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第24話

「待てよ。俺はまだ死にかけで、完全に死んだわけじゃねえんだろ。だったらあんたら、俺に手は出せないんじゃねえのかよ?」

「ひぇっひぇ、言っただろう? 現世じゃ手を出せないってねぇ。だけど、ここは現世と冥界の境目さね。死にかけてる坊やの腕を、ちょいとつかんで冥界(こっち)へ引っ張ったからって、大したお咎めはないだろうさ」


 耳障りな甲高い声で、そう答えたのはドゥザーボだ。ちょいと背中が曲がってて口許にも皺が目立つ、昔話の老魔女みてえな雰囲気の死神。他の三人と同じ蜘蛛をかたどった仮面のすぐ下で、紫の舌をちらつかせ、かさついた唇をぺろりとなめる。

 まずいぜ。この死神四人組、俺をこのまま冥界へ引きずり込む気だ。そうなりゃ俺は、死者たちの仲間入りをしちまって、二度と地上に戻れなくなるんじゃねえか。


「無駄でございますよ、フランメリック殿」


 俺がそろそろと、腰の剣に手を伸ばすのを見て、死神の首領がせせら笑う。


「今の貴殿は肉体から半ば抜け出た魂にございますゆえ、剣はもちろん、身に着けておられるものはすべて幻。死を受け入れたくない気持ち、現世と変わらぬ姿であり続けたいという思いから生まれた幻影にすぎませぬ。そして、冥界の入り口にて我ら死神が果たすべき務めとは、魂に現実を受け入れさせ、身にまとう幻をことごとく剥ぎ取ることにございます……!」


 瞬時に自分の立ち位置を他の場所へ移す魔法でも使ったのか、それとも単に動きが早すぎて、俺の目に留まらなかっただけなのか。一つ瞬きする間に、ジュスカーメイが目前に迫ってた。鉛色の光沢を放つ蜘蛛の仮面、妖しく輝く紅玉(ルビー)の八つ目――人間の姿をした死が、もう目と鼻の先に!

 息を吞む間もなく、死神の手に握られた鎌剣が閃く。間違いなく斬られた……はずなんだが。


「え……?」


 不思議なことに、死の鎌は俺の身体を擦り抜けた。右の首筋から入って左の脇腹へ、肌も肉も、骨も斬り裂くことなく、すっと。

 痛みはまったく感じなかったし、後から傷口がぱっくり開いて血が噴き出す、なんてこともなかった。ただ……どういうことだ? 斬られた直後、腰に下げてた剣が煙のようにかき消えちまったじゃねえか。鞘もろとも、音もなく。


「なぁにぼーっとしてるんだい。次はあたしの番だよ、ひぇっひぇ!」


 わけがわからず、呆然と立ち尽くしてたところを、続けて襲来したドゥザーボ婆さんに斬りつけられた。今度は背中の外套(マント)が、すうっと消え失せる。


「お、おい……!」


 本当に、一体全体どうなってやがる?

 俺の疑問に答えてくれる奴は、あいにくこの場にゃいねえようで。


「同時に仕掛けるぞ、イシュレ」

「――わかってる。言われなくても」


 次はナキシルとイシュレイナさんだ。左右から袈裟懸けに、傾いた十字を描くように斬られ、胸当てとその下に着込んでた薄上衣(シャツ)が、立て続けに消失した。


「なんだよ、これ……!」


 抵抗らしい抵抗もできず、あっという間に上半身裸にされて、もう何がなんだか。


「まだまだ、我らの務めは始まったばかりでございますよ、フランメリック殿」

「そういうことさね。さあもう一度だよ、ひぇっひぇ!」


 その後も死神たちは、入れ替わり立ち替わり、間断なく攻め立ててくる。


 籠手(ガントレット)腰帯(ベルト)、脛当て、革靴(ブーツ)、靴下。斬られる度に、身に着けてるもんが一つずつ消えていく。

 腰帯(ベルト)が消えたとき、何か足元に落ちた気がするが、それが何か確かめてる余裕なんざありゃしねえ。

 まずい、まずい。このままじゃ俺……。


「――それも脱がすから、悪いけど」

「ま、待てよ! これまで脱がされちゃ俺……あっ! あッ、アッ――――!」


 とどめとばかりに、今度は一人で向かってきたイシュレイナさんにばっさり斬られ、腰から下を覆ってた脚衣(ズボン)まで、霧に溶け込むように消え去っちまう。

 これで俺の肌身を隠すもんは……なんてこった、黒い逆三角形の下穿き(ビキニ)一丁じゃねえか!


