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第19話

 俺は……お世辞にも賢いとは言えねえ人間だって、自分でも常々思う。

 忘れっぽくて、よく転ぶし。デュラムやサーラに度々注意されてるのに、一人で突っ走って危険な目に遭うし。

 旅を続けるのに必要な路銀のやりくりとか、道中訪れてきた国の政治(まつりごと)、世の中を小麦や金銀、(シルク)がめぐる仕組みとか、難しいことを考えるのも苦手だしさ。

 そんな俺だが、最近は自分なりに相手をよく見て、戦いに勝つにはどうすりゃいいか、頭の中で策を練るようにしてるつもりだ。

 大きく振りかぶった剣を力任せに振り下ろし、叩きつけるだけが戦いじゃねえ。以前から頭じゃわかってたが、このレクタ島へ来て早々、巨岩人(ウルリクムミ)と戦ったときに、改めて痛感した。

 島の海岸に現れた、あの馬鹿でかい岩の魔物は、俺が何度足に斬りつけてもびくともせず、サーラをむんずとつかんで握り潰そうとしやがった。

 このままじゃサーラが()られるって俺が焦った、そのとき。冷静に頭を働かせ、自分が打つ手に対して敵がどう応じるか、そこまで先読みして魔女っ子を助け出したのが、デュラムだ。

 あいつの戦い方を見て、思った。

 俺ももっと、頭を使って戦わなきゃ駄目だって。

 戦いの場じゃ、初めのうちは素早く繰り出せる突きなどの小技を中心に攻め、相手の力量を推し量る。隙が生じやすい大技は、いざってときにとっておく。力と技だけじゃ勝負が決まらねえようなら、ちょいと卑怯な気もするが、逃げると見せかけて、相手をこっちに有利な場へおびき寄せる。あるいは、敵を言葉で挑発していら立たせ、あるいは大言壮語で怯ませる……等々。

 魔法が使えず、剣術だけが取り柄の俺にとっちゃ、この先そういった知恵を働かせることが戦いの場で、ますます必要になってくるんじゃねえか。

 それなら今のうちに、頭を使って戦う癖をつけておくべきだろう。

 たとえばこんなふうに、だな。


「でぇやあぁッ!」


 剣をあらかじめ下段に構えておいたのも、間合いが離れすぎねえよう斜め前に跳んだのも、この瞬間のため。

 竜の頭突きを羊皮紙一重でかわし、直後に蛇竜の首を至近距離から斬り上げる、避けようがねえ反撃を叩き込むためだ。

 知恵の回る奴なら簡単に思いつくんだろうが、俺にとっちゃなけなしの知恵をかき集めて、必死に捻り出した起死回生の策。

 その手応えは……あったぜ!

 思った通り、長い首ののど元側は、鱗に覆われたうなじ側と違って柔らかい。鉄の刃が皮を切り裂き、肉を削ぎ取る感触が、刀身を通して柄を握る手に伝わってきた。

 一拍遅れて、(ドラゴン)の首からぱっと鮮血が散る。続けて響いたのは、苦痛を訴える竜の悲鳴。長い首が、強風に吹かれた柳みてえに激しく揺れて、あたりに血の雨を振りまいた。


「やったぜ!」


 思わず拳を握って、快哉を叫ぶ俺。

 致命傷とまではいかねえが、痛手を負わせることはできたみてえだ。


「終わりじゃねえぜ、まだ!」


 勝負を司る戦いの神(ウォーロ)の天秤が、こっちへ傾いた今が好機(チャンス)。敵が怯んでる今のうちに、一気に決着(ケリ)をつけてやる。

 だが、世の中そう易々とはいかねえもんらしい。

 剣を手に駆けてくる俺を見て、怒れる竜が大口を開け、深々と息を吸い込んだ。上下に分かれた両顎の間で、洞穴みてえな口の奥が煌々と輝き出す。

 腹の底から噴き上がってきた火の粉が、口の周囲で舞い踊った。ゆらめく陽炎と肌を焙る熱気、それに燃える硫黄の臭い――腐った卵みてえな異臭が漂ってきて、鼻をつまみたくなる。


