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第20話

 すかさず立ち上がって振り返り、視線と剣の切っ先を、頭上の一点に向ける。跳んで転がり、立ち位置を変えたんで真下からはちょいとばかりずれてるが、贅沢は言ってられねえか。

 狙うは竜の胸のど真ん中。そこを斜め下から、両手で柄を握った剣で、突き上げる!


「だァりゃあああッ!」


 剣が竜の胸にずぶりと刺さり、分厚い肉の中を突き進んでいくのが、刀身から伝わる感触でわかる。


「いっけえぇーーーーーッ!」


 まるで自分が伝説の英雄たち――竜を屠り、時に荒ぶる神々にも立ち向かう神話の勇者たちと、肩を並べて戦ってるみてえな興奮、魔法にかけられたかのような高揚感。非日常の感覚に衝き動かされるまま、大地を踏み締める足と、天空に向かって突き上げた剣を握る手に、力を込める。

 まだだ。心臓までもう一押し、あと一息――。

 突然、横合いから邪魔が入った。俺の頭より一回り以上大きく、丸々とした何か――表面に凹凸はねえが、一本だけ、鉤みてえにひん曲がった棘の生えたもんが、右手から飛んできたんだ。ひゅんと風を切り裂く、鋭い音を立てて。


「あ……」


 腰をひねって避ける間なんてありゃしねえ。それが何か気づいたのは、その棘が俺の、むき出しの脇腹をぶすりと刺した後だった。


「ぐあッ……!」


 しまった。こりゃ竜の……奴の(ヒップ)から生えた、(さそり)の尾だ。

 蛇竜(ムシュフシュ)の奴、先端に棘と丸い(こぶ)を持つしっぽを振るって、自分の下に潜り込んでる俺を狙ってきやがったのか。

 のどの奥から込み上げてくる、うめき声を噛み殺しつつ、俺は敵の懐深くに踏み込みすぎた迂闊さを後悔したが、今さら後の祭りだ。

 蛇竜(ムシュフシュ)の前足に潰されそうになったとき、前へ跳んでかわしたのがまずかった。胸の真下から、しっぽが届く場所へ移っちまったのが失敗だったみてえだ。

 脇腹から棘が引き抜かれ、その先から何やら、鼻を突く臭いの汁が滴り落ちる。その紫がかった不気味な色合いを見て、背筋が凍りついた。

 なんてこった、毒かよ!

 目の前の現実を全力で否定したかったが、刺された脇腹に異様な痺れを感じ、否応なく確信させられた。

 どうやらあの棘に、刺し口から毒を注ぎ込まれたらしい。


「この、野郎……!」


 こういう場面じゃ、取り乱して慌てふためくのが自然な反応なのかもしれねえが、俺の場合、腹の底から湧き上がってきたのは怒りだった。


「おとなしく、くたばりやがれってんだ!」


 剣の柄を握る両手にありったけの力を込めて、竜の胸に刺さった刃を、さらに奥へ、奥へとねじ込む。

 とうとう剣の切っ先が、心臓に達したらしい。たまらず竜が身をよじり、天をあおいで絶叫する。

 急所を突かれた竜が苦しみ悶える様は凄まじかった。全身が雷神ゴドロムの稲妻に打ちすえられたみてえに激しく震え、長い蛇の首が、蠍のしっぽが、あたり構わずめちゃくちゃに振り回される。

 断末魔だ。この様子じゃ巨体を支える膝を折って、こっちへ崩れ落ちてくるのも時間の問題だろう。

 となると、ここにいちゃ危ねえな。

 そう考えたのは、竜の下にいる俺だけじゃねえようで。


「お逃げになってください、勇者様!」


 と、巫女様の声が飛んできた。

 見ればあの人、長衣(トーガ)の裾をからげて、こっちへ駆け寄ろうとしてるじゃねえか。いつもは陶然として夢見心地な様子の人なのに、今は珍しく慌ててるように見えるんだが。


「そこにいては、危険ですわ……きゃあ!」


 あ、つまづいて転んだ。


「へっ……あんたそりゃ、心配して言ってくれてんのか?」


 暴れる竜の胸から剣をどうにか引き抜きながら、冗談はよしてくれよって、胸の内で思う。

 俺がこんな目に遭ってるのは、大体あの人が原因だろうに、今さら危険も何もねえもんだ。

 とはいえ俺も、倒れてきた(ドラゴン)の下敷きになって、ぺちゃんこにされるのはご免こうむりてえ。

 ここは巫女様の忠告に従って、逃げるしかねえか。

 だが、いざ危機(ピンチ)を脱しようと一歩踏み出したところで、体に違和感を覚えた。


「ぐ……なんだこりゃ……?」


 足が、ずっしりと重い。いつもみてえに、膝が腰まで上がらねえ。


「くそ……! 毒の、せいかよ……!」


 遅まきながら、そう気づいて愕然とした。

 思ったより毒の回りが早い。さっきは刺された脇腹のあたりに感じるだけだった痺れが、今じゃもう膝のあたりまで広がってきて、俺の歩みを邪魔してる。まるで悪戯好きの小鬼(ゴブリン)たちが、寄ってたかって腰や太腿にしがみついてるようだ。