「おやまぁ、こりゃ眼福、眼福! やっぱり美少年の下着は、こういう可愛いのでなきゃねえ、ひぇっひぇ!」

「――よだれが出てるわ、(ばば)様。変態ね、相変わらず」

「やれやれ、また始まりましたか。若く美しい男の死者から衣を剥ぎ取ると、その肉体を愛で、興奮せずにはいられない――婆様の悪い癖でございますな」

「ドゥザーボ、今は務めの最中だ」

「なぁに構うもんかい。あたしら、こんな気の滅入る地の底で、陰気な死者どもの世話をさせられてるんだ。こういう気晴らし、目の保養もたまには必要ってもんさね」

「うぅ、なんだってんだよ……なんで俺が、こんな目に……」


 万事休す。丸腰どころか全裸の一歩手前にされちまい、完全に追い詰められた格好だ。この状態で俺にできることなんざ、せいぜい両手で肩を抱くようにして、まっ平らな胸を隠すことくらいだろう。


「――男なら、隠すのは下よ、上じゃなくて」

「わあああッ!」


 急に耳元でささやかれて、跳び上がっちまう俺。


「――驚きすぎよ、あなた」

「あ、あんたかよ、イシュレイナ……さん」


 またいつの間にやら、俺の傍らに来てやがる。


「頼むから、いきなり話しかけるのやめてくれねえか? 何度もやられたんじゃ、寿命が縮んじまう」


 もっとも今の俺は、半分死んでるそうだから、寿命なんざ気にしたって仕方ないのかもしれねえが。


「――もう、わかったでしょ? 抵抗しても、無駄だって」


 俺の抗議はすげなく無視されて、暗に降参を勧められた。


「おとなしくすりゃ、ひと思いに殺してくれるってのか?」


 冷たく一言「正解」って返されるかと思ったんだが、意外にもイシュレイナさんは、かぶりを振った。


「――殺すつもりは、ないわ。少なくとも、あたしは」

「へ……?」


 どういうつもりなのか、たずねようとしたところで、ジュスカーメイが「さて、フランメリック殿」と、口を挟んできやがった。


「これでご自身の無力と、我らの力はおわかりいただけたでございましょう。今一度おたずねしますがこの先、冥界の奥底にて我らが主、ヴァハル神が貴殿をお待ちにございます。道中、案内いたしますゆえ、我らと共に来ていただけますかな?」


 うなずく以外の答えは許されねえって、最初から決められてる問いかけだ。


「――」


 逆らえねえってわかってても、素直にうなずく気にゃなれなかった。

 また透き通り始めた拳を握り締め、無言でうつむく俺。

 こんな危機(ピンチ)に陥ったとき、いつもなら、


 ――まったくもう! あなたって、本当に世話が焼けるんだから!

 ――ふん。言っておくが、次も助けるとは限らんぞ。


 とか言って、世話焼きな魔女っ子と、すまし屋の妖精(エルフ)が助けに来てくれるんだが。さすがにあの二人も、現世と冥界の垣根を飛び越え、この場に駆けつけるなんざできねえだろうし、俺だってあいつらにそんな危険は絶対に冒してほしくねえ。


「――今は従って、おとなしく」


 またもやイシュレイナさんが、不意に耳元でささやいた。びっくりするからやめてくれって、頼んでるのにさ。


「――悪いようには、しないから」


 そう言われて、俺は――固く目をつむって、歯噛みした。

 それから大きく息を吸い込み、溜め息つこうとしたところで、


 ――待てよ。


 と、胸の内で考えた。


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