↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/29

第26話

 そんな経緯があって、四人の死神を道連れに、冥王ヴァハルの許へ向かうことにしたんだが――まさか十八歳で冥界を訪れることになるなんて、思ってもみなかったぜ。


「坊やご覧、あれが冥界の門さね、ひぇっひぇ!」


 出発してほどなく、四人の中で一番年配って感じの死神、ドゥザーボ婆さんが指差したのは、行く手に見えてきた門だった。


 あれが……神話や伝説に名高い、死者の国への入り口なのか。


 高さは俺の背丈の二十倍――いや、それ以上あるだろう。黒光りする御影石を巧みに組み上げて左右二つの塔を築き、間に優美な曲線を描く迫持(アーチ)を設けて、その下で鉄の大扉が開閉するようになってる。槌と(たがね)で塔の壁面や迫持(アーチ)に刻まれ、あるいは扉に打ち出されてるのは、大鎌担いだ骸骨姿の死神たちと、悲嘆に顔を歪めた死者たちだ。

 死神たちの話によれば、ここまでの霧と暗雲が立ち込め、骨に埋め尽くされた不毛の地は、現世と冥界の境界なんだよな。ってことは、つまり――。


「あの門の先が、本当の冥界なのか……」


 俺の独白に応えるかのように、門の向こうから歌が聞こえてきた。



「いざ心せよ――これより先は冥界なり。

 貝の血をもて染め上げたる 紫の衣を身にまとい、

 青く錆びたる(あかがね)の 仮面かぶりし おぞましき神、

 無慈悲な冥王しろしめす 霧立ち込める死者の国。

 汝、ここまで来たりし旅人よ。歩みを止めよ、しばしの間。

 ここが旅路の果てにして、生の終わりなればこそ、

 これより先、一切の望みを捨てずして、立ち入ることは許されず、

 これより先、一度足を踏み入れたなら、引き返すことは叶うまじ」



 いくつもの声が重なり、その場の空気と、聞いてるこっちの心を震わせる、荘厳な合唱(コーラス)だ。歌ってるのは死者か、それともジュスカーメイやイシュレイナさんと同じ死神か。



「今ならばまだ 間に合わん。

 汝、生ける者ならば引き返せ。振り返らずに 現世(うつしよ)へ。

 たとえ退屈なものであれ、辛く苦しきものであれ、人生は一度きり。

 手放したなら何人も 取り戻すこと能わざる 己が命を惜しむべし。

 ゆえに疾く引き返せ、汝が背後(うしろ)に足音立てず、蜘蛛のごとく忍び寄る、

 死神の鎌がその首に、振り下ろされる その前に」



 途中から歌声に合わせて、竪琴の音も響き出した。


「覚悟はよろしゅうございますかな? フランメリック殿……」


 ジュスカーメイの奴が振り返り、こっちを見る。蜘蛛をかたどった仮面の下で、口がにやりと冷笑の形をつくった。


「この門をくぐって、再びこちらへ戻ってきた地上の種族は、いまだ一人としてございませぬ」

「へっ。『お前も絶対戻ってこれないから覚悟しろ』ってことか?」


 そう言外に脅しをかけられたことくらい、俺にもわかる。けど、こっちにゃそんな運命、素直に受け入れるつもりなんざねえわけで。


「だったら、俺がその一人になってやるよ。冥界から現世へ戻ってきた、最初の一人にさ」


 自信ありげに胸を張って、うそぶく。

 死神たちに余裕を見せようと精一杯、粋がってみたんだが、


「――説得力、ないから。その格好で言っても、全然」

「むぐぐ……ッ!」


 イシュレイナさんに傍らからぼそりと突っ込まれ、あえなく空振りに終わっちまう。


「突っ込み容赦ねえな、あんた」


 ちらりと目を下へ向け、自分が今どんな格好でいるのか、改めて現実を見た。左右の腰から股座(またぐら)にかけて、きゅっと締めつけるように密着(フィット)した黒い逆三角形の下穿き(ビキニ)と、それ以外は何も着てねえ裸身を。


