第25話
絶体絶命の危機だとばかり思ってた今の状況だが、前向きに考えりゃ、むしろ絶好の機会じゃねえか……?
なにしろ、俺がこれから行くのは冥界、生ける者は入れず、死せる者は出られねえ冥王の国だ。どんなところなのか、巫女様から話を聞こうとしてた死者の王国へ、半分死んでる――いや、まだ半分生きてる身で行くことになるんだ。しかも親切なことに、死神たちの案内つきときた。
連中の話によると、奴らの主、冥王ヴァハルはどういうわけか、俺に会いたがってるんだとか。
サーラにかけられた呪いが冥界に由来する魔法なら、その秘密は冥王が一番よく知ってるだろう。巫女様も呪いや冥界に関する伝承にゃ通じてるみてえだが、もったいぶってなかなか話してくれねえし、やっと話を聞けることになったと思ったら、今度は俺がまさかの冥界行きになっちまうときた。
こうなったからにゃ、いっそのこと冥界の王に直撃、いや直接たずねた方が、得るもんがありそうな気がするぜ。
問題は、死者の国を統べる冥王が、ただの人間に過ぎねえ俺の問いかけに答えてくれるかどうか、なんだが。幸い、向こうが俺に会うことを望んでるそうだから、少なくとも話をする機会はあるだろう。そこで冥王の心を動かすことができりゃ、呪いを解く手立てを聞き出せるかもしれねえ。それに……捕らわれたおっさん、太陽神リュファトの消息だって、つかめるんじゃねえか。
これから死後の世界へ足を踏み入れようってのに、なにお気楽なことを考えてやがる。捕ってもねえ白鼬や黒貂の皮算用なんざしてる場合かって、自分でも思うけどさ。
神々と出会ってから今まで、自分の弱さ、無力さなんざ、さんざん思い知らされてきたからな。いちいち凹んで、うつむいてたって仕方ねえってことは、とっくの昔にわかってるんだ。
それなら今、そしてこれから、どうするか。
どの道、冥界下りは避けられねえなら、いっそのことふてぶてしいくらいに開き直ってやる。背筋伸ばして胸張って、堂々と死者の国へ乗り込んでやろうじゃねえか。
運がよけりゃ、親父に会えるかもしれねえし。逆に運悪く、二度と顔を合わせたくねえ奴とばったり会っちまうなんてことは、ご免こうむりてえけどさ。
こうなりゃ腹をすえて、とことん冒険してやるぜ。何が待ち受けてるかわからねえ、霧煙る死者の王国を。
「ああ――わかった。それじゃ道中の案内、よろしく頼むぜ!」
俺の返事が、予想に反して明るく聞こえたからだろう。死神たちはかすかにとまどった気配を見せ、仮面で隠した顔を互いに見合わせた。
ひそひそ……。
「おやまあ。死にかけのわりには、ずいぶん生きのいい坊やじゃないかい。顔もあたし好みの美少年だし、気に入ったよ。さぁて、どう可愛がってあげようかねぇ……」
「婆様。どうせあの人間も、今だけの空元気だ。そうやっていつも若い男の死者に入れ込んでは失望しているだろう? 余計な期待は、するだけ無駄だ」
「同感でございますな。この先の大河を渡り、冥界の門を抜ければたちまち恐怖と絶望に打ちひしがれ、砂漠で干からびた木乃伊さながらの醜態をさらすことでございましょう……」
「――どうかしら、それは」
「おやイシュレ、あの坊やの肩を持つなんて、珍しく気が合うねぇ。いつも淡白なあんたが、珍しいこともあるもんだ……」
「――してないわ。肩入れなんて、別に」
とかなんとか、小声で言葉を交わしてるのが聞こえるぜ。
神話や伝説の中じゃ、冷酷で底意地悪い神々として語られることが多い、この連中のことだ。今の口ぶりだと、ここから先、手を変え品を変え、俺の心をへし折ろうとしてくるんじゃねえかな。
もしそうなら、絶対に……負けねえんだからな。
胸の内で意気込みながら、拳を強く、固く握り締める。
冥王の許へたどり着くまでに、俺の心が折れるか、持ちこたえるか、死神たちと勝負だぜ。