「こんなときに、ちっくしょう……!」


 毒づきながら、足を引きずって竜の下から出たが、一歩進む度に痺れの度合いは増してくる。おまけに死にかけの蛇竜(ムシュフシュ)まで、死なばもろともとばかりに、俺の足を引っ張りやがるときた。奴が悶絶して振り回すしっぽが、びゅんと風を切り裂き、飛んできたんだ。


「がっ……!」


 身をひねって避けようとしたものの、頭まで痺れてきたのか反応が遅れ、右肩を(したた)か打たれちまう。ふらついたところへ、一旦遠ざかったしっぽがわざわざ戻ってきて、執拗にもう一撃。今度は背後から腰を叩かれ、つんのめってすっ転ぶ。

 うつ伏せにぶっ倒れて、顔面を大地に打ちつけた。口の中に入っちまった土を吐き出して、乾いた笑い声を上げる俺。


「はは……ざまねえな、こりゃ」


 この間抜けさ加減、みっともないったらありゃしねえ。もう、自分で自分を笑うしかねえよ。

 笑いながら、あまりにぶざますぎて、どうしようもなく泣きたくなった。

 この勝負に勝てば、巫女様から話を聞ける。あの人だって、他人(ひと)様に竜を退治しろなんて無理難題を吹っかけておいて、まさか約束を破るような真似はしねえだろう。

 巫女様から話を聞き出せりゃ、その中からサーラにかけられた呪いを解く方法が見つかるかもしれねえ。それにもしかすると、おっさんを冥界から助け出す手立てだって――。

 そう前向きに考えて、勇気を奮い、俺なりに知恵も絞り、力を尽くして戦ってみた。思った以上に善戦というか健闘できて、自分でも驚いたぜ。

 俺も、このレクタ島に来てから今日まで、剣術の鍛錬は毎日欠かさなかったし、魔物退治の依頼もたくさんあって、戦いの場数を踏んできたからな。一月の間、地道に重ねてきた努力が実を結んだってことなんだろう。

 そう思うと、嬉しくてさ。さっき(ドラゴン)の胸を突いた瞬間なんざ、気持ちが昂るあまり天空――神々が雲の上に寝そべり頬杖ついて、こっちを見下ろしてるかもしれねえ空の彼方に向かって、こう叫んでやりたくなった。

 見ろよ、天上のお偉方! あんたらが無力だと思ってる地上の種族――人間の俺だって、やればできる、ここまで戦えるんだ。だから……だからもっと、俺たちを見てくれよ!

 せっかくそんな自信と、未来への希望を持ちかけてたのに……ああ、なんてこった。いよいよ勝負も大詰めだってところで失敗して、結果はこのざまかよ。

 やっぱり俺は、勇者なんてご大層なもんじゃねえ。

 巫女様も、これで神託とやらが間違いだって、わかっただろう――。



「――ここで死ぬつもり? あなた」



 不意に傍らで声がして、あきらめかけてた俺の意識を現実に引き戻した。巫女様かと思ったが、あの人とは声色が全然違う。抑揚がなくて、感情が一切こもってねえかのようなささやき声だ。

 いつの間に近づいてきたんだよ? うつ伏せにぶっ倒れてる俺のすぐそば、顔を上げるのも億劫なんで姿は見えねえが、目と鼻の先に誰かの気配がある。また飛んできた竜のしっぽを、剣か何か、得物で打ち払ってくれたらしく、間近で一度バチンと硬い音がした。

 声の主が、うつ伏せになってた俺に手を差し伸べ、左肩に触れる。革鎧を着ててもわかる、触れたもんに霜が降りそうなくらい冷たい手。その手が、俺を横へ転がし、あお向けにして、引き起こしてくれた。そのまま俺に、これまた凍てつくように冷たい肩を貸し、歩くのを手伝ってくれる。


「あんた……巫女様に雇われた冒険者か?」


 視界が霞んでてはっきりとは見えねえが、ぼんやり映る幽霊みてえな人影に目を凝らすと、見当はついた。

 多分この人、俺と蛇竜(ムシュフシュ)を取り囲んでた冒険者の一人だ。本人にたずねても返事はなかったが、その代わりおぼろげな顔がこくりと、小さくうなずくのが見えた。

 十歩余り歩いたとき、背後でズシンと地響きがした。ついに蛇竜(ムシュフシュ)が力尽きて、くずおれたんだろう。


「――勝ちよ、あなたの」


 俺の隣りで肩を貸してくれてる誰かさんが、耳元で事実を口にした。

 ほめるでも、労うでもなく、ただ淡々と。


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