「うげ……ッ!」


 まずい。あれは神話や伝説の中で、(ドラゴン)が挑戦者に向けて繰り出す魔法の技。数多の英雄たちを焼き滅ぼし、時には神々さえも退けてきた竜の切り札、炎の息だ。

 俺がそう悟った直後――ボゥ! 竜の口が盛大に火を噴いた。燃え立つ灼熱の息吹が、見る間にふくれ上がり、渦を巻いて押し寄せてくる。

 横へ飛んでかわそうにも、炎はすでに大きくふくらんでて、避けきれねえ。

 左右が駄目なら、背中に翼が生えてるわけでもない人間の俺に残された道は――下しかねえか。


「だあああああッ!」


 一か八か、速度(スピード)を落とさず全力で駆け……炎が目前まで迫ったところで、滑り込み(スライディング)! 腰を落とし、足を前へ伸ばして、地面の上を滑る、滑る。周囲の草木を焼き焦がし、目前に迫ってきた炎の奔流を、胸が一拍鳴る間にかいくぐった。


「あァちちちッ!」


 あちゃ。炭色の髪が、ちょいとばかり焦げちまったが、我慢しろよ俺。

 野宿で焚き火をすりゃわかることだが、炎の煙も熱も、上へ上へと昇るもんだ。それなら、竜が吐く炎の息も、地面すれすれにいれば当たらないんじゃねえか。

 策なんて呼べるもんじゃねえ、とっさの思いつきだったが、どうやら正解だったみてえだ。

 そう言えば以前、あの悪辣な魔法使い――カリコー・ルカリコンと戦ったときも、奴が神授の武器〈焼魔の杖(メラルテイン)〉から撃ち出した火の玉を、こうやって避けたっけ。

 奇しくもあのときと同じ手を使って命拾いしたわけだが、他にもう一つ、いいことがあった。それは――炎の下をくぐり抜けたばかりか、まんまと蛇竜(ムシュフシュ)の懐に飛び込めたことだ。

 そう。地面を勢いよく滑ってたどり着いた先は、なんと竜の巨体を支える二本の前足、その間だったんだ。


「太陽神リュファトにかけて、なんて幸運(ラッキー)……」


 あお向けになった俺の真上にゃ、(ドラゴン)の無防備な胸がある。そそり立つ岩壁(がんぺき)めいた厚い肉の壁だが、鱗に守られちゃいねえ。渾身の力を込めた刺突でなら、突き破ることもできるだろう。

 あの胸板の向こうで、ドクン、ドクンと重い響きを立ててる太鼓(ドラム)――心臓こそが竜の弱点。数多くの神話や伝説の中で、死闘の果てに英雄たちの剣が貫いてきた、(ドラゴン)の急所だ。

俺がそこを一突きできりゃ、勝負あり(チェックメイト)。もっとも、できればの話、なんだが。

 蛇竜(ムシュフシュ)の奴、あの黒い硝子(ガラス)玉めいた蛇の目は、飾りじゃねえようだ。下へ潜り込まれたことに早くも気づいたらしく、右の前足を浮かせて高々と持ち上げやがった。鋭い鉤爪がついた四本指が大きく広がり、今にもこっちへ降ってきそうだ。

 急げ。ぼやぼやしてちゃ、踏み潰される!

 素早く跳ね起き、そのまま前へ跳んだ。宙で背中を丸めて、大地の上をごろんと転がる。

 直後に蛇竜(ムシュフシュ)の右前足が、地面を踏み抜く勢いで打ち下ろされ、一瞬前まで俺があお向けになってた場所に、ドスン! 深々とめり込み、くっきりと足跡を残した。


「あ、危ねえ!」


 間一髪。けど、これで勝負は見えたぜ……!


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