「い、言っとくけどな! 俺だって別に、好きでこんな格好してるわけじゃねえんだからな! あんたらに急に攻め立てられて、否応なく脱がされちまったから、仕方なくだな……」


 恥ずかしさで耳とほっぺたが熱くなるのを感じながら、右手の人差し指をイシュレイナさんに突きつけ、ぶんぶん振って弁明してると、


「――生ける者だけよ。そんなふうに、恥ずかしがるのは」


 不意にイシュレイナさんが、そうつぶやいた。他の死神たちと同様、蜘蛛の仮面で隠した顔をちょいと傾げ、わずかに見える口許を、ふっと綻ばせて。


「――恥ずかしいって思うのは、まだ生きてる証拠」

「え……?」

「――希望はあるから、生きてさえいれば」


 この人、今笑わなかったか? ただでさえ仮面をかぶってて顔が見えねえうえに、四人の中でも一際淡白というか、感情を見せねえ人……もとい死神だって、思ってたんだが。

 そうこうしてる間に、冥界の門前に到着した。

 閉ざされた門の向こうからは、相変わらず歌声が響いてくる。



「汝、死せる者ならば是非もなし、いざや先へと進むべし。

 万民受け入れ、一人も帰さぬ門をばくぐり、

 公正無私なる冥王(ヴァハル)が裁き、

 汝の魂 天秤(はかり)にかける審判を、

 受ける覚悟ができたなら。

 おぉ(おそ)るべし、畏るべし。

 死せる者よ聞け、あの神さびし鐘の()を。護り給え、天上の神々よ!

 今来たりしぞ、開門の(とき)

 いざ心せよ――これより先は冥界なり、

 これより先は冥界なり――!」



 歌が終わりに近づくと、門扉の向こうで、かんぬきが外れる音がした。

 ギイィ、と錆びた蝶番を軋ませて、扉が開く。

 こっちの不安を煽るように、少しずつ、ゆっくりと。

 開いた扉の隙間から、冷たい風が吹いてきた。風神ヒューリオスが、俺を冷やかそうと送りつけてきたんだろうか。

 先日の夜、神殿の梁に腰かけ、俺を見下ろしてきた風神の目――瞳の奥に、子供の好奇心と無邪気な残酷さがちらつく眼を、ふと思い出す。


「『護り給え、天上の神々よ!』……か」


 今聞いたばかりの歌の一節を口にして、目を伏せ、かぶりを振った。



 やっぱり神々は――助けになんざ、来てくれねえよな。



 心のどこかで、かすかに期待してたのかもしれねえ。あの賑やか好きな天上の権力者たちが、恩着せがましく「来てやったぞ、ありがたく思え!」とか言って、どやどやと押しかけてくるんじゃねえかって。太鼓(ドラム)や葦笛なんかを手に手に、派手な鳴り物入りでさ。

 冷静に考えりゃ、そんなことはありえねえって、すぐわかる。

 なにしろ自分たちの王、太陽神リュファト(おっさん)が冥界に捕らわれたって聞いても、全然動こうとしなかった神様方だ。ましてや、連中がちょいとばかり興味を持ってるとはいえ、しょせんはちっぽけな地上の種族、しかも「神々(あんたら)が定めた運命に抗ってやる!」なんて息巻いてる人間の俺が、同じような危機(ピンチ)に陥ってるからって、助けに来てくれるはずもねえ。

