え、誰ですか
「あれ⋯⋯ここって⋯⋯」
いつぞやの、立ち篭る霧。初めて女神に会った場所に似ている。
「何が起きて⋯⋯」
当たりを見渡しても何も見えない。突然のことに困惑してる時、
「サクッ」
何か音が聞こえてきた。バリバリと鳴り止まない。それどころかどんどん近づいてくる音。
「な、何が起きて⋯⋯」
全方位から聞こえてきては、足音のように一定のリズムで。
「サクッ⋯⋯パリ⋯⋯ボリ⋯⋯」
意味不明な音に頭が痛くなってきた時、突然霧が割れた。
「ヒサシブリネアイタカッタワ」
「まぶしっ⋯⋯」
なにかモゾモゾとした喋り声のようなものが聞こえた時、突如光りが辺り一面を照らした。
ドスンドスンと巨大な地響きと揺れ。何かヤバいやつが来たと思ったその時、光が収まった。
(誰なんだ全く⋯⋯)
目が少しずつ回復してきた。徐々に見える姿。
(うっすらシルエットが見えてきた⋯⋯ん? 球体? いや、人?)
横幅が大きく、一瞬見間違うほど。ただ、手らしき物が動いている。
(あれは⋯⋯ポテチの袋? さっきの音はこれを食べてる⋯⋯)
「ワタシノセカイハドウダッタカシラ」
(よく聞き取れなかったけど私の世界って言ったか? もしかして⋯⋯)
「神様?」
鮮明に見えた姿。今目の前に映る人物。
「え⋯⋯だれですか⋯⋯」
「ん? もう私の姿忘れちゃったの? 女神よ。貴方を私の世界に呼んだ」
どうやら俺の思っていた人と同じらしい。何せ見た目が変わりすぎて気づかなかったが
「神様⋯⋯太りました?」
前は見事な三段腹だったのが大きくなりすぎて一段腹に。手足はムチムチ⋯⋯どころじゃない。それを通り越してパンパン。針を刺したら風船みたいに空気が抜けそうなほど。
顔は脂肪に覆われていてもはや判別不可避。手足が俺のウエストより太くなって⋯⋯
呼吸をする度に全身が揺れ、荒く、苦しそうに。
「何を言ってるのよ? 私は変わってないわ?」
自覚症状なし。もはや手遅れのレベル。何をどうしたらここまでなってしまったのだろう。
「神様、鏡とか持ってます? ちょっとそれ貸してほしいんですけど⋯⋯」
「いいけど⋯⋯何に使うの?」
手渡された手鏡。自分の顔を写してみても何の変哲もない。ごく一般的な鏡。
「神様⋯⋯自分の顔を見てください!」
「え?」
そう言って俺は手鏡を神様に向けた。これなら確実に気付くだろう、今の自分の顔に。
「な、なによこれ⋯⋯」
(神様⋯⋯残酷なことを言うようだが、貴方は太っ⋯⋯)
「びっくりするぐらい可愛いじゃない私」
「⋯⋯え?」
そんな訳はない。太りすぎて目が腐ったかこの鏡がおかしいか。もう一度鏡を見る。
「俺の顔だ⋯⋯」
おかしな点は見当たらない。
「何がどうなってるんだ⋯⋯」
今度は俺と一緒に神様を写した。これで可愛いと言ったのなら手の施しようがない。
「神様こっち見て!」
「何よ?」
こちらを振り向いてバッチリ鏡に捕らえた。
「⋯⋯はあぁぁぁぁ!? うっっそだろ!」
「なに騒いでるのよ⋯⋯それにしても私の顔美しすぎるわ⋯⋯」
真横には球体。なのに鏡には、偽りの八等身の姿が映し出されている。
「神様! この鏡壊れてますよ!」
「さっき何を言ってるのか⋯⋯貴方バカになったんじゃなくて?」
「いやいや! そんな訳! ってか⋯⋯なんで俺ここにいるの?」
◇◇◇
「なるほど⋯⋯過労でぶっ倒れたんすか」
「そうよ。突然倒れて大騒ぎだったんだから」
神様が出してくれた椅子に座り、お菓子と紅茶をつまみながら何が起きたか話してくれた。
それによると食堂で突然倒れて、意識が無くなったらしい。心身の疲れがピークに達してたとの事。
「みんなに迷惑かけちゃったなぁ⋯⋯それにしても、なんで神様の所に?」
「それは私が呼んだの」
「え? 呼んだ?」
なんでも神様権限で俺の魂だけをここに引き寄せたとか何とか。
「それで⋯⋯何のために?」
「⋯⋯」
俺の疑問をすぐに返さず、考え込んだ様子。
紅茶を優雅に飲み干して、オシャレな受け皿に置き。
マカロンを一つ、二つ、五つ⋯⋯ハムスターのように口に放り込み、やっと口を開いた。
「実は⋯⋯」
深刻そうな顔。神ですら悩みがあるのか⋯⋯今から繰り出されるであろう答えに緊張が走る。
「実は、貴方が私の世界に行ってからずーっと覗いていたの」
「ほ、ほう?」
「美味しそうな料理とか⋯⋯美味しそうな料理とか⋯⋯美味しそうな⋯⋯」
「ん?」
「料理料理料理料理料理⋯⋯」
「え!? 神様!?」
まるで呪怨。呪いの言葉。何度も繰り返される言葉を完全に、きまってる目。
女神と呼ばれる存在⋯⋯それが今、俺の目には
「悪魔⋯⋯」
飯という魔物に取り憑かれた食欲の悪魔が見えた。




