36.尻拭い1
正直なところ、身体は限界だ。
ハロルドは気合いで立ち上がっているだけである。けれど、ここまできた以上放っておくわけにはいかない。
合図と同時に、ハロルドからミハイルへと結界は引き継がれる。ハロルドから大きな杖を受け取ると、重さに目を見開く。
(あの細身で、どうやってこんなもの持ってたんだ!?)
ずっしりとしたそれを抱えて、結界を維持する。心なしかいつもよりも結界魔法を使いやすい気がした。
それを確認してハロルドが動き出す。法具がハロルドの魔力を得て紫色の光を放つ。
「暗き深淵の底に沈め、奈落の檻」
いつもならば詠唱がなくとも行使できる魔法。けれど、対象が大きく、気を張っていなければいつ倒れてもおかしくない状況だ。この世界の人々だって大きな魔法を使う時以外ではあまり詠唱なんてしない。
だから、この段階でハロルドに余裕がないと周囲は気づいていた。
昏き闇がドラゴンを飲み込むと、デイビッドが「やめて!」と叫ぶ。けれど、ハロルドは躊躇なく続けた。
やがて、姿が見えなくなってデイビッドは膝から崩れ落ちた。
「ネモフィラ、ウィリアムさんに王城に来てもらうようにお願いできる?」
「任せて」
「ペーター、デイビッドを送り届けてきて。辻馬車のある場所は分かるね?」
「はい」
「それと、ドラゴンは殺していない」
ハロルドの言葉にデイビッドは顔を上げた。それ以上の説明を得られないまま、彼はペーターに腕を引かれていた。
ペーターはちょっとプンプンしている。彼は「お前はちゃんと領主様んとこで守られてろよ!」と文句を言っている。
「シャルロットさん、アイマンさん、ミハイル。俺たちは王城だ」
顔色は真っ白で血の気がない。ほぼ気力だけで立っているのが分かるから、シャルロットは「ですが」と反論しようとした。
「これ以上、引っ掻き回されてはたまらない。早く解決して、さっさと俺を寝かせてくれ」
金色の瞳がある一箇所へと向く。
そこには無表情で、しかしどこか焦っているネーヴェがいた。
「あなたも、せいぜい大人しく、邪魔を、しないように」
コクコクと頷く冬の神ネーヴェ。
ずっと見てきた子に睨まれ、これ以上嫌われるのが嫌だった彼に、神としての威厳はかけらもなかった。
ネーヴェはねぇ……こいつはもうねぇ……