 門からの風が飄々と、胸の内まで吹き込んできた気がして、左右の肩を両手でぎゅっと抱き締める。


「……っ! ふぇっきしッ!」


 まずい。身体が冷えてきた。背筋を寒気がはい上ってくるのを感じて、思わず身震いする俺。おまけにくしゃみまでしちまって、もうみっともねえったらありゃしねえ。


「……あのさ。何か一枚、羽織るもんくらい貸してもらえねえか? ほら、こんな格好で冥王に会うなんざ、無礼だろ? だから……」


 さっきは強気に振る舞ってたくせに、なに厚かましくお願いしてやがるんだって、自分でも突っ込みたくなるが、さすがにずっとこの格好でいるのは寒いし、恥ずかしい。

 左手で右肩を、右手で左肩をさすりさすり、無理だろうと思いながらも、死神たちに頼んでみた。案の定、ナキシルには冷たく鼻であしらわれたし、ジュスカーメイとドゥザーボ婆さんにゃ腹を抱えて大笑いされたけどさ。

 死すべき定めの人間が、生死の境、現世と冥界の境界を越えようってときに、身なりや礼儀を気にするなんざ馬鹿かって、思われたんだろう。

 けど……どういうわけか一人だけ、俺の願いを無視も嘲笑もせず、叶えてくれる死神がいた。


「……特別、今回だけ」


 イシュレイナさんだ。ぽつりとつぶやいた後に、右手を一回、二回と軽く打ち振り、三回振ると、ばさり。町の広場で大道芸人が披露する手品さながら、手の内から外套(マント)を取り出して、ぱっと広げてみせる。

 頭上は暗雲の黒、周囲は霧の灰色、足元は骨の白と、どこを見ても温かみに欠ける色尽くしだった世界に、鮮やかな赤一色で染められた毛織りの布が、ささやかながら彩りを添えた。


「――これを着て、早く」

「え……いいのかよ?」


 差し出された外套(マント)を前に、とまどっちまう俺。頼んではみたが、どうせ死神たちにゃ相手にされねえと思ってたのに、この人は――どうしてだ?


「おやイシュレ、あんたずいぶん親切だねぇ、その坊やには。ひょっとして、あんたも美少年のよさに目覚めたのかい?」

「慈悲や同情のつもりなら、やめておけ。どちらも死神(おれたち)には無用の感情だ」


 ドゥザーボ婆さんとナキシルが口を挟んできたが、イシュレイナさんは構うことなく、俺に外套(マント)を渡そうとする。


「――凍えるから。その格好じゃ、身体も、心も。死者と違って、生ける者は」

「イシュレイナさん、あんた……」


 まただ。この人さっきも、恥ずかしがるのは生きてる証拠、みてえなことを言ってたよな。

 まだ生きてるんだから、あきらめるな。まるで、そう励ましてくれてるように感じるのは、俺の勝手な勘違いだろうか。


「……恩に着るぜ、ありがとな」


 本当のところはどうあれ、差し伸べられた手を払い除けるなんざ、無礼ってもんだし。礼を言って、ありがたく受け取ることにした。

 今朝はアステルが風邪引かねえように、俺が外套(マント)を羽織らせてやってたのに。今度は俺が、死神のイシュレイナさんに、同じことをされちまうなんてな。

 そう言えば、アステルは今、どうしてるんだろうな? それに何より、デュラムやサーラも。あとついでに、巫女様も……。

 おっと、話がそれちまった。閑話休題だぜ。

 そういうわけで、全裸一歩手前の状態からは抜け出せたものの、あいにく俺の冥界めぐりは、まだ始まったばかりだ。

 外套(マント)にくるまり、その温かさにほっと人心地ついたところで、気を引き締めて、冥界の門を見た。

 開け放たれた鉄の大扉の向こうにゃ、一見こっちと変わらねえ景色――暗雲が垂れ込め、霧と骨に覆われた不毛の地が続いてる。ただ、二つばかり違うのは、あちらこちらに青白い人影……らしきもんが見えることと、霧の向こうにぽつんと一つ、明かりが灯ってることだ。

 人影はおそらく冥界の住人、死者だろう。

 明かりはきっと――冥王(ヴァハル)の宮殿に違いねえ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。