料理人として
まずは玉ねぎの皮をむく。次にそれを半分にカット。
繊維に沿って縦に切込みを。ここでポイントなのは切り落とさず、端のギリギリまでで停める。
次は同じく切り落とす寸前まで横に切込みを入れ、切る! よくある玉ねぎのみじん切り!
「目に染みるぜ⋯⋯」
換気扇を回す。空気中に感じる玉ねぎのエキス。
なるべく切れる包丁と、腰は折らずに遠くから。
顔を近づけると一気に涙が出てくる。
「うし⋯⋯次は牛と豚の合い挽き肉!」
ボールに挽肉を入れ、切った玉ねぎ。
「ここに塩コショウ、酒一回し、ほんのちょっと牛乳、卵を一つ入れて、最後にパン粉!」
山盛りに積み上がった食材たち。これを、
「混ぜる!」
何度も何度もこねる。底の方から手を入れ、手のひら全体で揉む。全てが肉にまとわりつき、粘り気が出るまで。冷えた肉から体温を奪われ、手がかじかむほどに。
「出来た⋯⋯そしたらこれを何等分かにして⋯⋯」
ひとまとまりになった肉。水分多めで少し緩く、柔らかい。だがこれでいい!
「そしたら次は――死ぬ気で空気を抜く!」
手のひらサイズのたね。それを両手で交互にキャッチボール。手に肉を叩きつける。
「それができたらフライパンに油をしく。油が全体に行き渡ったらハンバーグの形に成形して、日を通りやすくする為に、真ん中を少しへこませる!」
フライパンにハンバーグを並べてから着火。中火で初め、温まってて来た頃に蓋をする。
「そしたら付け合せだ!」
大きく立派な緑の房。ブロッコリーの青い香りがしてくる。
「これは茎から包丁を入れて小房に。見慣れてる形にする! それができたら沸騰したお湯でさっと茹でる」
完全にシナっとさせない程で切り上げる。コリコリとした歯ごたえのある状態に。茹ですぎると栄養もどんどん抜け落ちるから最低限に。
「次はじゃがいも!」
芽の出ていない、皮まで食べれる状態のもの。軽く水洗いして、半分に切る。それを更に四分の一程の大きさに切る。ステーキの付け合せについてくるサイズに。
「そしたら耐熱ボウルにじゃがいもを入れ、少しの水。ラップをかけて五分ほど加熱!」
「そしたらその間にハンバーグは⋯⋯」
静かに音を鳴らしている蓋を開ける。うっすらと火が通り、ほんのりピンクがかった色。ヘラを使い、裏返すとこんがりと焼き色が付いていた。
「そしたらここに水を入れて蒸し焼きに!」
一回し水を入れると、水油と混ざり合い勢いをました。すぐに蓋をして、熱と期待を込める。ここで、火は弱火。ゆっくりと中まで火を通す。
「電子レンジは〜?」
ラップを開けると水蒸気が吹き出した。
箸がすんなり通るまで何度かじゃがいもを調整する。それが出来たら、新しく出したもう一つのフライパンに多めの油。少し浸るぐらいまで入れ、ガンガンに油を温める。
「そしたらここに切ったじゃがいもを入れる! きつね色に焦げ目がつくまで揚げ焼き!」
パチパチと音を立て、段々と色づいて来る。
箸で表面をなぞり、バリバリとした音が出ていたら一度引き上げる。
「残った油は別容器に写して〜」
空のフライパンにバターを入れ、溶かす。
そこに再びじゃがいも。バターを吸わせ、まとわりつかせる。塩を適量入れ、味をつける。
テカテカに光り輝くじゃがいもが出来たら完成!
