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第23話

「……っ!」


 死神。その一語を聞いて、即座に地面を蹴った。

 飛びすさって、冥界の使者たち、死を司る神々から間合いをとる。


「――失礼な人」


 お仲間たちの傍らで、冒険者さんがつまらなそうにつぶやいた。


「――助けてあげたのに。正体がわかった途端、離れていくなんて」

「あ……ああ、すまねえ」


 礼儀にこだわるいつもの癖が出て、思わず律儀に謝っちまう俺。


「けど、それじゃ……あんたもその、冥界の……?」


 率直にたずねるのも重ねて無礼な気がして、途中で言い淀んじまう。

 この人のお仲間は、三人とも死神。ってことは、この人自身も、そうなのか。


「――正解よ。残念だけど」


 かぶってた頭巾(フード)に、おもむろに手をかける冒険者さん、もとい死神さん。


「――イシュレイナ。それがわたしの名前」

「あたしゃドゥザーボ。忘れっぽい坊やのために、もう一度名乗っとくよ」

「俺はナキシル。別に覚えてもらう必要などないが」

「そして改めまして、わたくしはジュスカーメイ。冥界において、ヴァハル神の信任最も厚き死神にございます」


 他の死神たちも頭巾(フード)に手をかけ、四人同時に取り払った。あらわになったのは――。


「おい待てよ。なんだそりゃ……?」


 どうしてみんな、仮面なんざかぶってるんだ。四人とも口許を見りゃ、老若男女の違いがあるのはわかるが、顔の上半分を隠す鉛色の仮面はおそろい。頭を下に、(ヒップ)を上に向け、逆さづりになった蜘蛛をかたどった、不気味な(マスク)。そいつが八本足の爪を、こめかみや耳の裏、顎などに引っかけ、死神たちの頭のてっぺんから鼻面にかけて、しっかり密着(フィット)してやがる。鼻にかぶさる蜘蛛の頭にゃ、大小合わせて八つの目があって、嵌め込まれた紅玉(ルビー)が赤々と輝いてた。

 ……ああ。あの仮面にゃ、見覚えがある。いくら忘れっぽい俺でも、あの薄気味悪い造形は一度見たら忘れようがねえ。

 けど、なんで死を司る神々が、あれをかぶってやがるんだか。


「あんたら、その仮面……」

「いやはや、この度は我らが主の招待に応じ、冥界へお越しくださり我ら一同、光栄の極みにございますぞ、ご高名な勇者フランメリック殿」


 俺が問いかける前に、ジュスカーメイが両手を仰々しく広げ、芝居がかった口上を述べる。素顔は上半分が蜘蛛の仮面に隠れてるが、その下に酷薄な冷笑が透けて見えるのは、気のせいじゃねえだろう。

 他の三人も、そろって鉛の蜘蛛がはりついた顔をこっちに向けて、それぞれの性格が表れた口調で呼びかけてくる。まるで、華麗ながらも妖しい仮面舞踏会の場へお客を案内する、接待役みてえに。


「精一杯おもてなしするからねえ、ゆっくりしておいきよ坊や、ひぇっひぇ……」

「早速だが、ヴァハル様が宮殿でお待ちだ」

「――ついて来て。案内するから、わたしたちが」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、あんたら!」


 勝手に「ようこそ、いらっしゃいませ」って歓迎されてるみてえだが、まずはきちんと事実を確認させてもらいてえもんだぜ。


「ここは本当に、冥界なのか? なんで俺はここに? やっぱり蛇竜の(ムシュフシュ)毒にやられちまって、それで……? あとついでに、巫女様はどこ行ったんだよ?」

「落ち着け、人間」


 興奮して、矢継ぎ早にたずねる俺を、ナキシルが冷ややかに制止する。


「そうそう。質問は一つずつするもんさね」


 にたにた笑いを浮かべて、同調するドゥザーボ。


「ともあれ、フランメリック殿が取り乱されるのもごもっともにございますゆえ、おたずねの件についてはお答えいたしましょう――イシュレイナ」


 ジュスカー()()……もといジュスカー()()に促され、冒険者さん改めイシュレイナさんが、人形みてえにこくんとうなずいた。

 ……この人の名前、ずっと前にどこかで聞いたことがある気がするんだが、ありゃ一体どこだったかな?


「――まず、この場所だけど。ここは入り口よ、冥界の」

「厳密には、この世とあの世の境目。死者の魂が現世への未練、生への執着を衣のように脱ぎ捨て、身一つとなって冥界に旅立つ準備をする場所にございます」

「そして貴様は今、完全に死んではいないが生きてもいない。半死半生、死にかけの状態だ」

「え……えぇッ?」


 どういうことだか、意味がわからねえ。


「竜を倒した後、毒にやられて意識を失っただろう?」

「――だから、あたしたちが運んだの。あの〈大巫女〉様に言われた通り、神殿へ」

「そして貴殿は今も目を覚まさぬまま、神殿の一室にて神官や巫女たちの手当てを受けておられる、というわけにございます」


 ま、ますますわけがわからなくなってきたんだが。

 混乱する俺を煽るように、死神たちは縦一列に並んで妙な真似をし始めた。左右の手で押さえた両膝を曲げ伸ばしして、屈み込んでは伸び上がり、また腰を落としては背を伸ばす。同時に上半身を右へ左へ、大きく揺らし、上下と左右の往復運動を組み合わせて、頭と両肩で宙に円を描き出す。

