第22話
驚きの女神ラプサにかけて、冗談抜きでなんてこった。目覚めると周囲にゃ灰色の霧が立ち込め、足元を見りゃ骨だらけだったなんて。
神話や伝説の中で語られる死者の国、冥界そのものといった光景を前にして、自分がどこにいるのか悟るのに、大して時間はかからなかった。
まさか俺……死んじまったのかよ?
そう思って、目の前に手をかざしてみた。はるか東方の国チャナタイでつくられる魔法の品――極薄の絹や陶磁器みてえに、掌の向こうが透けて見えるんじゃねえかって。
果たしてその通りになって、背筋がピシリと凍りついた。
かざした手は一見、いつもと変わらねえ生身のようだが、時折すうっと透き通り、向こうに積み上がった骨の山が見える。しばらくすると元に戻り、ちょいと時間が経てばまた透ける。
自分の手が、そんな奇っ怪な変化を繰り返すのを目の当たりにした、その衝撃と言ったら。
「あ……ああ……うわああ!」
足元から、ぞわぞわと悪寒がはい上がってくるのを感じ、みっともなく悲鳴を上げもしたし、透けた手をぶんぶん振って、恥も外聞もなくわめきもした。「元に戻れよ! 頼むから、なあ!」って。
恐ろしいことに手だけじゃなくて、足まで透けては戻り、戻っては透けてることに気づいたときにゃ、もう何がなんだか。
「どうなっちまったんだよ、俺の身体……!」
巫女様なら、今の状況について、俺にもわかるように説明してくれるんじゃねえか。そう期待して、しばらくあの人の姿を捜し歩いてみたが……駄目だ、どこにも見当たりゃしねえ。
目が覚めてから、時間の神クレオルタはどのくらい歩を進めただろうか。
「やっぱり俺、死んじまったのか……?」
途方に暮れて、とぼとぼ歩きながら、溜め息まじりにつぶやいた。
けど……どうして?
湧き上がった疑問の答えを求めて、記憶の糸を必死に手繰る。
思い当たる原因といえば、やっぱりあの竜――蛇竜に蠍のしっぽで刺され、毒を受けたことだ。竜を倒した後、名前も知らねえ冒険者さんと巫女様に左右から支えられ、神殿で手当てを受けようってことになったところで、俺の意識は途絶えた……はず。
「気を失ってる間に毒が回って、そのままぽっくり逝っちまった……そういうことなのか?」
「――正解よ、半分だけ」
「……っ!」
口から漏れ出た独り言に、どこからともなく答えが返ってきたもんで、びっくりしちまう。
「だ、誰だよ……?」
「――わたし」
「わたしって、一体どこに……」
「――あなたの後ろ」
「だわあああ!」
返答の送り主は、背後にいた。まったく気配を感じさせることなく、いつの間にか。
「あ、あんたは……」
旅人が身にまとう外套、目深にかぶった頭巾。腰に佩いてる、刃が湾曲した鎌剣。蛇竜との戦いに決着がついた後、肩を貸してくれた、あの冷たい手をした冒険者さんだ。
「なんであんたが冥界に? まさか……あんたも死んだのか?」
「――いいえ」
頭巾の下からのぞく、白い顎を横に振って、否定する。
「――元々ここの住人だから。わたしは……わたしたちは」
「……?」
空耳か? 最後の一言だけ「わたくしどもは」「あたしらは」「俺たちは」って、何人かの声が重なって聞こえたぞ。
「ここの住人って、どういうことだよ……?」
「こういうことさね坊や、ひぇっひぇ……」
冒険者さんの背後から、別の人影が現れた。足音を立てず、真横へすっと、滑り出るように。
そして、その背後から、また一つ。
「また会ったな、人間」
そのまた背後から、もう一つ――。
「かの蛇竜との戦い、見事な勝利でございましたな、フランメリック殿」
冒険者さんの隣に並び立った、三つの人影。背丈こそばらばらだが、三人とも冒険者さんと同じ格好で、同じ鎌のような曲剣を佩いた様は、入れ子細工の人形が並んでるみてえだ。
「あんたら、冒険者さんのお仲間じゃねえか」
この三人、最初から冒険者さんの背後に隠れて、正面からだと一人に見えるよう、縦一列に並んでたのか? いや、そんなはずはねえ。さっきまでは確かに、冒険者さん一人だったはずだ。
……いや、待てよ。
「ひぇっひぇ。坊や、まだ気づいてないのかい?」
「鈍いな、人間」
「これはこれは。わたくしどものことをお忘れとは、つれないお方にございますな……」
今まで全然しゃべらねえからわからなかったが、いざ三人が口を開いてみりゃ、それぞれの声と口調にゃ聞き覚えがあった。
冒険者さんも、三人のお仲間も、以前に一度、俺と会ってねえか。一月前に、イスティユの町並みを見下ろす丘の上で、月明かりが照らす神殿の前で――。
「まさか、あんたら……」
「気づいたようだな」
「ひぇっひぇ。ようやくかい」
「いかにも、わたくしどもは――死神にございます」