「付け合せはこれでおしまい! さてさてハンバーグは〜」
先程とはまるで別人。ふっくら、おおきく仕上がった。表面の焦げ目からとてつもなくいい香りが襲ってくる。
「念の為、火が入ってるかな〜?」
中心の一番膨らんでいる場所に箸を刺す。赤色の肉汁だったら火は入っていないが⋯⋯プスッと空いた穴。そこから溢れ出る黄金色の肉汁。油が浮き出て、見ればわかる美味いやつ。
「そしたらハンバーグをお皿に乗っけて⋯⋯仕上げのソース作り!」
フライパンの中にある旨みの塊。焼いてる時に漏れ出た、残り香とてらってらに輝く油。火をつけ、そこにケチャップとウスターソース。煮立たる調味料にバターを入れ、フライパンの底についてる旨みたちをこそげ取り、共に混ぜる。火が入り、気泡が浮き上がってきたら完成。
「皿の真ん中にハンバーグ。そして付け合せのブロッコリーとじゃがいも。そこに上から特製ソースをかければ⋯⋯」
【――完成、ハンバーグセット――】
「さて、出来上がったが、ここまでは入口にたっただけ。本番は⋯⋯これから!」
◇◇◇
「龍族の姫よ。この度は我が娘が多大なるご迷惑を⋯⋯」
「ごめんなさい」
「いやいや! 驚きはしたものの迷惑では無く⋯⋯」
料理を運んでる最中、何やら頭を下げている、ノミマクールともう一人。姫龍の動揺と本人からの口ぶりからするに⋯⋯あの人が獣人族の王様⋯⋯
「ん? いい匂いが」
お辞儀の時、鼻がピクリと動いた。しっぽが大きく円を描き、暴れている。
「おお! 飯郎ではないか! 出来上がったのか!?」
「出来たぜ! 渾身のやつが!」
目を輝かせる姫龍。その後ろで顔を上げ、目が合った。
「龍族の姫よ。この方は? それになにやら良い香りがしてきますが⋯⋯」
「獣人族の王よ。この者は女神様が遣わした世界一の料理人。地球を住処に活動をし、異世界から来た飯郎じゃ!」
「なに!? 地球から来ただと! それに女神様に⋯⋯初見だった。すまない、挨拶が遅れて。私は獣人族の王をしている、ヤセガマン・ミズ・ノミマクール・デンジャラスだ」
「ど、どうも⋯⋯」
まさかノミマクールが苗字だった驚きと、親子なのに違いすぎる見た目。姫の方は狼に近しいのに対して⋯⋯ぷにぷにの肉球! 毛の一本一本が艶やかに発光している。目は大きく、瞳が動く。夜目がとても良く効きそうな⋯⋯虎⋯⋯?
差し出された手はものすごく気持ちのいい触り心地。
ただ、
(ネコ科の人からイヌ科が産まれるの⋯⋯)
変なところで感じるファンタジー。地球では考えられない事のオンパレード。
「さて、飯郎よ⋯⋯」
切り出した姫龍。真剣な眼。俺の顔を伺っている。
それに大きく頷き、話し始めた。
「獣人の王よ。この度、獣人族の方々がお目見えすると聞きまして、私が自ら料理を作らせて頂いたのですが⋯⋯御一緒にお食べになられませでしょうか?」
「ほう!」
ピクピク動く耳。対してしっぽは動かず。
「王よ! はっきり言って飯郎の料理はこの世界で一番ぞ?」
期待させるような顔。にやけ顔から予想できる雰囲気。
「それは⋯⋯」
「お父様、私も頂きましたがはっきり言ってレベルが違います」
「おお⋯⋯おお!」
揺れ動く⋯⋯どころじゃないほど動く耳。バタバタと音が聞こえてくる。
「龍族の姫よ。迷惑で無ければ頂こう!」
「もちろんじゃ! それでは食堂に行くぞ!」
◇◇◇
「それではお召し上がりください。異世界で最高峰の肉料理。ハンバーグでございます〜」
被せた蓋を開けた。途端、辺り一面に香りが広がる。
「なんじゃこれは!? コクのあるソースの奥深い匂いと、ガツンと主張してくる肉!」
「これはこれは⋯⋯確かに美味しそうです。ただ⋯⋯」
そう言い、料理に鼻を近づけた。
「唐辛子や辛味のある匂いがしませんな。香辛料はお入れに?」
空気が凍った。明らかに目が泳ぐ姫龍。料理を目の前に暴れていたのにしっぽが落ち着いたノミマクール。
「香辛料ですか⋯⋯」
俺が喋り始めた時、二人が固唾を飲む音がした。
「勿論ですとも! 姫のノミマクール様からお話は聞いていますので!」
目が点になり、明らか動揺する二人。口がパクパク動き、何やら言っている。
(飯郎!? お主嘘つきおったな!)
(この料理に香辛料入ってないんだけど!?)
「それでは頂くとしよう。異世界のシェフに感謝を」
そう言い、ハンバーグを切り口に入れた。咀嚼音が だけが聞こえる。一言目。何を言い出すかと胸がはじけそうだ。
「う、美味い⋯⋯この世の中にはこんなにも美味しいものがあるのか⋯⋯
ソースの滑らかで濃い味と、肉と玉ねぎの言った一体化。柔らかい食感の中にある歯ごたえが癖になる。
肉肉しさと甘みとソースの酸味、どれを取っても再現できない」
その言葉に目と口を開け、胸を撫で下ろした二人。ただ、安心するにはまだ⋯⋯
「所で聞きたいのだが⋯⋯何をお入れに? はっきり言って辛味は感じられなかったのだが⋯⋯」
(やばいぞ飯郎! どうする気じゃ!)
