↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/29

第27話

 冥王ヴァハル。地上の種族が一生を終えた後に赴く死者の国、冥界を統べる神。その居城へ至る道は長く、険しく、そして……門をくぐる前と変わらず、骨だらけだった。

 つまずいて転ばねえよう、それに間違っても頭蓋骨を踏んづけだりしねえよう、足元に注意しながら歩いてると、時折ひやりと、冷たい視線を感じることがある。

 今も俺、誰かに見られてる気がするんだが。

 足元の骨、骨、骨から目を離し、そっと顔を上げてみりゃ――ああ、やっぱりいたぜ。

 近くを漂う霧の薄紗(ヴェール)。その向こうに、ほのかに青白く光る、ぼんやりとした人影が見える。



 死者だ。



 冥界の門をくぐってから、何度か間近に見て、確信した。あの青みがかった白い人影は、この草木一本生えねえ骨だらけの地、死後の世界の住人たちだ。

 ……地上の種族ってのは、死ぬとあんなふうになっちまうのか。

 人間や妖精(エルフ)小人(ドワーフ)の形をした輪郭こそかろうじて見えるものの、その姿は今にも霧に溶けちまいそうなくらいおぼろげで、表情はもちろん、顔立ちもはっきりしねえ。目を凝らせば、ぽっかりと見開かれた虚ろな眼や(まなこ)、だらしなく開けたままの口がかろうじて見えるが、その瞳に輝きはなく、口許にゃ喜怒哀楽をはじめとした、いかなる感情も表れてねえ。

 大抵は単独で立ち尽くしてるか、すうっと滑るような足取りで歩いてるかのどちらかだが、時折二、三人で肩を並べ、泡でも吹くようなつぶやき声で話してるのが聞こえる。

 たとえば、こんなふうに。


 ――見ろよ、新入りだ。

 ――若いわ。それにちょっと、かわいいかも。

 ――美少年だ、美少年。

 ――あの子、まだ死んでないよ、完全には。

 ――本当だ。身体が時々透けるけど、しばらくするとほら、また見えてくる。

 ――半死半生の者が、なぜここへ? 冥界の掟では、確か……。

 ――死神たちが案内してるぞ。何か理由があるんだろうよ。

 ――特別扱い。なんであの子だけ……。

 ――あぁ羨ましい、妬ましい。


 死者たちのつぶやきに聞き耳立ててると、イシュレイナさんが外套(マント)の上から、肩をちょんと突いてきた。


「聞かない方がいいわ。死せる者の声なんて。気が滅入るだけだから」

「ひぇっひぇ! イシュレの言う通りさね、坊や。現世では『死人に口なし』なんて言うけどねぇ、冥界(ここ)じゃ真逆で、死者はとにかくおしゃべりなのさ。そりゃもう、あたしら死神がうんざりするくらいねぇ……」

「どんなことをしゃべってるんだ? その……普段、死者たちはさ」

「生前の後悔や未練、恨み辛みについてが大半さ。あと、ここでの扱いについて不満をこぼす奴らもいるね――ほぅら、ちょうどあんたのそばに寄ってきた、そいつみたいにさ」

「――へ?」



 とん、とん。



 冷たい手に肩を叩かれ、なんだ、またイシュレイナさんかと思って振り返った瞬間、ぎょっとした。青ざめた朧月のように、かすんで見える人影が、目と鼻の先に。

 俺がドゥザーボ婆さんの話に気を取られてる間に、背後から近づいてきてたらしい。

 遠目にゃ種族はもちろん、歳も性別も定かじゃなかったが、間近に見たところ人間の若い女の人――じゃねえかな。


 ――あなた、見ない顔ね。ここへは今、来たばかり?


 冬の訪れが近い地上で、寂しげに口笛を吹く北風のように、寒々とした声。ぼやけた唇が、かすかに動いてるのが見える。虚ろな瞳に、かすかだが好奇の色が浮かんでるのも。


 ――現世は今どうなっているのかしら? 私、冥界(こちら)に来て久しいものだから、興味があるの。ぜひ聞かせてくださらない? 最近の現世について。


 足音も立てずに、死者は距離を詰めてくる。


 ――あちらに大勢、友達がいるの。あなたを紹介したいから、さあ来て、一緒に。


 死者の隣にもう一つ、さらに一つと、青白い人影が現れた。


 ――さあ、お話しましょう。

 ――私たちと一緒に、さあ、さあ……。


 こっちの意思を確かめることもなく、死者たちは青く透明な手を伸ばしてくる。

 そのうち一つが俺の手首をつかみ、思いのほか強い力で引いてきた。


「ひっ……」


 凍てつくような、なんて表現さえも生ぬるい、その冷たさ。のどの奥から一声、悲鳴が漏れちまう。

 とっさに口を押えたが、遅かった。

 漏れ出た声から、怯えの響きを聞き取ったに違いねえ。ぽかんと開けっ放しだった死者たちの唇が、そろってにぃっと笑みの形をつくる。


 ――かわいい坊や、こちらへいらっしゃい。

 ――怖がらないで、傷つけたりはしないから。

 ――あなたもお友達になりましょう、私たちと。

 ――死後の世界で、一人ぼっちは寂しいわ。けれど、みんな一緒にいれば大丈夫。

 ――あの世の大河も、みんで渡れば怖くない……。


 さっきまでは、確かに女の声だったのに。

 時折くぐもり、低い男の声みてえに聞こえるのは、気のせいじゃねえだろう。

 死者の手が二つ、三つと伸びてきて、俺の腕を、肩を引っつかむ。

 背後からも四つ、五つ……。

 おい。すっかり囲まれちまってるぞ、俺!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。