
「お、おは⋯⋯」
俺のせいでは無いにしろ、かなりの迷惑と心配をかけたはず。ただ如何せん、事実と体感が異なる。久しぶりの感じで声をかけるか、何事も無かったように話すか。あれこれと考えていたら腑抜けた声が出た。
「め、飯郎が子供を産んだあ"あ"あ"あ"!!」
「⋯⋯え」
俺の挨拶は姫龍の驚いた声にかき消された。頭を抱え、信じられないと言った表情。城中、全てに、響き渡った声。ドシドシとした足音が上からも下からも聞こえだした。
「ボーーーノ! 飯郎様が目覚めたのですか!?」
「飼い主!」
「起きたのか!」
「獣人族の地獄耳がはっきりと捉えたぞ! 何が起きた!?」
聞き覚えのある声たち。全員が息を切らして部屋に入ってきた。
「姫様! 本当に目覚め⋯⋯られ⋯⋯ジーザス⋯⋯」
「飼い主! お前が寝てるせいで⋯⋯」
「俺らの飯が⋯⋯」
「おい! ほんとに飯郎が子を出産したのか!」
次から次へと入ってきては俺と目が合った。でもすぐに、全員が視線を下にずらして口数が減った。
「ボンジュール! め、め、め⋯⋯飯郎様が子供を!」
「飼い主!」
「いつ孕んだんだ!」
「どういう事だ⋯⋯毎日確認していたのにいきなり子を⋯⋯」
「飯郎! どういうことじゃ!!」
全員から次々にまくし立てられ、浴びせられる質問と驚き。もはや俺が寝込んでたことを誰も覚えていないのではないか。
「全く! おい小娘! お前はどこの誰じゃ! お前のような者は知らぬぞ! 何処の馬の骨だ!」
俺の膝に乗っている神様を指で突き、睨みつける。普通に考えたらこの城の主である姫龍が怪しみ、警戒するのも無理はないが⋯⋯
「ちょ! 姫龍ダメ! この人にそんなことしたら⋯⋯」
「久しぶりね龍族のお姫様! 前に会った時は貴方を抱っこしてあげたんだけど⋯⋯覚えてるかしら?」
「はいぃ? 私を抱っこ? いつの話をしてるの?」
完全に訝しんだ顔。それはそうだ。会ったことのある神様は偽りの八等身。対して、背丈は姫龍より小さく、完全な子供姿。知りようがない。
「あれはだな、二百年前と少々⋯⋯貴方のお父さんに、娘が産まれたから会って欲しいとお願いされた時だったかしら?」
「父上に?」
ますます険しくなる顔。完全に疑いの目を向けている。
「そうね。その通りは私が数百年ぶりに降り立ったからお祭り騒ぎになったんだけど⋯⋯」
神様もボケているのだろうか。いくら思い出を話してもその姿と一致する訳がない。
長々と話しても答えに辿りつけないだろう。驚くかもだが、ここは思い切って話すのが一番。
「姫龍⋯⋯この人はな?」
「うーん? 二百年前の出来事で印象に残ってるので言えば、女神様が降臨なされたやつではないか?」
「確かに⋯⋯二百年と言われて一番に思い出せるのはこれデース!」
割り込まれ、なんだか盛り上がってる面々。言おうにもタイミングが合わない。
「そうよ! その時に会って私は貴方を抱っこしたの!」
「うーん⋯⋯」
こめかみに指を当てて、何とか思い出そうとしている。眉間に力が入り、上を向いて、唸るような悩んだ声。
「その時まだ我は小さかったからな⋯⋯はっきり覚えておらぬ。微かに覚えているのは女神様に抱かれた事だが⋯⋯」
「そうよ! 覚えてるじゃない!」
「⋯⋯ほーう? おいチビ助、お前は『もしかしてだが、』自分が女神だと言いたいのか?」
少し間があった。それに⋯⋯なんか⋯⋯皆さんの顔が怖いのは気のせいですかね⋯⋯
「当たり前じゃない。この世界に神は一人よ?」
「――そうか――」
冷めたような声。そしてポキポキと指を鳴らした。全員が何やら体を動かし始めた。
「飯郎よ。ちょっとすまぬな」
「ん? どうし――」
【ちょっとこやつ生かしちゃ置けねぇわ⋯⋯】
全員が血走った目に。完全にバーサーカーモード。料理長やポメラニアン、更にはノミマクールまで殺る気。
「ちょ! ちょーっと待っ――」
「お姫様、私の飯郎は役に立った?」
「⋯⋯私のだと?」
当たり前のようにスルーされる俺。とりあえずそこはいい。神様はこの一触即発の空気に気づいていないのか、鈍感なのか、淡々と話を続ける。それを蔑んだ目で見る姫龍。全くと言っていいほどの真逆な空気感の二人が対立している。
「そうじゃない? 私が死んだ飯郎を救ってこの世界に連れてきたんだから。そうよね?」
俺に顔を向けて、主張してくる。まるでアクセサリーやら宝物やらを自慢するように、俺に言ってやれと言わんばかりの目。
「まぁ、そうですね。神様に救ってもらいましたし。ただ、別に俺は神様の物じゃないですよ?」
「え? そうなの?」
「え? そうだったの?」
何をこの状況ですれ違いコントをしているのか。
それに事実とはいえ、さすがの俺に人権はある。
「神様⋯⋯もしかして俺の事、美味しい料理を作る便利屋ぐらいに思ってません?」
「んや?」
上擦った声。間違いなく思ってたな。
「ちょっと神様さすがに――」
「め、飯郎や?」
「ん? どうし⋯⋯え!?」
震えた声の姫龍。顔を向けるとダラダラと汗を流し、全身真っ青。全身が震えていて、カチカチと歯が鳴った。
「も、もしかして⋯⋯その方って⋯⋯」
恐る恐るの確認。今の会話から想像できたのだろう、誰なのか。そして行ってきた数々の無礼。認めたくない現実。すぐにでも俺に否定してほしそうな顔。
「あの⋯⋯皆さん薄々気がついたかと思いますが⋯⋯一応このちびっ子が、皆さんの崇拝している⋯⋯」
【女神様です】
「あばばば⋯⋯」
俺の言葉を聞き、全員が硬直したまま後ろに倒れた。
ドミノ倒しのように次々と地面に頭を打ち、口から溢れ出る泡。顔は青を通り越して白色に。
「⋯⋯神様。どうにかしてください⋯⋯」
「さすがの私でもこれは無理よ?」
「⋯⋯」
まるで殺人現場。ピクリとも動かない三人と二頭。病人の俺が全員をベッドに運び、目覚めるまで見守った。
「⋯⋯なんで俺がこんなことしてんの?」