 その奇妙な動きを四人で、後ろの頭が前の頭を続々と追うように繰り返すもんだから、蜘蛛の仮面をかぶった四つの頭がぐるぐると渦を巻き、見てるこっちはその螺旋(らせん)の中へ吸い込まれそうな錯覚に陥る。


「あ、あんたら一体、何やってるんだよ……?」

「わたくしども死神一同より貴殿に捧げる、歓迎の舞にございます。題して『死の舞踏(ダンス・マカブル)』!」

「いや、それ絶対、馬鹿にしてるだろ!」


 ってか、今はそんな突っ込みを入れてる場合じゃねえって。


「俺は目を覚まさねえまま、神殿で手当てを受けてるって言ったよな? それじゃ、今ここにいる俺はなんなんだよ? 偽物か、それとも……」

「瀕死の肉体より半ば抜け出した、魂にございます」


 相変わらずふざけた動きを続けながら、ジュスカーメイがとんでもねえ答えを返してきた。


「な……」


 なに馬鹿なこと言ってやがる――そう鼻で笑ってやりたくても、できなかった。ちょうど今、下へ向けた視線の先で透け始めた手や、反対にうっすら見えてきた足――異様な変化を繰り返してる自分の手足を見りゃ、今の俺は普通の状態じゃねえって、嫌でもわからせられちまう。


「坊やは砂時計を知ってるかい? 瓢箪(ひょうたん)の形をして(ふた)が閉まった硝子(ガラス)(びん)に、細かな砂が入ってて、その砂が上から下へ流れ落ちた量で時間を計る、人間の賢者が発明した道具さね。たとえるなら、その砂時計の上半分が現世で下半分が冥界、砂が坊やの魂さ。要するに、坊やは今死にかけてて、魂の半分くらいが冥界(こっち)へ落ちてきてる状態なのさ。もっとも、残る半分は肉体にしがみついてて、現世(あっち)に留まろうと必死のようだけどねぇ。()()()()()()が消えかけたり、現れたりしてるのはそのせいさね」

「あの竜がしっかり貴様を殺めていれば、話はもっと簡単だったのだが。肉体から完全に抜け出た貴様の魂を冥界最奥の宮殿――ヴァハル様の許へ連れていけば、我らの使命は果たされていた。まったく、我らがわざわざ貴様と戦うよう仕向けてやったというのに、使えない魔物だ」

「仕向けた、だって……?」


 その一言に、こめかみのあたりが、ぴくりと引きつった。


「ひょっとして、巫女様がいきなり俺に竜と戦えだなんて無茶を言い出したのは、あんたらが仕組んだことだったのか?」

「――そうよ。その通り」

「なんでまた、そんなことを?」

「――もちろん、来てもらうため。あなたに、冥界へ」

「貴殿を冥界へお連れすること――それがヴァハル神より我らに課せられた使命にございますゆえ」

「だがこの先の冥界には、命ある者は入れない。だから、貴様には死んでもらう必要があった」

「わからねえ。だったら、あんたら自身が襲ってくりゃよかったんじゃねえのか?」


 こっちが(ドラゴン)と戦ってる間、この四人は俺を遠巻きに取り囲んでただけで、直接手出しはしてこなかった。あれは、どうしてなんだ?


「死神の沽券(こけん)に関わるから、大きな声じゃ言えないんだけどねえ。あたしら死神は、地上じゃ死んだ者の魂を冥界へ導くことはできても、生きてる者の命を奪うことはできないのさ。生き身の者に手を出すなかれ――それが冥界の掟だからねえ」

「だから四人そろって冒険者に身をやつし、この島で賞金首になっていた竜を生け捕りにして、あの〈大巫女〉に引き渡した。『この竜と、最近噂になっている勇者を戦わせてみてはどうだ』と、そそのかしてな」

「〈大巫女〉殿は、貴殿の力を試したいと強く望んでおられましたからな。ちょうどよい手札が見つかったと、大喜びでございましたよ」


 うーん、巫女様。やっぱりあんた、ひでえ人だぜ。


「馬鹿な()だねえ。自分があたしらの手駒にされてるとも知らずに、ひぇっひぇ」

「さて――おしゃべりはここまでにございます」


 ジュスカーメイがそう話を締めくくると、ふざけた死の舞踏(ダンス・マカブル)がぴたりと止まった。


「俺たちと来てもらうぞ、人間」


 すっと背筋を伸ばして、ナキシュの奴が冷ややかに告げる。

 それまでの、こっちを小馬鹿にしつつも歓迎する雰囲気はどこへやら。冷酷な本性を現した死神たちが四人同時に、一歩前へ踏み出した。寸分違わず同じ動きで鎌剣を構え、その切っ先を俺に向ける。

 ただそれだけのことで、ぞわっ――全身の肌が、一気に粟立った。

 押し寄せてくる殺気と、圧迫感が尋常じゃねえ。


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