(お父様に嘘がバレたら⋯⋯殺され⋯⋯)
心臓の音しか聞こえない。互いに顔を見合せて、この先の予測不可能な状況を乗り切れるか願うのみ。
「申し訳ないです。嘘をつきました。この料理には香辛料も唐辛子も何も入っていないです」
「⋯⋯」
俺はそう言って頭を下げた。
(飯郎!? なにバカ正直に!?)
「ま! 待ってお父様! 私が頼んだの! だから!」
「静かにしなさい」
その一言。たったそれだけで身の毛がよだつ。あまりの圧迫感と立っていられないほどの睨み。
ただ座っているだけなのに、まるで死の寸前。首元に歯を突き付けられた⋯⋯そう錯覚してしまうほどの。
「さて、娘が頼んだのは分かったが。なぜ君はこの料理を私にだしたのかね? 説明して欲しいな」
「はい」
至って冷静なくちぶり。ただ、顔を上げると。猛獣、手のつけられない虎が居た。生身の人間が逃げ場の檻の中で虎と対面した。相手の気分次第でいつでも殺られる⋯⋯握られた生殺与奪。
「そうですね⋯⋯はっきり言ってこれはただの自己満足です」
「⋯⋯ふむ? それはどういう?」
「聞きました。獣人族の歴史と、なぜ辛味を求めているのか。俺なんかには考えられない人々の想い。赤の他人の俺が口を出していい問題じゃない事も」
「そうか。それならなぜ――」
「ただ、そんな俺だから言える。今の掟はこの時代にそぐわない。それどころか足枷だと」
「⋯⋯なに?」
皿が揺れ、机が揺れ。ミシミシと音を立てる建物。
「うおおう! 待て待て! この城を壊す気か!」
「お前に何がわかる⋯⋯お前に⋯⋯」
震える拳。その手に詰められた想いと責任。苦悩の表情。
「ほんとにそうです。俺に言える資格なんてない。
ただ――今のこの状況をご先祖さまが見たらどう思うか。それなら分かります」
突如弾けたガラスのコップ。粉々に砕け散り、水だけが取り残された。
「そうか――それがお前の遺言か?」
血走る目。おれを獲物と認識した⋯⋯そんなような。
「お父様待って!」
「馬鹿者! 飯郎逃げよ!」
残像。迫り来る虎。二人が走っても間に合わないだろう。
「戦争を体験したばあちゃんから聴いたんですよ」
目の前。ほんの数ミリ。開かれた口、そして牙。
「食べ物なんて無くて、あっても女には回ってこない。その場の空腹を凌ぐために山に行って食べ物を探したり、それでもダメならその辺の草を食べたって」
小さくなる瞳孔。それを聞いて口を閉じた。
「俺が料理人を目指した理由。それは、ばあちゃんのご飯が美味しかったから。毎日たらふく食わせて貰って、その度に俺の顔を見て笑ったんだ。
苦しい思い⋯⋯ 一生分味わった飢えの体験を可愛い孫に味わって欲しくない。そんな想いが」
「⋯⋯」
「ばあちゃんが俺にしてくれたみたいに⋯⋯料理一つで誰かを笑顔にする為に。それが俺の生きる道。そして⋯⋯俺が首を突っ込んだ理由。獣人族の王様よ、もういいんじゃないか。この世には美味しい食べ物が沢山あるんだ。その当時の人達が今の世の中を見たらなんて言うと思う」
俺の言葉を聞き、空を見あげた。思いふけた顔。
「娘よ」
「なに⋯⋯? お父様⋯⋯」
重い沈黙。やっと開けた口。
「お前はずーっと言ってたな。今の獣人族は遅れている、間違っていると。その通りだ⋯⋯分かってた。それなのに⋯⋯私は選べずに居た」
「分かってる⋯⋯お父様だって本当は変えたいと思ってたことも。今の私と同じように行動してたことも」
「違うさ。俺は思ってただけで行動などしなかった。進む勇気が無かったんだよ⋯⋯」
「王様⋯⋯どうするんですか。このまま同じように進むのか、それとも――」
今になって震えが来た。覚悟が決まってたからか、アドレナリンが出ていたからか。ただそれも限界らしい。
「あ⋯⋯やば⋯⋯」
「飯郎!?」
「おい! 大丈夫か!」
崩れ落ちるように体が地面に吸い寄せられた。皆の心配する声と顔。どんどん薄れゆく意識。
(この感じ⋯⋯前にも⋯⋯あぁ、これ死んだ時の⋯⋯)




